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インフルエンザウイルス感染によって起こる炎症反応のメカニズムを解明研究成果

インフルエンザウイルス感染によって起こる炎症反応のメカニズムを解明

平成25年10月15日

東京大学医科学研究所

1.発表者:
一戸 猛志
東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センター 感染制御系 ウイルス学分野 准教授

2.発表のポイント:
◆ウイルス感染によって起こる炎症反応の分子メカニズムを明らかにした
◆炎症反応にはミトコンドリア外膜のmitofusin 2(Mfn2)注1タンパク質が必要であった
◆ウイルス感染後の過剰な炎症反応を抑えるような治療薬の開発、また炎症を促進することによりワクチンの効果を高める物質(アジュバント注2)の開発に役立つ可能性がある

3.発表概要: 
東京大学医科学研究所の一戸猛志准教授らは、インフルエンザウイルスが感染した際の炎症反応が起こる分子メカニズムを明らかにしました(図1)。

目には見えない小さなゴミが鼻の穴に入っても熱は出ませんが、インフルエンザウイルスが鼻腔粘膜の細胞に感染すると熱が出ます。これは鼻の穴の細胞がインフルエンザウイルスの侵入を感知しているからです。このように私たちのからだ(細胞)は、目にも見えない小さな“ゴミ”と“ウイルス”の違いを見分けています。研究グループはこれまでに、インフルエンザウイルスが細胞に感染すると、細胞内のタンパク質の複合体であるNLRP3インフラマソーム注3 が活性化して炎症反応を引き起こすこと、この炎症反応はインフルエンザウイルス特有の免疫応答の誘導に必要であることを明らかにしてきました。しかしウイルス感染によって、細胞内のNLRP3インフラマソームがどのように活性化するか、その分子機構はよく分かっていませんでした。

今回研究グループは、インフルエンザウイルスが感染すると細胞内のNLRP3が、エネルギーを産生する細胞小器官ミトコンドリアの外膜タンパク質であるmitofusin 2(Mfn2)注1に結合することを世界で初めて明らかにしました。このNLRP3とMfn2の結合は、インフルエンザウイルス感染によるNLRP3インフラマソームの活性化と炎症誘発性サイトカイン(インターロイキン1β)の産生に必要でした(図1)。

今回明らかになった炎症反応の分子メカニズムは、ウイルス感染後の過剰な炎症を抑えるような治療薬の開発、または炎症を起こさせることによりインフルエンザワクチンの効果を高めるような物質(アジュバント注2)の開発に役立つと期待されます。またNLPR3インフラマソームは、ウイルス感染症のみならず、アスベストによる肺線維症や肺がん、過食によって体内に蓄積した尿酸結晶が引き起こす痛風にも関わることが知られているため、本研究の成果は他の分野にも大きなインパクトを与える重要な発見です。
本研究成果は、九州大学との共同研究によるもので、米国東部夏時間2013年10月14日に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America: PNAS)のオンライン速報版で公開されました。

4.発表内容:
■研究の背景
生体には、病原体が体内に侵入してきた際にそれを異物として認識し、即時に排除しようとするシステム(自然免疫注4)が備わっています。これは細胞内や細胞膜、エンドゾーム膜に病原体特有の分子パターンを認識する受容体が備わっているためです。Nod-like receptors(NLRs)ファミリーのNLRP3は、細胞内のパターンを認識する受容体で、ウイルス、細菌、環境中の刺激物(シリカやアスベストなど)、死細胞から放出されるATP、痛風の原因となる尿酸結晶などによって活性化します。NLRP3は活性化するとアダプタータンパク質のASCや未成熟型のカスパーゼ1とともにタンパクの質複合体NLRP3インフラマソーム注3を形成します(図1)。NLRP3インフラマソームにより活性化したカスパーゼ1は、細胞質中の未成熟型のサイトカイン(インターロイキン1β、インターロイキン18)を切断して、サイトカインの細胞外への分泌を促進します(図1)。研究グループはこれまでに、インフルエンザウイルスが細胞に感染すると、細胞内のNLRP3インフラマソーム が活性化して炎症反応を引き起こすこと、この炎症反応はインフルエンザウイルス特異的免疫応答の誘導に必要であることを明らかにしてきました。しかし、ウイルス感染によって細胞内のNLRP3インフラマソームがどのように活性化するか、その分子機構についてはよく分かっていませんでした。ウイルス感染以外の研究分野では、ATPや尿酸結晶によって細胞を刺激した際のNLRP3インフラマソームの活性化には、ダメージを受けたミトコンドリアが産生する活性酸素種(ROS)が重要であることが報告されていました。

■研究内容
研究グループは、まずウイルス感染によるNLRP3インフラマソームの活性化にもミトコンドリアが産生する活性酸素種(ROS)が必要かどうかを確かめるため、ミトコンドリアROSだけを阻害する薬剤存在下でのNLRP3インフラマソームの活性化(インターロイキン1βの産生)を調べました。その結果、ミトコンドリアROSの産生を阻害する薬剤存在下でもウイルス感染によってNLRP3インフラマソームが活性化していることが分かりました。

次に、ウイルス感染によるNLRP3インフラマソームの活性化にそもそもミトコンドリアは必要であるか否かを調べるために、ミトコンドリアDNAを脱落させた細胞にウイルスを感染させました。この状況下でNLRP3インフラマソームの活性化を解析した結果、ミトコンドリアDNAを脱落させた細胞では、ウイルス感染後のインターロイキン1βの産生やカスパーゼ1の活性化が低下していました。つまり、NLRP3インフラマソームの活性化と炎症誘発性サイトカイン(インターロイキン1β)の産生により炎症反応が起こる過程で、ミトコンドリアが何らかの働きをしていると推測されました。

さらに、このミトコンドリアDNAが脱落した細胞で何が起きているかを調べると、この細胞ではミトコンドリアの膜電位注5 が低下していることを突き止めました。ウイルス感染によるNLRP3インフラマゾームの活性化にミトコンドリアの膜電位が必要である理由を解明するため、研究グループはミトコンドリア同士の融合に関わるmitofusin(Mfn)注1タンパク質に着目しました。Mfnタンパク質を欠損した細胞では、ミトコンドリア同士の融合が起こらずに、細胞質中に断片化したミトコンドリアが多く観察されます。また断片化したミトコンドリアでは、膜電位の低下が認められることが分かっていました。そこで、ウイルス感染後のNLRP3インフラマソームの活性化におけるMfnの役割に着目して実験を進めたところ、インフルエンザウイルス感染により、細胞内のNLRP3がミトコンドリアの外膜タンパク質であるMfn2に結合することを見出しました。またMfn2の発現を低下させた細胞に、インフルエンザウイルスを感染させると、インターロイキン1βの産生やカスパーゼ1の活性化が低下していることが分かりました。

これらのことから、ミトコンドリア外膜上でNLRP3とMfn2が結合することは、インフルエンザウイルス感染によるNLRP3インフラマソームの活性化に必要であること、NLRP3インフラマソームはミトコンドリア外膜に存在するMfn2を足場にして活性化していることが示唆されました(図1)。このことは、ミトコンドリアは単にエネルギー産生の場としてだけでなく、ウイルス感染による炎症反応のシグナル伝達の中心として機能していることを示す重要な発見です。

■社会的意義
今回明らかにされたウイルス感染による炎症反応の分子メカニズムは、ウイルス感染後の過剰な炎症を抑えるような治療薬の開発、または炎症を起こさせることによりインフルエンザワクチンの効果を高めるような物質(アジュバント注2)の開発に役立つと期待されます。またNLPR3インフラマソームは、ウイルス感染症のみならず、アスベストによる肺線維症や肺がん、過食によって体内に蓄積した尿酸結晶が引き起こす痛風にも関わることが知られているため、本研究の成果は、他の分野にも大きなインパクトを与える重要な発見です。

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図1.ウイルス感染による炎症反応の細胞内分子メカニズム
  インフルエンザウイルスが細胞に感染すると、細胞質中のNLRP3が活性化して、ミトコンドリア外膜に存在するMfn2に結合します。このNLRP3-Mfn2の相互作用を足場にして、アダプタータンパク質のASCと未成熟型カスパーゼ1が集合し、NLRP3インフラマソームが形成される。未成熟型カスパーゼ1は、集合するとお互いを自己切断して活性化し、活性化したカスパーゼ1は、細胞質中の未成熟型のサイトカイン(インターロイキン1β、インターロイキン18)を切断して、サイトカインの細胞外への分泌を促進します。

5.用語解説:
注1)Mitofusin(マイトフュージン)
電車の車両同士を連結したり切り離したりするように、細胞内のミトコンドリアは融合と分裂を繰り返しています。Mitofusin(Mfn) はミトコンドリアの外膜に存在するタンパク質で、ミトコンドリア同士の融合に関わるものとして知られています(図1)。哺乳類では同一の機能をもつ一方で構造が異なる2種類のMfn(Mfn1およびMfn2)が見つかっています。

注2)アジュバント
抗原(ワクチンなど)と混合して投与することにより、投与した抗原に対する免疫応答を増強させる物質の総称。

注3)NLRP3インフラマソーム
私たちのからだには外敵から身を守るために、異物の侵入を感知するセンサーが備わっています。そのセンサーのひとつであるタンパク質の複合体NLRP3インフラマソームは、細胞内に存在し、ウイルスや細菌、環境中の刺激物(シリカ、アスベストなど)によって活性化します。これにより炎症誘発性サイトカイン(インターロイキン1βなど)が細胞外へ放出されて、発熱や感染局所での炎症反応が起こります。

注4)自然免疫
異物(非自己)であれば相手がどのような病原体かを選ばずに攻撃する免疫応答。病原体などの異物に対する初期の防御応答で、免疫細胞が異物そのものを貪食したり、病原体特異的な分子パターンを認識することによりインターフェロンを産生して、ウイルスの増殖を抑制します。

注5)ミトコンドリアの膜電位
ミトコンドリアは内膜と外膜の二重膜からなる細胞内器官です(図1)。ミトコンドリアの内膜には、細胞内のさまざまな活動のエネルギー源となるATPを作り出すための電子伝達系が存在しています。この電子伝達系は、水素イオン(H+)を内膜と外膜の間(膜間スペースと呼ばれる)へ輸送していて、このためミトコンドリアの内膜にはH+の濃度勾配(電位差)が生じます(図1)。この電位差が膜電位で、活動的なミトコンドリアにはこの膜電位が存在します。

6.発表雑誌:
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America
論文タイトル:Mitochondrial protein mitofusin 2 is required for NLRP3 inflammasome activation after RNA virus infection(RNAウイルス感染によるNLRP3インフラマソームの活性化にはミトコンドリアmitofusin2タンパク質が必要である)
著者:Takeshi Ichinohe*, Tatsuya Yamazaki, Takumi Koshiba, Yusuke Yanagi
DOI番号: 10.1073/pnas.1312571110
アブストラクトURL:http://www.pnas.org/content/early/2013/10/09/1312571110.abstract

7.問い合わせ先:
一戸 猛志(イチノヘ タケシ)
東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センター
感染制御系 ウイルス学分野

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