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使用済みタンパクの巧妙なリサイクル術 ―タンパクのリサイクル不全と遺伝病の関係―研究成果

使用済みタンパクの巧妙なリサイクル術」
―タンパクのリサイクル不全と遺伝病の関係―

平成24年8月13日

東京大学分子細胞生物学研究所

1.会見日時: 2012年8月9日(木) 14:00 ~ 14:30

2.会見場所: 生命科学総合研究棟B  3階共用会議室(301号室)

3.出席者: 白髭克彦(東京大学分子細胞生物学研究所エピゲノム疾患研究センター教授)

4.発表のポイント
◆どのような成果を出したのか
重度の四肢形成異常、精神発達遅延を伴うコルネリア・デ・ランゲ症候群(CdLS)の原因遺伝子としてタンパクの脱アセチル化酵素を特定した。この遺伝病の患者の細胞中では、使用済みタンパクの再利用が出来ず、その結果、転写プログラムの異常が生じていた。
◆ 新規性
 脱アセチル化酵素を初めて疾患原因遺伝子として同定した。さらにその作用機序が使用済みタンパクの再生と再利用であるという、新規のエピジェネティック調節形態であることを明らかにした。
◆社会的意義/将来の展望
本脱アセチル化酵素の阻害剤は制癌剤として、活性化剤は遺伝病の治療薬に結びつく可能性がある。

5.発表概要: 
東京大学分子細胞生物学研究所エピゲノム疾患研究センターの白髭克彦教授、坂東優篤助教、中戸隆一郎助教らは、細胞が使用済みのタンパクをリサイクルするために働く酵素(Hdac8)を同定した。この酵素はタンパク修飾の一つであるアセチル基を除去する活性を持っており、この働きにより細胞は転写調節にはたらくコヒーシンタンパクを再生、再利用する。同時に、フィラデルフィア子供病院と共同で、この酵素の失活が重度の四肢形成異常、精神発達遅延を伴う遺伝病、コルネリア・デ・ランゲ症候群(以下、CdLSと略す)(注1)の原因となっていることも明らかにした。CdLSの疾患細胞において、コヒーシンタンパクが再生、再利用されず使用済みのまま蓄積していることを確認した。

6.発表内容: 
コヒーシンはSmc3, Smc1, Rad21の3つのタンパクから構成されるリング状の複合体で、このリングの内側にゲノムを抱え込むことで、ゲノムの分配及び遺伝子発現制御に機能を持つことが知られている(図1)(注2)。この複合体はNIPBLと呼ばれるタンパクにより、ゲノムにロードされ、Escoと呼ばれるタンパクによりアセチル化され、ゲノム上でその機能を発揮する。その役割を果たした後にゲノムから除去される際にはセパレースと呼ばれる酵素によりRad21タンパクが切断され、取り除かれることが知られている(図2)。白髭教授らの研究グループは2008年に、コヒーシンが遺伝子の区切り壁(インシュレーター)(注3)として機能し、ヒトの遺伝子発現プログラムを統括的に制御していることを世界にさきがけて明らかにした (文献1)。また、NIPBLの変異により発症したCdLSの患者の細胞中では十分量のコヒーシンがゲノムに結合できず、結果、遺伝子発現制御プログラムが機能不全に陥り発症することを明らかにしていた(文献2)。

しかしながら、NIPBL変異により発症するCdLSは全体の6割に過ぎず、残りの症例については原因遺伝子が特定されていなかった。また、ゲノムから除去後のコヒーシンがどのように代謝されるのかについては不明であった。

研究グループはコヒーシンタンパクがアセチル化修飾を受けていることを手がかりに(図2)、コヒーシンからアセチル基を取り除く活性を持つ酵素の検索をRNA干渉という方法論により網羅的に行った。その結果、Hdac8と呼ばれる酵素をコヒーシンの脱アセチル化酵素として生化学的に特定した。Hdac8の欠損をRNA干渉によりヒト細胞で引き起こし、ChIP-seq(注4)と呼ばれる手法を用いて全ゲノムDNA上のコヒーシンの結合箇所を調べたところ、正常な細胞に比べて2割、その結合箇所が減少していた。コヒーシンの結合箇所の減少はCdLSの疾患細胞で共通に見られる傾向であることから、原因遺伝子の特定されていないCdLSの症例についてHdac8遺伝子の配列を調べたところ、8例から変異が見つかり、いずれの患者由来の細胞についても1) Hdac8の活性が低下していること、2)詳細に調べた2例については1塩基の変異によりHdac8タンパクそのものが著しく少なくなっており、コヒーシンのアセチル化は亢進し、ゲノム上のコヒーシンの結合箇所が2割減少していること、3)本来細胞中では存在しないはずの使用済みの(切断された)コヒーシンがゲノム上に残留していること、を確認した。つまり、Hdac8は本来ゲノムから除去された使用済みコヒーシンタンパクから、切断されたRad21断片を取り除き、新たなRad21と置換することでコヒーシンのリサイクルを促進していた(図3)、が、Hdac8が欠損した患者の細胞中では、使用済みタンパクから、切断されたRad21を取り除くことができないため、ゲノム上で機能できる正常なコヒーシン量が不足し転写プログラムの異常が生じていた(図4)。Hdac8は、ゲノムから除去されたコヒーシンをリサイクルするために必要であることが判明した。

今回、新しいタンパクのリサイクル機構を同定した。また、Hdac8を新たなCdLSの原因遺伝子として同定できたことは、脱アセチル化活性を指標に、本疾患の治療薬の開発に貢献できることが考えられる。また、コヒーシンの変異は近年、悪性腫瘍の発生とも深く関わっていることが報告されており、Hdac8の阻害剤は新たな抗がん剤として注目されている。

文献
1. K. S. Wendt*, K. Yoshida*, T. Itoh*, M. Bando, B. Koch, E. Schirghuber, S. Tsutsumi, G. Nagae, K. Ishihara, T. Mishiro, K. Yahata, F. Imamoto, H. Aburatani, M. Nakao, N. Imamoto, K. Maeshima, K. Shirahige#, and J.-M. Peters# Cohesin mediates transcriptional insulation by CCCTC-binding factor. Nature (article). 451, 796-801, (2008) (*equally contributed author) (#shared corresponding author)

2. J. Liu, Z. Zhang, M. Bando, T. Itoh, M.A. Deardorff, D. Clark, M. Kaur, S. Tandy, T. Kondoh, E. Rappaport, N.B.Spinner, H. Vega, L.G.Jackson, K. Shirahige, and I.D.Krantz. Transcriptional dysregulation in NIPBL and cohesin mutant human cells. PLoS Biol. 7, e1000119. (2009)

7.発表雑誌: 
雑誌名:「Nature」(オンライン版)
論文タイトル:HDAC8 mutations in Cornelia de Lange Syndrome affect the cohesin acetylation cycle.

著者:Matthew A. Deardorff1,2*#, Masashige Bando3*, Ryuichiro Nakato3*, Erwan Watrin4*, Takehiko Itoh5 , Masashi Minamino3, Katsuya Saitoh3, Makiko Komata3, Yuki Katou3, Dinah Clark1, Kathryn E. Cole6, Elfride De Baere7, Christophe Decroos6, Nataliya Di Donato8, Sarah Ernst1, Lauren J. Francey1, Yolanda Gyftodimou9, Kyotaro Hirashima10, Melanie Hullings1, Yuuichi Ishikawa11, Christian Jaulin4, Maninder Kaur1, Tohru Kiyono12, Patrick M. Lombardi6, Laura Magnaghi-Jaulin4, Geert R. Mortier13, Naohito Nozaki14, Michael B. Petersen9,15, Hiroyuki Seimiya8, Victoria M. Siu16, Yutaka Suzuki17, Kentaro Takagaki18, Jonathan J. Wilde1, Patrick J. Willems19, Claude Prigent4, Gabriele Gillessen-Kaesbach20, David W. Christianson6, Frank J. Kaiser20, Laird G. Jackson1,21, Toru Hirota17, Ian D. Krantz1,2#, Katsuhiko Shirahige3,22#
*筆頭著者
#責任著者

DOI番号:10.1038/nature11316
アブストラクトURL:http://dx.doi.org/10.1038/nature11316(解禁後に有効となります)

8.問い合わせ先: 
東京大学 分子細胞生物学研究所 エピゲノム疾患研究センター 教授
白髭克彦(しらひげ かつひこ)

9.用語解説:
注1CdLS(Cornelia de Lange Syndrome)は、1933年にオランダの小児科女医コルネリア・デ・ランゲによって、報告された。出生率は、1~3万人に一人と言われているが、正確な数字はわらない。患者は、多毛・眉毛癒合等の特異な顔貌、四肢の深刻な奇形、心奇形および精神発達遅延を有している場合が多い。2004年にコヒーシンローダーのNIPBLの欠損が症例の6割の原因となっていることが報告されている(Nat Genet. 2004;36:631-635)。

注2 コヒーシン
姉妹染色分体の接着(複製された染色体を娘細胞に均等に分離するために必須な過程)に中 心的な役割を果たすタンパク質複合体。リング状の構造をとり、リングの穴の中にゲノムが通るような形でゲノムと結合していると考えられている。その構造と分配についての機能は、酵母からヒトまで保存されている。転写における機能は多細胞真核生物のみに見いだされている機能である。

注3 インシュレーター
インシュレーターはゲノム上で遺伝子の区切り壁として機能しているタンパク複合体であり、転写の制御配列の効果を遮断することにより、ゲノム上で遺伝子活性化領域、抑制化領域の棲み分けをしていると考えられている。コヒーシンとCTCFがその役割を有することが明らかとなっている。

注4 ChIP-seq
ポストゲノム解析技術として、頻繁に用いられる技術の一つに次世代シークエンサー技術がある。次世代シークエンサーは塩基配列情報を同時に数十億の異なるDNA分子から得ることが可能であり、タンパクに結合しているDNAを直に読むことによって、タンパクの結合部位の定量的同定に用いる方法か ChIP-seqである。この方法は ChIP(Chromatin Immuno-Precipitation;染色体免疫沈降法)とシークエンサー(Sequencer)による検出を組み合わせて用いる。細胞内でDNA とタンパクを固定後、結合位置を明らかにしたいタンパクに対する特異的抗体を用いて、染色体 DNA―目的タ ンパク複合体のみを精製分離(染色体免疫沈降法と呼ぶ)し、精製されてくる DNA 断片を 次世代シークエンサーにより読み取る。この方法により、網羅的に目的タンパクのゲノム上の結合部位を検出することができる。


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