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過剰なアレルギー反応を抑える生体内の仕組み ―レセプターLMIR3と脂質セラミドの結合が肥満細胞の活性化を抑制する―研究成果

過剰なアレルギー反応を抑える生体内の仕組み
―レセプターLMIR3と脂質セラミドの結合が肥満細胞の活性化を抑制する―

平成24年11月2日

東京大学医科学研究所

1. 発表者: 
北浦次郎(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター 細胞療法分野 助教)
北村俊雄(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター 細胞療法分野 教授)

2. 発表のポイント
◆ 成果:
抑制型レセプターLMIR3/CD300fが細胞外脂質のセラミドと結合して肥満細胞の活性化とアレルギー反応を抑制することを明らかにした。
◆ 新規性:
肥満細胞の抑制型レセプターLMIR3の生理的なリガンドとして細胞外脂質セラミドを同定して、過剰なアレルギー反応を防ぐ生体内の仕組みを解明した。
◆ 社会的意義・将来の展望:
本研究成果を基礎としたアレルギー疾患の予防法や治療法の開発が期待される。

3. 発表概要
東京大学医科学研究所の北浦次郎助教・北村俊雄教授らの研究グループは、アレルギー反応を抑える生体内の仕組みの一つを明らかにしました。
近年増加するアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患の解明には、アレルギーの発症と抑制の仕組みを理解する必要があります。生体は、ダニなどの抗原に暴露されると、抗原を認識するIgEを産生します。そのIgEと抗原により免疫細胞の一つである肥満細胞注1)が活性化すると、アレルギー反応が生じます。一方、肥満細胞の活性化を抑える仕組みについては謎のままでした。
研究グループは、レセプターLMIR3/CD300f注2)が肥満細胞の活性化によるアレルギー反応を抑えることを明らかにしました。また、肥満細胞のLMIR3のリガンド注3)として細胞外脂質のセラミド注4)を同定し、LMIR3とセラミドの結合が肥満細胞の過剰な活性化を抑えることを初めて証明しました。
本研究結果を基礎として、社会的関心の高いアレルギー疾患に対する新しい予防法や治療法の開発が期待されます。
本研究は、順天堂大学医学部の奥村康教授、理化学研究所発生再生科学総合研究センターの清成寛研究員らの協力を得て行われました。本研究成果は、米国科学雑誌「Immunity」11月16日号に掲載されます。

4. 発表内容:
(1)研究の背景
近年、アトピー性皮膚炎、喘息、花粉症などのアレルギー疾患は増加の一途をたどり、多くの人々が「アレルギーとは何か?」という素朴な疑問を抱いています。アレルギー疾患を解明するためには、アレルギーの発症と抑制の仕組みを理解する必要があります。生体は、ダニや花粉などの抗原に暴露されると、抗原を認識するIgEを産生します。そのIgEと抗原が免疫細胞の一つである肥満細胞の高親和性IgEレセプターを刺激すると、肥満細胞は活性化し、ヒスタミンなどの化学伝達物質を放出して、アレルギー反応を引き起こします。一方、アレルギーを発症させる肥満細胞の活性化を抑える仕組みについては謎のままでした。
免疫レセプターとは、細胞外のリガンドを認識して、免疫細胞にシグナルを伝達する受容体のことです。そのなかには、細胞外領域の構造が似ている一方、細胞内領域の構造が異なるために、互いに正反対の機能を持つ免疫レセプター群が存在します。このようなレセプター群は、ペア型免疫レセプターとよばれています。一方は免疫細胞を活性化するレセプターであり、他方はその活性化を抑えるレセプター(抑制型レセプター)となります。白血球単一免疫グロブリン様レセプター (LMIR) (別名:CD300)ファミリー分子は、ペア型免疫レセプターであり、マウスでは少なくとも8種類のLMIRが存在しています。LMIR3/CD300fの細胞内領域には、免疫受容体抑制性あるいは互換性チロシンモチーフ (ITIM or ITSM)と呼ばれるアミノ酸配列が存在します。この配列内に存在するチロシン残基がリン酸化されると、チロシンフォスファターゼ注5)と呼ばれる分子が結合して、細胞内の活性化シグナルを抑制します。このように、LMIR3は抑制型レセプターであると考えられますが、LMIR3の生理的なリガンドがわからないために、LMIR3の生体内における役割は不明のままでした。

(2)研究の内容
東京大学医科学研究所の北浦次郎助教・北村俊雄教授らの研究グループは、アレルギー反応を抑える生体内の仕組みの一つを明らかにしました。研究グループは、ペア型免疫レセプターLMIR/CD300ファミリーの一つであるLMIR3/CD300fが肥満細胞の過剰な活性化を抑える重要なレセプターであることを明らかにしました。実際、LMIR3を欠損させたマウスでは、IgEと肥満細胞の関与するアレルギー疾患(アナフィラキシー・喘息・皮膚炎)の症状が悪化することを示しました。次に、研究グループは、LMIR3のリガンドを同定するために、LMIR3の細胞外領域を利用して、物理的な結合アッセイ注6)と機能的なレポーターアッセイ注7)を行いました。さまざまな蛋白や脂質をスクリーニングした結果、LMIR3のリガンドとして細胞外脂質のセラミドを同定しました。セラミドはマウスの皮膚上皮に豊富なことが知られていますが、肥満細胞が局在する皮膚真皮にも存在することを明らかにし、さらに、肥満細胞に発現するLMIR3とセラミドの結合が肥満細胞の活性化を抑え、アレルギー反応を減弱させることを証明しました。また、肥満細胞のLMIR3とセラミドが結合するだけではLMIR3のチロシンリン酸化は生じませんが、同時に高親和性IgEレセプターが刺激されると、LMIR3のITIMとITSMが強くリン酸化されて、肥満細胞の過剰な活性化が抑えられることが判明しました。細胞外脂質セラミドが皮膚上皮のバリアとして働くことは知られていますが、本研究グループは肥満細胞のLMIR3に結合するセラミドが抗アレルギー脂質として機能することを初めて明らかにしました。本研究は、順天堂大学医学部の奥村康教授、理化学研究所発生再生科学総合研究センターの清成寛研究員らの協力を得て行われました。本研究成果は、米国科学雑誌「Immunity」11月16日号に掲載されます。

(3)社会的意義
本研究により、生体が備える抗アレルギーの仕組みが明らかになりました。脂質のセラミドやその類似体の投与により肥満細胞におけるLMIR3の機能が強化されれば、アレルギー症状が軽減する可能性があります。
本研究結果を利用することにより、社会的関心の高いアレルギー疾患に対する新しい予防法や治療法の開発が期待されます。

5. 発表雑誌
雑誌名:「Immunity」(2012年11月1日オンライン版)
論文タイトル:The Receptor LMIR3 Negatively Regulates Mast Cell Activation and Allergic Responses by Binding to Extracellular Ceramide
著者:Kumi Izawa, Yoshinori Yamanishi, Akie Maehara, Mariko Takahashi, Masamichi Isobe, Shinichi Ito, Ayako Kaitani, Toshihiro Matsukawa, Takayuki Matsuoka, Fumio Nakahara, Toshihiko Oki, Hiroshi Kiyonari, Takaya Abe, Ko Okumura, Toshio Kitamura, and Jiro kitaura
DOI: 10.1016/j.immuni.2012.08.018
 
6. 問い合わせ先:
東京大学医科学研究所 先端医療研究センター 細胞療法分野 
北浦 次郎 (きたうら じろう) 助教

7. 用語解説
注1. 肥満細胞
  免疫細胞の一つであり、マスト細胞とも呼ばれる。その細胞表面にはIgEが結合する高親和性IgEレセプター(FcεRI)が発現している。FcεRIがIgEと(IgEが認識する)特異的な抗原により凝集して刺激されると、肥満細胞は活性化して即座に脱顆粒(ヒスタミンなどを放出)してアレルギー反応を引き起こす。

注2. LMIR3/CD300f
Leukocyte mono-immunoglobulin-like receptor 3 の略称である。マウスでは8種類のLMIRファミリー分子(ペア型免疫レセプターに属する)が存在して、LMIR3は細胞内領域にITIMとITSMをもつ抑制型レセプターである。主に、肥満細胞を含むミエロイド系血液細胞に発現している。LMIR3欠損マウスは定常状態では異常を示さない。

注3. リガンド
特定の受容体(レセプター)に結合する物質のことである。

注4. セラミド
スフィンゴ脂質の一種である。細胞内のシグナル伝達物質としても作用する。また、セラミドは皮膚に存在してバリア機能を持つことが知られている。

注5. チロシンフォスファターゼ
タンパク質のリン酸化されたチロシン残基のリン酸基を取り除く酵素の総称。抑制型レセプターの細胞内領域に存在するITIMあるいはITSMに含まれるチロシン残基がリン酸化されると、その部位にチロシンフォスファターゼが動員される。活性化したチロシンフォスファターゼは、さまざまなシグナル伝達分子のリン酸化されたチロシン残基を脱リン酸化して、細胞内シグナル伝達を負に制御する。

注6.  物理的な結合アッセイ
LMIR3の細胞外領域蛋白がプレートに固定した蛋白や脂質と結合するかどうかをELISA(酵素結合免疫吸着法)などにより評価する方法。

注7.  機能的なレポーターアッセイ
プレートに固定した蛋白や脂質がLMIR3のリガンドとして働くどうかを評価する方法。LMIR3の細胞外領域にリガンドが結合すると、細胞内にシグナルが伝わり、蛍光蛋白のGFPが発現する細胞を作製して利用する。

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