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化学反応における新しい化学結合の存在を証明 ―創薬研究から基礎化学の概念に関わる新たな「隣接基関与」を発見―研究成果

化学反応における新しい化学結合の存在を証明
―創薬研究から基礎化学の概念に関わる新たな「隣接基関与」を発見―

平成25年3月1日

東京大学大学院薬学系研究科
徳島文理大学

1.発表者:
大和田智彦(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授)
山口健太郎(徳島文理大学香川薬学部 教授)

2.発表のポイント:
◆近傍(ペリ位)に位置する2つの典型元素(ハロゲン-窒素)間に新しい化学結合が存在することを見出した。
◆この新しい結合生成を介して望みの化合物だけを選択的に合成することが可能となり、従来困難であった様々な医薬品の有機合成が実現できる。

2.発表概要:
東京大学大学院薬学系研究科 大和田智彦 教授と徳島文理大学香川薬学部 山口健太郎 教授の共同研究グループは、有機化学反応におけるハロゲン原子の新しい隣接基相互作用(「隣接基関与」)の存在を明らかにし、近傍に位置する2つの典型元素間に新しい化学結合(ハロゲン-窒素結合)が存在することを見出しました。
「隣接基関与」は、プラスの電荷を持つ炭素が隣接する原子と一時的な結合を作る現象であり、有機合成反応において化合物の選択的な生成に大きな効果があり、望みの化合物のみを合成することができるため、基礎研究にも医薬品製造等の工業的にも一般的に利用されています。この現象は、炭素以外のプラスの電荷を持つ原子にも当てはまると思われていましたが、現在までその証拠はありませんでした。
本発見は、膀胱過敏症などの治療活性薬の有機合成研究の中で見いだされたもので、創薬研究という応用研究の中にサイエンスの根源的な未解明な問題が潜んでいる、という絶好の事例であるととらえられます。本研究の成果は、基礎化学の新しい化学結合の発見という意味だけではなく、従来、合成不可能だったラクタム構造(環状アミド)をもつ生理活性物質の合成を可能にするものです。

3.発表内容:
【要旨】化学反応において、電子が不足してプラスの電荷を持つ炭素(炭素カチオン)が、隣接する臭素などのハロゲン原子と一時的に結合を作り、安定化されることにより(注1)、生成する物質の立体構造が変化したり生成速度が大きく加速したりする「隣接基関与」という現象が古くから知られていました(概念図1A)。この現象は炭素以外のプラスの電荷を持つ原子にも当てはまると思われていましたが、意外なことに現在に至るまで明確な証拠は一切示されていませんでした。
 
今回、東京大学大学院薬学系研究科 大和田智彦教授と徳島文理大学香川薬学部 山口健太郎教授の共同研究グループは、プラスの電荷を持つ窒素(窒素カチオン)も隣接するハロゲン原子によって安定化され、ハロゲン-窒素結合という今まで知られていなかった新しい化学結合を作ることを見出しました。この現象は、膀胱過敏症などの治療薬の有機合成研究の中で発見されたもので(参考文献)、応用研究の中にサイエンスの根源的な未解明な問題が潜んでいる、という絶好の事例であるととらえられます。

 「ベックマン転位」は、窒素原子が炭素?炭素結合の間に挿入する反応として100年以上も前から知られている有名な反応で、オキシムからアミドを与える反応です(注2)。>C=N?OH(オキシム)の水酸基(OH)と反対側にある炭素?炭素結合が選択的に窒素原子上に結合を組み替える(転位する)ことが多いことから、水酸基と反対側で互いに同一平面上にある(アンチペリプラナーな関係という)置換基の転位が起きアミド類が生じると理解されてきました(注2)。
  本研究で、類似の「ベックマン転位」を調べたところ、オキシム窒素の近傍にハロゲン (塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I))が隣接すると、この窒素上の酸素?トシル基(O-Ts基)と同じ側にある炭素?炭素結合が優先的に転位することを見出しました(概念図2上段の反応式、赤い矢印)。このことは「ベックマン転位」の条件下で通常は見られない逆側の結合の反応が進行したことになり、「ベックマン転位」と異なり、ハロゲンと窒素原子が一時的に結合を作る新規反応機構の証拠が提示されたことになります。なお、オキシム窒素の近傍に水素(H)あるいはフッ素(F)が存在するとベンゼン側の炭素結合が転位する通常の「ベックマン転位」が見られました(概念図2下段の反応式、青い矢印)。
  このように、本研究はハロゲンと窒素カチオンが相互作用し一時的なハロゲン-窒素結合を形成する新しい相互作用の存在を世界に先駆けて明らかにしました。本研究は基礎化学における「隣接基関与」の現象の理解に進展をもたらすばかりではなく、本反応を用いれば、従来合成が困難とされていたラクタム構造(環状アミド)を有する生理活性物質の合成が初めて可能となり、創薬化学の進歩にも貢献すると期待されています。

(参考文献):本研究のきっかけとなった膀胱過敏症などの治療薬の最近の研究結果:
Molecular mechanism of pharmacological activation of BK channels
G. Gessner, Y.-M. Cui, Y. Otani, T. Ohwada, M. Soom, T. Hoshi, S. H. Heinemann
Proceedings of the National Academy of Sciences of the U. S. A. (PNAS) 2012 ;109 (9) 3552-3557.

概念図1、概念図2はこちら

4.発表雑誌
雑 誌 名:米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)
出版・発行:online Early Edition (EE) 2013年2月25日予定
論文タイトル:Sterereochemical Evidence for Stabilization of a Nitrogen Cation by  Neighboring Chlorine or Bromine
著   者:Tomohiko Ohwada* , Norihiko Tani , Yuko Sakamaki , Yoji Kabasawa , Yuko Otani , Masatoshi Kawahata , Kentaro Yamaguchi*
(*:責任著者)
アブストラクトURL:http://www.pnas.org/content/early/2013/02/19/1300381110.abstract

5.問い合わせ先:
東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授
大和田 智彦(おおわだ ともひこ)

徳島文理大学 香川薬学部 教授
山口健太郎(やまぐち けんたろう)

6.用語解説
こちらをご覧ください。

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