肝臓の再生を促す新たなメカニズムを発見 ―重篤な肝障害を自らの力で修復する肝前駆細胞の活性化について―研究成果
肝臓の再生を促す新たなメカニズムを発見 |
平成25年1月15日
東京大学分子細胞生物学研究所
1.発表者:
宮島 篤(東京大学 分子細胞生物学研究所 教授)
伊藤 暢(東京大学 分子細胞生物学研究所 助教)
高瀬 比菜子(日本学術振興会 特別研究員PD[現所属:スタンフォード大学医学部 博士研究員])
2.発表のポイント:
◆どのような成果を出したのか
障害を受けた肝臓ではFGF7というタンパク質が発現して、これが肝細胞を生み出す元となる肝前駆細胞を活性化し増幅させることで再生を担うことを、初めて明らかにした。
◆新規性(何が新しいのか)
これまで不明であった肝前駆細胞の活性化のメカニズムを分子レベルで解明し、さらに、FGF7を人為的に発現させることで肝再生を促進可能であることを示した。
◆社会的意義/将来の展望
臓器/組織再生の基本原理の理解につながると共に、種々の肝疾患に対する新規治療法の開発への応用が期待される。
3.発表概要:
肝臓はきわめて再生能力が高い臓器であり、障害の種類や程度に応じて異なる様式で再生することが知られている。とりわけ、重篤あるいは慢性的な障害を受けた場合には、肝細胞を生み出す元と考えられている「肝前駆細胞」が肝臓内で活性化されて増幅するという現象が認められる。しかし、そのメカニズムや、肝前駆細胞が実際に肝再生に寄与しているのかについては、これまでほとんど明らかにされていなかった。
今回、東京大学分子細胞生物学研究所の宮島教授・伊藤助教・高瀬研究員らの研究グループは、FGF7と呼ばれるタンパク質が肝前駆細胞を活性化して肝臓の再生を担う鍵となる因子であることを発見した。遺伝子改変によりFGF7の機能を無くしたマウスや、逆に人為的にFGF7を発現させることが可能なマウスを用いた解析などから、この因子が肝前駆細胞の活性化に必須であり、さらに、障害を受けた肝臓の再生を誘導・促進できることを明らかにした。肝再生に関わる新規メカニズムを分子・細胞のレベルで解明したことで、臓器/組織の再生の基本原理の理解につながると共に、将来的には、種々の肝疾患に対する新規治療法の開発への応用が期待される。「生物に本来備わっている再生能力を引き出し、増強する」という新たな視点での治療戦略を提示しうるものとして興味深い。
4.発表内容:
肝臓はきわめて再生能力が高い臓器であり、障害の種類や程度に応じて異なる様式で再生することが知られている。例えば、臓器移植などの際に、その一部を外科的に切除すると、残存部分の肝細胞(肝臓の大部分を占め、実質的な機能を担う細胞)が肥大や増殖をすることで、短期間の内に元の臓器の大きさにまで回復することが可能である。一方で、薬物や毒物などにより重篤あるいは慢性的な障害を受け、肝細胞自身の増殖が阻害された場合には、正常な肝臓では存在が認められない特殊な「肝前駆細胞」が肝臓内で活性化されて増幅し、これが肝細胞や胆管の細胞へと分化することで機能を回復させると考えられている。ヒトの様々な肝疾患において、肝前駆細胞に相当すると考えられる特徴を持った細胞が出現・増幅する現象がしばしば認められており、これらが肝再生に関わっているものと想定されてきた。
肝臓の再生メカニズムの研究はこれまで、もっぱらラットやマウスでの外科的切除(部分肝切除)モデルを用いたものが主流であったが、近年、ヒトの肝疾患の病態をより良く反映する系として肝前駆細胞の活性化を伴う障害・再生モデルの解析が注目されてきている。しかしながら、肝前駆細胞の活性化を制御するメカニズムや、それらが実際に肝再生に寄与しているのかについては、これまでほとんど明らかにされていなかった。
今回、東京大学分子細胞生物学研究所の宮島教授・伊藤助教・高瀬研究員らの研究グループは、線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor ; FGF)ファミリーと呼ばれる、細胞間での情報の伝達を担う一群のタンパク質の内の一つ、FGF7(別称 keratinocyte growth factor ; KGF)が、肝前駆細胞が活性化されて肝臓の再生が行われる過程において中心的な役割を果たす、きわめて重要な因子であることを世界で初めて発見・報告した。
まず、胆汁鬱体や慢性肝炎などの様々な種類の肝障害について、それぞれのモデルマウスを作製して肝臓組織を解析したところ、肝前駆細胞の周囲には別の種類の特殊な細胞が存在しており、それらがFGF7を産生して肝前駆細胞を刺激・活性化することを見出した。岩手医科大学・滝川康裕准教授らとの共同研究により、急性肝炎や劇症肝炎の患者においても、血清中のFGF7タンパク質量が増加することが確認できた。
次に、遺伝子改変によりFGF7の機能を欠損させたマウスを用いた解析を行ったところ、このマウスでは肝毒性を持つ薬剤の投与による肝障害が顕著に増悪化し、致死率が有意に上昇していた。一方で、マウスの肝臓で強制的にFGF7を発現させることで、障害が無い状態でも肝前駆細胞の活性化を人為的に引き起こすことが可能であった。さらに、肝障害モデルにおいてFGF7を過剰に発現させることで、再生を誘導・促進し、障害の程度を軽減させる効果があることも分かった。以上の結果は、肝障害時にFGF7を介した細胞間の相互作用が肝前駆細胞の活性化に重要であることを示すと同時に、肝前駆細胞が実際に肝臓の再生に積極的に寄与する可能性を強く示唆している。
本研究は、肝再生に関わる新規メカニズムを分子・細胞のレベルで明確に示したことで、肝臓の持つ強い再生能力の秘密の一端を解き明かすと共に、臓器/組織の再生を司る基本原理の理解へとつながるものである。将来的には、FGF7あるいは関連する分子を用いることで、種々のヒトの肝疾患に対する新規治療法の開発への応用が期待される。最近、再生医療が特に高い注目を集め、その実現化が強く求められている。iPS細胞などから体外で人工的に作り出した細胞・組織・臓器を移植するという治療法に加えて、「生物に本来備わっている再生能力を引き出し、増強する」という新たな視点での治療戦略を提示しうるものとして本成果は興味深い。
5.発表雑誌:
雑誌名:「Genes & Development」27巻/2号(1月15日号)(2013年)
論文タイトル:「FGF7 is a functional niche signal required for stimulation of adult liver progenitor cells that support liver regeneration」
著者: Hinako M. Takase, Tohru Itoh, Seitaro Ino, Ting Wang, Takehiko Koji, Shizuo Akira, Yasuhiro Takikawa, and Atsushi Miyajima
6.問い合わせ先: 東京大学分子細胞生物学研究所 発生・再生研究分野
助教・伊藤 暢(いとう とおる)