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DNAを巻き取る「分子リール」の開発 ―DNAの曲げを操る新手法―研究成果

DNAを巻き取る「分子リール」の開発
―DNAの曲げを操る新手法―

平成24年7月13日

東京大学大学院工学系研究科

1. 発表者: 野地博行(東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 教授)
飯野亮太(東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 講師)

2.発表のポイント: 
(1) 分子ヒモであるDNAを巻き取る「分子リール」を開発した。
(2) DNAの曲がり具合(曲率半径)と曲げに必要な力の関係を定量的に明らかにした。
(3) 遺伝子スイッチング機構の解明や、DNAを使ったナノ構造体のデザインに貢献できる。

3.発表概要:
DNAは生命の遺伝情報が刻まれたヒモ状の高分子であり、細胞の中では非常にコンパクトに折りたたまれている。細胞内でDNAを折りたたまれた状態に維持することは、DNAの保存や遺伝子の発現スイッチを制御する上で重要である。しかし、DNAをきつく(曲率半径 数~10数ナノメートル)折り曲げるのに必要な力やエネルギーの大きさは実測されたことが無く、伸びた状態の力学モデルから推定されているに過ぎなかった。

今回、東京大学大学院工学系研究科 野地博行教授のグループは、ナノサイズの回転モーター分子と1分子操作技術を組み合わせることで、DNAを回転分子モーターの微小な回転軸に巻きつけることに成功した。これによりDNAを直径8.5~20ナノメートルのループ状に曲げるのに必要な力を直接計測することに成功した。その結果、DNA-タンパク質複合体の理論モデルにエネルギーの観点から制限を加えることが可能となった。今後、本成果の発展により、細胞の遺伝子スイッチング機構の解明やDNAを使ったナノ構造体のデザインに貢献できると期待される。

4.発表内容:
①研究の背景・先行研究における問題点
DNAは生命の遺伝情報が刻まれたヒモ状の高分子である。ヒトの染色体DNAは引き延ばすと全長2mに達するが、細胞ではコンパクトに折りたたまれて直径10 μmの核の中に納まっている。これは、直径1cmの球の中に長さ2 kmの紐が詰め込まれているのに相当する。DNAはきつく折り曲げられることで遺伝子としての機能が抑制され、折りたたまれたDNAが一部ほどけて機能を発揮すると考えられている。言い換えると、DNAをきつく折り曲げるためにエネルギーや力を費やすことで遺伝子の発現スイッチが制御されている。このような制御を定量的に理解するには、DNAをきつく折り曲げるのに必要な力やエネルギーを直接定量的に測定することが重要である。しかしながら、これを達成する方法はなかった。

②研究手法と結果
東京大学大学院工学系研究科 野地博行教授のグループは、タンパク質でできたナノメートル(nm、10億分の1メートル)サイズの回転モーターであるF1-ATPaseと1分子操作技術を組み合わせることで、DNAを巻き取ることができる「分子リール」の開発に成功した。具体的には、DNAの一端を磁性ビーズに結合させたF1モーターの回転軸に結合し、逆の一端を光ピンセット*で捕捉したプラスティックビーズに結合させた(添付資料図1)。そして回転する磁場(磁気ピンセット)で回転軸を回転させることで、DNAを回転軸に巻きつけることに成功した。DNAをきつく曲げるために必要な力を測定し、力と巻きつけたDNAの直径(曲率半径)との関係を定量的に調べることにも成功した(添付資料図2)。
今回の結果の意義は、DNAの曲げに必要な具体的な力とエネルギーを明らかにしたことにある(添付資料図3)。その結果、一部のDNA-タンパク質複合体モデルは、エネルギー的観点から再考が必要であることが示された。このように、今回の研究は、遺伝子スイッチングに関するエネルギー論の実験的・理論的な基礎の一部を確立した。
また、DNAは、分子ナノテクノロジーの分野では自己組織化するナノ構造物の代表的な分子材料でもある。今回の実験結果は、このようなDNAを用いたナノ構造設計学の基礎をなす知見にもなる。

③今後の予定
DNAの配列と曲げやすさには相関があり、遺伝子スイッチングに関係するとの説がある。今後は、今回開発したシステムを応用して、DNAの配列と曲げやすさの関係を検証する。
また遺伝子のスイッチのオン/オフをになうDNA結合タンパク質子は特定の曲率半径を持つDNAに結合しやすいと言われている。本計測システムと、DNA結合タンパク質1分子イメージング技術を併用すれば、この点も直接計測することが可能である。このような実験を通して遺伝子スイッチングのメカニズムをより深く理解できると期待している。

なお、本成果は、以下の事業、研究課題によって得られた。
(1) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「プロセスインテグレーションによる次世代ナノシステムの創製」
(研究総括:曽根純一 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事 )
研究課題名:「生体分子1分子デジタル計数デバイスの開発」
研究代表者:野地博行(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
実施年度:平成22~27年度

(2) 研究課題名:「局所的1分子操作によるF1-ATPaseのトルク発生機構の解明」
研究代表者:野地博行(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
実施年度:平成23~24年度
 
5.発表雑誌: 
雑誌名:「Nucleic Acids Research」(オンライン版、7月7日付)
論文タイトル:Winding single-molecule double-stranded DNA on a nanometer-sized reel
著者:Huijuan You, Ryota Iino, Rikiya Watanabe, Hiroyuki Noji.
DOI番号:10.1093/nar/gks651
アブストラクトURL:http://nar.oxfordjournals.org/content/early/2012/07/05/nar.gks651.abstract

6.問い合わせ先: 
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 講師 飯野亮太

7.用語解説:
光ピンセット:光を利用してプラスティックビーズなどの微小な粒子を捕捉・操作する技術。
らせんみみずモデル: DNAの固さを記述するモデルの一つ。このモデルでは、DNAは長さ50 nm程度までは硬い棒として記述される。

8.添付資料:
こちらからダウンロードください。

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