iPS細胞を介することにより、抗原特異的T細胞を若返らせることに成功研究成果

iPS細胞を介することにより、抗原特異的T細胞を若返らせることに成功
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平成25年1月4日
東京大学医科学研究所
1. 発表者:
中内 啓光
(東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター 幹細胞治療分野 教授)
2. 発表のポイント:
- どのような成果を出したのか:
人工多能性幹細胞 (iPS細胞) を用いて、免疫細胞の一種であるT細胞を若返らせることに成功した。
- 新規性 (何が新しいのか):
T細胞をiPS細胞へ初期化したものから、T細胞への再分化が成功したのは世界で初めて。さらに、元のT細胞よりも若い状態のT細胞に戻っていることも確認した。
- 社会的意義 / 将来の展望:
慢性感染症や癌などへ画期的な治療法を提供できる。また、様々な疾患に備えてT-iPS細胞バンクを用意できる可能性があり、将来の素早い免疫療法実現に繋がる。
3. 発表概要:
東京大学医科学研究所の中内 啓光 教授らは、人工多能性幹細胞 (iPS細胞) を介して免疫細胞の一種であるT細胞を若返らせることに成功しました。
免疫担当細胞の一種である細胞傷害性T細胞は、度重なる外敵の侵入や慢性的な感染状態における度重なる抗原刺激により疲弊・老化して機能を発揮できない状態に陥ってしまうため、特定の疾患に対する免疫機能が低下してしまいます。
中内教授らの研究グループは、HIV-1患者体内に存在していた疲弊・老化した細胞傷害性T細胞を、iPS細胞の状態 (T-iPS細胞と呼ぶ) に初期化し、そのT-iPS細胞から再び細胞傷害性T細胞に分化誘導することに成功しました。この過程においてはT細胞が持つ特異的な抗原認識能力を保持させるような手法を探索し、T-iPS細胞から目的の抗原を認識する細胞傷害性T細胞が大量に得られるようになりました。T-iPS細胞から分化誘導して得られた細胞傷害性T細胞は、元の細胞傷害性T細胞と同じ遺伝子発現プロファイルと機能を有しており、さらに増殖能力の回復と細胞の若返りの指標である細胞表面マーカーの発現やテロメアの伸長が認められ、「抗原特異的なT細胞を若返らせて再生できる」ことが示されました。
本研究成果は、科学的裏付けと効果に乏しい現在の免疫細胞療法に代わり、iPS細胞の特性を活かして「抗原特異的なT細胞を若返らせて再生する」という全く新しい免疫細胞療法につながることが期待されます。
なお本研究は、文部科学省「再生医療の実現化プロジェクト」の一環で実施したものであり、研究成果は米国科学雑誌「Cell Stem Cell」の1月4日号に掲載されます。
4. 発表内容:
<研究の背景>
我々の体は、様々なウイルスや菌や寄生虫などの外敵および癌などから身を守る「免疫」というシステムを持っています。免疫は非常に多種多様な細胞により構成されているのですが、この免疫を司るたくさんの細胞群の中に「T細胞」と呼ばれている一群の細胞があります。T細胞はさらに細かく分類すると、ウイルス感染細胞やがん細胞に直接攻撃を仕掛け破壊する役割を担う「細胞傷害性T細胞」と、細胞傷害性T細胞をはじめとした免疫担当細胞の機能を補助する役割を担う「ヘルパーT細胞」とに分類されます。今回の東京大学医科学研究所の中内啓光教授らの発見は、体の中を巡回し異常な細胞を見つけ出して破壊する細胞傷害性T細胞に関するものです。
ウイルスに感染した細胞やがん細胞は、その細胞の表面に異常を知らせる物質 (自分ではない何かがあるという信号) を提示します。これは「抗原」と呼ばれ、細胞傷害性T細胞はこの抗原を感知し、異常とマークされた細胞に対し攻撃を仕掛けます。しかし、慢性ウイルス感染や癌といった状態ではこの異常細胞を完全に駆逐できないため、細胞傷害性T細胞は何度も抗原を認識し活性化するという行動を繰り返し、細胞の寿命を決めるテロメアが短くなり、攻撃性も弱まってきます。この現象は細胞の老化という現象とほとんど同じものでもあります。
T細胞はその表面にT細胞受容体 (T-Cell Receptor: TCR) (注1) と呼ばれる分子を発現しており、このTCRを使って抗原を認識します。無限ともいえるほど様々な形をとる抗原を認識するために、TCRも様々な形のものが用意されています。ここで、1つのT細胞はある特定の1種類の抗原を認識するためのTCRのみを発現し、これをT細胞の抗原特異性と言います。すなわち、がん細胞に発現する抗原を認識するTCRを持ったT細胞、インフルエンザウイルスのHA抗原を認識するTCRを持ったT細胞、といったように、体の中には膨大な数の外敵から身を守るための膨大な種類のT細胞が存在しています。
近年、人工多能性幹細胞 (induced Pluripotent Stem Cell:iPS細胞) (注2) 技術の開発により、分化が進んだ体細胞をES細胞 (注3) とほぼ同等の能力を持つ多能性幹細胞 (注4) に初期化することが可能になりました。これにより“自分の多能性幹細胞”から生体外で望みの細胞を作ることへの道が開け、さまざまな疾患により機能不良・不全を起こした細胞や臓器を置き換えてしまう再生医療を実現させる可能性があるものとして大きな期待が寄せられています。
若さという側面からiPS細胞を見てみると、iPS細胞は受精間もない細胞と同じ性質を持つが故、細胞の若さとしては極めて若い状態にあります。iPS細胞を作ることは、分化してしまった細胞に多分化能 (万能性) を持たせることのみならず、この若さのものさしの上で極めて若い状態へと変化させることでもあります。筋細胞や肝細胞などの体細胞は体の中でだんだんと老化していきますが、もしiPS細胞から同じ細胞を作り出すことができれば、それら作り出した細胞は材料となった細胞から見て相対的に若い状態にあることが予想されていました。
<研究の内容>
今回、東京大学医科学研究所の西村 聡修 (にしむらとしのぶ) 研究員、金子 新 助教、中内 啓光 教授らは、あるウイルス抗原に特異的なT細胞からiPS細胞 (T-iPS細胞と名付けた) を作成し、そのT-iPS細胞から再びT細胞を誘導しようと試みました。この一連の操作により、疲弊・老化したT細胞を、その抗原特異性を維持したまま若々しい状態へと回復させることができるのではないかと仮説を立て研究に取り組みました (図1)。
中内教授らのグループは同じ東京大学医科学研究所の岩本 愛吉 教授らとの共同研究の元、慢性的にヒト免疫不全ウイルスHIV-1に感染している患者さんの血液からNef-138-8と呼ばれる抗原を認識して攻撃性を発揮する細胞傷害性T細胞を分離しました。そして、このNef-138-8特異的な細胞傷害性T細胞をT-iPS細胞へと初期化することに成功しました。
中内教授らのグループは、このT-iPS細胞を再びT細胞へと誘導するために、C3H10T1/2とOP9-DL1と呼ばれる2種類の支持細胞を用いた分化誘導法を採用しました。このT細胞誘導法は広く用いられているのですが、この方法ではCD4/CD8共陽性段階と言われる未熟なT細胞までしか誘導することができません。そこでC3H10T1/2とOP9-DL1を用いた分化誘導法を経た細胞を、TCRに刺激を加えながらヒトの末梢血単核球細胞との共培養を行うことで細胞傷害性T細胞を得ることに成功し、実際に分化誘導によって得られた細胞傷害性T細胞がNef-138-8を認識できることを確認し、分子の形態も患者さんから取り出した時点から変化していないことも確認しました。
最後に、T-iPS細胞を介したことで若返った細胞傷害性T細胞が得られるのかを検証しました。若さの指標である増殖性とテロメア長 (注5) を測定したところ、T-iPS細胞から分化誘導して得られた細胞傷害性T細胞はより高い増殖性とより長いテロメアとを有していることが確認され、T細胞としての若返りが実現していることが示されました。
<今後の展望>
本研究において、特定の抗原を認識し攻撃する細胞傷害性T細胞を若返らせる手法が確立されました。得られた細胞傷害性T細胞は患者さんの体内においてより良い機能を発揮すると考えられ、慢性感染症や癌に苦しむ患者さんへの画期的な治療法を提供する事が期待されます。また、若返った細胞傷害性T細胞は自家移植のみならず、HLAがマッチする別の患者さんにも輸注可能であると考えられるため、さまざまな疾患に対する抗原特異的なT-iPS細胞バンクによる素早い免疫療法が実現するのではないかと期待されます。
5. 発表雑誌:
雑誌名:「Cell Stem Cell」 (2013年1月4日号)
論文タイトル:Generation of rejuvenated antigen-specific T cells by reprogramming to pluripotency and redifferentiation
著者:Toshinobu Nishimura, Shin Kaneko†, Ai Kawana-Tachikawa, Yoko Tajima, Haruo Goto, Dayong Zhu, Kaori Nakayama-Hosoya, Shoichi Iriguchi, Yasushi Uemura, Takafumi Shimizu, Naoya Takayama, Daisuke Yamada, Ken Nishimura, Manami Ohtaka, Nobukazu Watanabe, Satoshi Takahashi, Aikichi Iwamoto, Haruhiko Koseki, Mahito Nakanishi, Koji Eto, and Hiromitsu Nakauchi†
† Corresponding authors
6. 問い合わせ先:
東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター 幹細胞治療分野
中内 啓光 (なかうち ひろみつ) 教授
7. 用語解説:
(注1) TCR:
一般的な受容体と同様に、リガンド (抗原) の認識と同時に細胞内領域からシグナルを伝達することで、T細胞を活性化させ、様々なT細胞機能を発揮させるスイッチとなる。抗原を用いなくてもTCRに擬似的な刺激を加えることで、抗原認識と同様の反応を起こさせることも可能である。
(注2) 人工多能性幹細胞 (iPS細胞):
生体に存在する体細胞に特定の遺伝子 (初期の報告ではOCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYCの4つ) を導入することで誘導される多能性幹細胞。マウスでは2006年に、ヒトでは2007年に、京都大学の山中伸弥教授らによって樹立が報告された。
(注3) 胚性幹細胞 (ES細胞):
受精後の胚盤胞 (受精後4日程度の胚) に存在する内部細胞塊から樹立される多能性幹細胞。マウスでは1983年にMartin Evansらによって、ヒトでは1998年にJames Thomsonらによって、その樹立が報告された。
(注4) 多能性幹細胞:
試験管内などの人工的に構成された条件下 (in vitro) で無限の増殖能を持ち、生体の全ての組織の細胞に分化が可能な細胞。
(注5) テロメア:
染色体の端に付加している繰り返し配列で、染色体の安定性を保つ役割もあるとされている。細胞分裂の度に短くなり、ある程度の短さに達すると細胞は死に至るため、細胞の寿命や若さを規定する構造と認識されることも多い。
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