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染色体の分配を担うタンパク質の発見 ―マウスの生殖細胞を光らせる技術により可能に―研究成果

染色体の分配を担うタンパク質の発見
―マウスの生殖細胞を光らせる技術により可能に―

平成26年1月13日

東京大学分子細胞生物学研究所



1.発表者: 
澁谷 大輝(東京大学大学院農学生命科学研究科 博士課程3年) 
渡邊 嘉典(東京大学分子細胞生物学研究所 教授)

2.発表のポイント: 
  ◆哺乳動物の生殖細胞で染色体の分配に必要な染色体末端に結合するタンパク質を発見
  ◆マウスの生殖細胞内で蛍光タンパク質を光らせることにより可視化に成功
  ◆今回発見したタンパク質は、ヒトの不妊の原因遺伝子の一つとなっている可能性があり、生殖医療の発展に寄与することが期待される。

3.発表概要:
  両親の遺伝情報が子供へと伝わる背景には、両親のそれぞれの生殖細胞(精子や卵子)で染色体(注1)が正確に半分に分配され、精子が卵子に受精し、分配された染色体が合わさる仕組みがあります。ヒトではこの過程に異変が生じるとダウン症(注2)や不妊につながると考えられています。しかし、ヒトを含む哺乳動物で染色体を正確に半分に分配する過程に働く制御因子がほとんど分かっていませんでした。
東京大学分子細胞生物学研究所の渡邊嘉典教授と大学院農学生命科学研究科博士課程の澁谷大輝大学院生らは、生きたマウスの生殖細胞内で蛍光タンパク質を発現させることにより染色体の運動を可視化することに成功し、この運動を制御する新規テロメア結合タンパク質TERB1を発見しました。通常、染色体が分配される際には染色体中央部のセントロメアと呼ばれる部位を起点として染色体が運動しますが、今回マウスの生殖細胞では核膜に連結された染色体末端のテロメアと呼ばれる部位を起点として染色体が運動することが、その後の染色体分配に必須であることが明らかになりました。さらに、TERB1タンパク質はヒトでも見つかっており、染色体を分配する仕組みの異常に起因する先天的遺伝疾患の原因解明につながる成果といえます。加えて、生殖細胞内で蛍光タンパク質を発現させる手法を応用して、不妊症のマウスにTERB1遺伝子を導入したところ、マウスの症状を緩和する実験にも成功しました。
これらの成果は、将来的にはヒトの不妊症患者に対する遺伝子治療技術としての応用も期待されます。

4.発表内容:
  多くの生物同様にヒトにおいても、両親の染色体が半分ずつ受け継がれることにより、両親の遺伝情報が子供へと伝わります。染色体の数は、精子や卵子などを作る生殖細胞で半分に分配され、そのメカニズムは減数分裂と呼ばれています。減数分裂に異変が生じるとダウン症や不妊などにつながると考えられています。減数分裂で染色体が正確に分配されるためには、それに先立つ染色体の対合・組み換えが正しく行われることが重要です。通常、体細胞(注3)における染色体の運動は、染色体中央部のセントロメアと呼ばれる部位を起点として起きることが知られています。これに対して、酵母を使った先行の研究では、減数分裂の染色体の対合・組み換えの過程では染色体末端のテロメアと呼ばれる部位を起点とした染色体の運動が重要な働きをもつことが示唆されていました。しかし、ヒトなどの哺乳動物では、減数分裂の制御機構そのものがほとんど分かっていませんでした。これは、哺乳動物の生殖細胞の解析手段が限られており、またその結果、減数分裂に関わる因子の発見が困難であることに起因していました。

 今回、東京大学分子細胞生物学研究所の渡邊嘉典教授と大学院農学生命科学研究科博士課程の澁谷大輝大学院生らは、電気穿孔法(注4)によって生体マウスの生殖細胞内へ一過的に外来遺伝子(注5)を導入する方法を世界に先駆けて確立し、生きたマウスの生殖細胞内で蛍光タンパク質を発現させることにより染色体の運動を可視化することに成功し、減数分裂を制御する因子も発見しました。さらに、本研究で確立した方法を用いて、マウスの生殖細胞でも染色体のテロメアを起点とした染色体運動が起きていることを明らかにしました。さらに、この生体観察技術を応用した結果、テロメアを起点とした染色体運動を直接制御するタンパク質TERB1を発見しました。分子レベルの詳しい解析から、TERB1は生殖細胞特有に染色体のテロメアに結合して、テロメアを核膜に繋げ、さらにそこにモータータンパク質(注6)を呼び込み、テロメアを起点とした染色体運動を作り出していることが明らかになりました(図1)。その他にも、TERB1遺伝子を欠損したマウスを作製して、その生殖細胞の振る舞いを観察した結果、この遺伝子欠損マウスでは、減数分裂に先立つテロメア主導の染色体の運動がほぼ完全に抑えられ、染色体の対合・組み換えが著しく阻害されていることが分かりました。すなわち、哺乳動物の生殖細胞においても、テロメアが先導する染色体の運動が染色体の対合の相手を見つけるために重要な役割をもっていることが明らかになりました。さらに、この遺伝子欠損マウスでは、減数分裂が異常停止することで、卵子および精子の産生がまったく見られず、不妊の症状を示しました。

 本研究で発見されたTERB1タンパク質はヒトにも見つかっており、ヒトの不妊、あるいはダウン症といった減数分裂の異変に起因する先天性疾患の原因の解明に大いに役立つ可能性があります。また、本研究で確立された生殖細胞内への遺伝子導入法を応用して、不妊症のマウスにTERB1遺伝子を導入することにより、その症状を緩和する実験にも成功しており、将来的にはヒト不妊症患者に対する遺伝子治療技術へと発展する可能性も期待されます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Nature Cell Biology」オンライン版:1月12日
論文タイトル:The TRF1-binding protein TERB1 promotes chromosome movement and telomere rigidity in meiosis
著者:Hiroki Shibuya, Kei-ichiro Ishiguro and Yoshinori Watanabe*
DOI番号:0.1038/ncb2896.

6.問い合わせ先: 
  渡邊 嘉典(わたなべ よしのり)
東京大学分子細胞生物学研究所 教授

7.用語解説: 
(注1)染色体:遺伝情報を担うDNAとタンパク質の構造体。ヒトの細胞では、父親と母親に由来する23組46本の染色体をもつことが知られている。

(注2)ダウン症:減数分裂の異変に起因して、21番染色体を一本余分に受け継ぐことにより生じる病気。

(注3)体細胞:生殖細胞以外の細胞。

(注4)電気穿孔法(でんきせんこうほう): 細胞や組織に遺伝子を外から導入することによって、その形質を転換する方法の一種。 細胞懸濁液に電気パルスをかけることで細胞膜に微小な穴を空け、DNAを細胞内部に送り込むことで、形質が転換される。

(注5)外来遺伝子:もともとその細胞や組織が持っていない遺伝子で、電気穿孔法などにより外から導入される遺伝子を指す。

(注6)モータータンパク質:化学エネルギーを運動に変換するタンパク質のこと。

8.添付資料: 資料はこちら

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