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記者会見「西洋古典籍デジタルアーカイブの公開について ―東京大学経済学図書館における知のインフラ整備事業―」研究成果

記者会見
西洋古典籍デジタルアーカイブの公開について
―東京大学経済学図書館における知のインフラ整備事業―

平成25年6月18日

東京大学大学院経済学研究科

1.会見日時:  平成25年6月18日(火) 14:00~14:45

2.会見場所: 東京大学本郷キャンパス 経済学研究科学術交流棟(小島ホール)1F第一セミナー室

3.出席者: 小野塚知二(東京大学大学院経済学研究科・教授)
        谷本雅之(東京大学大学院経済学研究科・教授、経済学図書館長)
        矢野正隆(東京大学大学院経済学研究科・特任助教)

4.発表のポイント
  ◆どのような成果を出したのか
研究上で重要であると誰もが認めるが、アクセスが困難であった貴重な資料を、より容易に閲覧できるようにしました。
  ◆新規性(何が新しいのか)
アクセスの容易化と、原本の現状維持・保存を両立させている点。特に見開きが悪く、本来であれば撮影不能な資料を、最新技術によって原本を保持しつつデジタル化しています。
  ◆社会的意義/将来の展望
専門分野における研究の進展が見込まれるだけではなく、貴重な資料の保存に関する一般的な認知を得られるという意義を有しています。

5.発表概要:
東京大学経済学図書館(谷本雅之館長)は、西洋古典籍デジタルアーカイブを一般公開しました。このデジタルアーカイブは、東京大学経済学部所蔵西洋古典籍目録・画像データベース作成委員会(委員長:東京大学大学院経済学研究科・小野塚知二教授)が中心となり、東京大学経済学図書館が所蔵する近世・近代西洋の社会科学関連書籍を電子化したもので、東大OPAC(蔵書検索)を通じて利用することができます。
このたび公開の資料は、①新渡戸稲造が寄贈したアダム・スミス旧蔵書、②関東大震災直後に購入されたカール・メンガー旧蔵書【学内限定公開】、③アダム・スミスやカール・マルクスなど著名な経済学者による著作の各種版本などの貴重図書、約500点(約12万コマ)です。
東京大学経済学図書館では、社会科学関係の貴重図書や原資料を数多く所蔵しており、これらを専門的に取り扱う部門として経済学部資料室を設置し、原本をより永く保存するべく資料保存に力を注いできました。しかし、長年にわたる利用により、資料の状態は必ずしも良好とは言えません。そこで、原本の利用による負荷を軽減するとともに、利用の便宜を図るため、デジタル画像による代替化を実施しています。これまでにも各種古文書や原資料を多くアーカイブ化してきましたが、今回その範囲を西洋古典籍にも広げました。この活動は東京大学経済学図書館に蓄積された文化資産、学術資産を「知のインフラ」として整備してゆくものであり、今後希少性の高いものや、利用頻度の高いものから、順次公開してゆく予定です。

6.発表内容: 
「西洋古典籍デジタルアーカイブ」は、東京大学経済学図書館が所蔵する近世・近代西洋の社会科学関連書籍のうち、特に重要とされるアダム・スミス文庫を中心とした約500件をデジタル化してPDFデータで公開するものです。本館の貴重図書(洋書)は、①18世紀以前の刊行物と、②歴史的な経済学者に関連する資料(蔵書や手稿類)から構成されています。このうち1900年に高野岩三郎博士がライプチヒにて購入したE.エンゲル旧蔵書(エンゲル文庫)や、経済学部成立直後の1920年に新渡戸稲造博士より寄贈されたアダム・スミス旧蔵書(アダムスミス文庫)は、本館における図書蒐集の原点であるとともに、日本における本格的な経済学研究の基盤となりました。これらは書入れ等により孤本※と見なされるべきものですが、長年にわたる利用、さらには関東大震災、戦災、学生運動、近年の東日本大震災など受難もあり、その状態は必ずしも良好ではありません。そこで早急に媒体変換し、直接利用による原本への負荷を軽減させる必要が出てきました。

日本では、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーや、慶應義塾図書館のGoogleブックスへの参加に見られるように、日本の古典籍や近代以降の出版物をデジタル化して後世に伝えようとする試みが既に始まっています。本館でも、これまでは日本の古文書や劣化資料といった日本固有の記録を中心にデジタルアーカイブを構築し、資料を学術利用するためのインフラを整備してきました。一方、近代以降の学術活動そのものに目を向けるならば、その源泉となったのは、明治維新以降に欧米から輸入した厖大な知識であることは疑いのない事実です。つまり、こうした知識の集積そのものが日本の近代を作ったとも言ってもよく、近代日本を識る上で、その源泉となった輸入書の存在は無視できません。日本において近世・近代の西洋古典籍をデジタルアーカイブ化する意義はここに認められるべきでしょう。

今回の公開対象は、①新渡戸稲造が寄贈したアダム・スミス旧蔵書、②関東大震災直後に購入されたカール・メンガー旧蔵書【学内限定公開】、③アダム・スミスやカール・マルクスなど著名な経済学者による著作の各種版本などの貴重図書、約500点(約12万コマ)です。

アダム・スミス(1723-1790)は『国富論』(別訳『諸国民の富』)の中で「神の見えざる手」という言葉を使い、最適な資源配分のための市場調整機能を述べたことで知られています。この経済学の祖と称されるアダム・スミスの旧蔵書とは、本館における至宝というばかりか、経済学という学問そのものにとっての歴史的・文化的遺産という価値を有しています。イギリスの古書店に売り立てに出されたこの文庫の価値をいち早く見抜き、他国に先んじて購入した新渡戸稲造は大変な慧眼の持ち主であったと言えます。

カール・メンガー(1840-1921)は経済学におけるオーストリア学派の祖とされる人物です。それまでの古典派経済学が価値を費用から説明するのに対し、効用により消費財の価格を説明する限界効用説を重視する点に特徴があります。メンガーの旧蔵書は一橋大学が約2万冊を所蔵しているのに対し、本館のものは80冊とごく僅かですが、マルサス『人口論』の各種版本が含まれているなど、メンガー旧蔵書の全貌を窺うには欠かせないものです。

本館では創立当初より、アダム・スミス、マルクスなど著名な経済学者の著作や、19世紀以前の社会経済に関するマニュスクリプトの類などを広く収集してきました。これらは貴重図書として厳重に管理されてきましたが、全体を通覧できる目録はありませんでした。このたびのデジタルアーカイブ公開に合わせて、全ての貴重図書は東京大学OPAC(蔵書検索)で検索できるようになった上、主要なものは順次デジタルアーカイブを作成しています。

本デジタルアーカイブにおける作成上の特徴は次の2点になります。

一つは公開用のインターフェイスとして、東京大学OPACを利用したことです。デジタルアーカイブの公開は蔵書検索システムと別系統であるのが一般的です。しかし、利用する側にとっては、一度の検索で書誌、所蔵の確認ができ、必要に応じてそのままデジタルアーカイブへとアクセスできることが望ましいと考えます。このため本デジタルアーカイブは独自の利用者インターフェイスはもたず、東京大学OPACの所蔵画面からデジタル画像にリンクする形をとっています。

二つ目は撮影と公開画像における本館のスタンスです。西洋の書籍の装幀は経年劣化によって皮革が硬化し、徐々に本の開閉が困難になってゆきます。このため貴重な資料であるにもかかわらず、閲覧停止にせざるを得ない資料が数多くあるのが実情です。本館でもアダム・スミス文庫はこの傾向が顕著です。資料の保存を重視するのであれば閲覧停止措置により現状維持を優先すべきかもしれませんが、大学図書館における資料の利用や学術資料としての有効活用の点からすれば、閲覧停止はもっとも避けたい措置なのです。この点について館内で熟議した結果、図書館としての使命を完遂する観点からも後者のスタンスが望ましいと判断しました。このため、表紙の開き加減と劣化状態により場合分けして撮影を行っています。状態が良好なものは図面等を撮影するラインスキャナーにより高解像度の撮影をしました。また状態の悪いものは、開閉できる角度ごとに対応を分け、本の開く範囲の角度で斜めから撮影し、歪んだ文字はデジタル処理により再現しました。また開閉が不可能と判断したものについては、製本を解体して撮影を敢行しました。なお公開用画像はマルチPDFとなっています。これは、PDFが電子文書のフォーマットとしてグローバルスタンダードとなっており、電子的な公開において最も汎用性の高いフォーマットだと判断されるからです。

このように本デジタルアーカイブでは過剰な画像品質を追究せず、文字の視認性とデジタルアーカイブとしての汎用性に重きを置いています。ただし、活字以外の書き入れ、装幀の状態、蔵書票、透かしなどテキストデータでは表現できない部分も可能な範囲で再現するよう努めています。門外不出の貴重図書が世界中で閲覧可能となったことで、今後の社会科学、人文科学の研究に非常に有益な情報基盤(知のインフラ)として広く活用されることを期待します。

◎利用方法:http://www.lib.e.u-tokyo.ac.jp/?page_id=3760
◎東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp
※本デジタルアーカイブの構築には平成24年度科学研究費補助金研究成果公開促進費の割譲を受けています。ここに記して関係各位に感謝の意を表します。

※書入れ:読書の過程で本の所有者が字間や行間、余白などに自分の考え等を書き留める行為。書誌学上は学術的に意味を有する行為に基づくものを「書入れ」、単なるメモの類を「書込み」として区別することもある。
※孤本(こほん):それ1冊のみで他に同じものが存在しない本のこと。

7.発表雑誌: 
・当該事業の概要および成果については、『東京大学経済学部資料室年報』第4号(2014年3月刊行予定)にとりまとめて発表予定。

8.問い合わせ先: 
小島浩之(東京大学大学院経済学研究科・講師)
矢野正隆(東京大学大学院経済学研究科・特任助教)

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