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記者会見「ナトリウムポンプ蛋白質がナトリウムを選択的に運搬する機構を解明」研究成果

記者会見「ナトリウムポンプ蛋白質がナトリウムを選択的に運搬する機構を解明」

平成25年10月3日

東京大学分子細胞生物学研究所

1.会見日時: 平成25年10月2日(水) 14:00 ~15:00

2.会見場所: 東京大学分子細胞生物学研究所 生命科学総合研究棟 3F 302号室(弥生キャンパス内:東京都文京区弥生1-1-1)

3.出席者: 豊島 近(東京大学分子細胞生物学研究所附属 高難度蛋白質立体構造解析センター センター長/教授)

4.発表のポイント
・どのような成果を出したのか:ナトリウムイオンを結合した状態のナトリウムポンプ蛋白質の構造をX線結晶解析によって決定した。
・新規性(何が新しいのか):すべての動物細胞にあり、多くの生命活動の基盤を作るともいえるナトリウムポンプ蛋白質がナトリウムを選択的に結合・運搬する機構を明らかにした。
・社会的意義/将来の展望:本研究の成果は多数の病変に深く関わるナトリウムポンプ蛋白質を制御する薬剤を開発するための基盤的な情報となる。

5.発表概要: 
ナトリウムポンプはATP1) の化学エネルギーを利用し、細胞内から細胞外へナトリウムイオンを汲み出し、同時にカリウムイオンを汲み入れるポンプ蛋白質2)である。すべての動物細胞に発現しており、神経興奮や心臓の拍動などの生命活動の基盤を作る極めて重要な蛋白質である。東京大学分子細胞生物学研究所の豊島近教授らのグループは、大型放射光施設SPring-83)を用いたX線結晶解析によって、2009年に発表したカリウム結合状態の構造4)に加え、今回、ナトリウムを結合した状態のナトリウムポンプの結晶構造を高分解能5)で決定することに世界で初めて成功した。この結果、ナトリウムポンプは、どのようにして、細胞内により多く存在するカリウムではなく、ナトリウムを選択的に結合し運搬するのか、この目的のためにどのような特異的な構造を備えているのか等が解明された。また、ナトリウムポンプの働きを止めてしまう抗生物質オリゴマイシンとの結合様式も明らかになった。
  ナトリウムポンプは200年以上前から処方されてきた強心剤ジギタリスの標的蛋白質であり、高血圧や癌、多くの神経病変にも深く関わっている。今回の構造決定は直ちに治療に結びつくものではないが、このポンプ蛋白質を制御する薬剤の開発に対し重要な基盤を与えるものである。

6.発表内容: 
東京大学分子細胞生物学研究所付属高難度蛋白質立体構造解析センター6) 豊島 近教授の研究グループ(金井隆太 助教、小川治夫 准教授)は、デンマーク・オルフス大学ベント・ヴィールセン(Bente Vilsen) 教授、フレミング・コルネリウス (Flemming Cornelius) 准教授と共同で、ナトリウムポンプ蛋白質がナトリウムイオンを結合した状態の構造を、大型放射光施設SPring-8を用いたX線結晶解析によって高分解能(2.8 オングストローム7))で決定することに世界で初めて成功した。
  ナトリウムポンプはATPの化学エネルギーを利用し、ATP1個あたり3個のナトリウムイオンを細胞内から細胞外へ汲み出し、同時に細胞内へ2個のカリウムイオンを汲み入れる(対向輸送する)大型の膜蛋白質である。カリウムイオンがなくても働くので、本質的にナトリウムのポンプである。また、ATPを分解する酵素(ATPase)でもある。ナトリウムポンプはすべての動物細胞に発現している極めて重要な蛋白質であり、その発見に対し、1997年度のノーベル化学賞がデンマークのJ.C. Skouに与えられた。類縁のポンプ蛋白質としては、胃の酸性を維持する水素イオンポンプや、筋肉の弛緩の担い手であり構造研究が最も進んでいるカルシウムポンプがある。ポンプ蛋白質が働くことで、細胞の内外でイオンの濃度に差が生じ、この濃度差が、神経興奮や心臓の拍動などの生命活動の基盤となる。実際、脳で消費されるエネルギーの50%以上は、ナトリウムポンプによって消費されるほど重要な蛋白質である。
カリウムイオンを結合した状態のナトリウムポンプの構造の決定には2009年に成功していたが、ナトリウムイオンを結合した状態の構造は未決定であった。今回の成果によって、どのようにしてカリウムではなくナトリウムを選択的に結合し運搬できるのか、そのためにどのような特異的構造が備わっているのか等が明らかになった。また、圧倒的に構造解析が進んでいるカルシウムポンプ蛋白質と比較することによって、二つのポンプ蛋白質はよく似たアミノ酸配列を持ち、また、カルシウムイオンとナトリウムイオンはほぼ同じ大きさ(半径0.99 Aと0.95A)を持つにもかかわらず、「ナトリウムポンプは何故ナトリウムを非常に効率よく選択できるのか」も明らかになった。
  ナトリウムポンプは200年以上処方されてきた強心剤ジギタリスの標的蛋白質であり、高血圧や癌、多くの神経病変にも深く関わっている。また、腎臓における水とナトリウムの再吸収も極めて重要な働きであり、高血圧とも深く結びついている。(実際、今回の研究では特にナトリウムポンプの密度が高い腎臓(豚)から精製したものが用いられた)。このポンプによって形成される細胞の内側と外側のナトリウムイオンの濃度差は多くの膜輸送体の駆動力ともなるため、このポンプの活動は多様な制御を受けており、その異常によって、細胞の体積やpH、小腸における糖やアミノ酸の吸収など、一見このポンプとは関係のないような機能も多大な影響を受ける。そのため、ナトリウムポンプは多くの病変に対する薬剤の標的と成り得るものであり、癌や高血圧の薬剤として臨床試験段階にあるものも幾つも存在する。今回の成果は直ちに病気の治療に結びつくものではないが、このポンプ蛋白質を制御する薬剤の開発に対し重要な基盤を与えるものである
本研究は豊島教授を代表とする日本学術振興会科学研究費補助金 特別推進研究「薬剤開発を視野に入れた膜輸送体の構造研究」の一環として実施された。また、X線回折データ収集には大型放射光施設SPring-8の共用ビームラインBL41XUが使用された。

7.発表雑誌: 
雑誌名:Nature オンライン版10月2日
論文タイトル:Crystal structure of a Na+-bound Na+,K+-ATPase preceding the E1P state
(E1P状態に先立ちナトリウムイオンを結合したNa+,K+-ATPaseの結晶構造)
著者:Ryuta Kanai, Haruo Ogawa, Bente Vilsen, Flemming Cornelius and Chikashi Toyoshima*
金井隆太、小川治夫、ベント・ヴィールセン、フレミング・コルネリウス、豊島 近
DOI番号:10.1038/nature12578

8.用語解説:
1) ATP(アデノシン三燐酸):
生体のエネルギー通貨と呼ばれる物質。ATPがADPとリン酸に分かれる(加水分解される)ときに放出される化学エネルギーが、多くの生体反応のエネルギー源となる。筋肉の収縮もATPをエネルギー源とする。

2) イオンポンプ:
細胞の中と外ではナトリウムやカリウム、カルシウムなどのイオンの濃度は異なっており、その濃度の違いを生体は信号伝達や、エネルギー源として他の蛋白質を動かすために用いている。その濃度差を維持するのがイオンポンプであり、生体膜中に存在する膜蛋白質である。濃度勾配に逆らってイオンを輸送するため、エネルギー源が必要であり、ATPの化学エネルギーや光のエネルギー等が用いられる。

3) SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する細く強力な電磁波のことであり、SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
国内外の産学官の研究者等に開かれた共同利用施設であり、平成9年より放射光を大学、公的研究機関や企業等のユーザーに提供している。
施設者は独立行政法人理化学研究所(理研)であり、運転・維持管理、並びに利用促進業務を公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。

4) 本研究グループがNature誌に発表した成果。”Crystal structure of the sodium-potassium pump at 2.4 A resolution.” Nature 459, 446-450 (2009)

5)分解能:
どこまで細かく解像できているかを示す値。値が小さいほど、詳細な構造が得られたことを意味する。

6) 東京大学分子細胞生物学研究所附属高難度蛋白質立体構造解析センター
2010年に設立されたセンター。創薬の重要なターゲットの大半が膜蛋白質であるにも関わらず、膜蛋白質の立体構造登録数は全登録数の0.5%以下 に過ぎないという現実をふまえ、薬剤のターゲットになるような膜蛋白質を積極的に取り上げ、その立体構造を決定することによって創薬へのブレークスルーを目指している。

7) A (オングストローム):
原子や分子などの非常に小さな長さを表すのに用いられる長さの単位。1A (オングストローム)は1千万分の1 mm、0.1 nm(ナノメートル)と同じ長さ。

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