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変化する日本~パネル調査から見る希望と社会問題~研究成果

変化する日本~パネル調査から見る希望と社会問題~

平成26年2月21日

東京大学社会科学研究所

1.発表者: 石田浩(東京大学社会科学研究所 教授)
        有田伸(東京大学社会科学研究所 教授)
        藤原翔(東京大学社会科学研究所 准教授)
        朝井友紀子(東京大学社会科学研究所 助教)

2.発表のポイント: 
? 同一人に毎年繰返し尋ね続ける「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」を用いた分析結果をまとめた。
? 2012年暮れの政権交代以後、「日本社会に対する希望」は増加しているが、それはあくまで社会的な「ムード」を反映するようなものと位置付けられる。
? 2010年10月に引き上げられたたばこ税率の非喫煙化・減煙化・増煙化抑制に対する効果は一時的であった。
? 長時間労働者の多くが、自らの労働時間に対する希望に反して長時間働いている一方、長時間労働を抑制する政策の効果は確認されなかった。

3.発表概要: 
東京大学社会科学研究所の石田浩教授らの研究グループは、2007年から毎年実施している「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」の2013年調査結果をもとに、日本社会に対する希望の変遷、たばこ税率引き上げと喫煙、長時間労働の実態という3つのテーマについて分析した。知見は次の通りである。
① 2012年暮れの政権交代以後、「日本社会に対する希望」は増加している。しかし、個人の仕事や生活への希望は増加していないことから、「日本社会に対する希望」の増加はあくまで社会的な「ムード」の反映のようなものと位置付けられる。
② 2010年10月のたばこ税率の引き上げの非喫煙化・減煙化・増煙化抑制に対する効果は一時的であった。
③ 長時間労働者の多くが、自らの労働時間に対する希望にかかわらず長時間労働をしている。また、長時間労働を抑制する政策(2010年4月の労働基準法改正)の効果は確認されなかった。
2000年代後半から現在までの個人の行動や意識の変化を検証している研究は少ない。また、同一人に繰返し尋ね続ける「パネル調査」という手法を採用している点で本調査結果の信頼性は高い。急激な少子化・高齢化や経済変動が人びとの生活に与える影響について関心が高まる中で、実証研究に基づく本研究の知見は、議論を深める素材を提供しうるものである。

4.発表内容:
東京大学社会科学研究所では、2007年より「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(Japanese Life Course Panel Survey-JLPS)を毎年実施している。本調査は、急激な少子化・高齢化や経済変動が人びとの生活に影響を与える中で、日本に生活する若年・壮年層の働き方、結婚・出産といった家族形成、社会や政治に関する意識・態度などがどのように変化しているのかを探索することを目的としている。同一人に繰り返し尋ね続ける「パネル調査」という手法を用いている点が他調査とは異なり、同じ個人を追跡することにより、個人の行動や意識の変化を跡付けることができる。2013年調査(2013年1~3月実施:回答者3076名)は第7回目の調査である。
今般、2013年調査に基づき、日本社会に対する希望の変遷、たばこ税率引き上げと喫煙、長時間労働の実態という3つのテーマについて分析した結果を公表する。
 
① 日本社会に対する希望の増加
「日本の社会には希望がない」と答えた人の比率は、2012年まではおおむね50%を超える高い水準にあったのに対し、2013年には前年の53%から41%へと大きく減少している。「希望がある」と答える人の比率は依然17%と低い水準にあるものの、それでも以前に比べれば「日本社会への希望」が相対的に増加している。

② 個人の仕事や生活への希望は増加せず―社会的ムードとしての希望
日本社会への希望の増加は、必ずしも調査対象者自身の仕事や生活への希望の増加に裏打ちされたものではないようである。個人の仕事や生活に「希望がある」とする比率は2013年には2012年の39%から35%へと4ポイント低下している。同様に「希望がない」とする比率も前年に比べて約2ポイント増加している。2012年暮れの政権交代も個人のレベルにおいては、仕事や生活への希望を増加させてはいないことがわかった。このほか個人の生活全般に対する満足度をみても、それまで緩やかな増加トレンドにあった「生活全般に満足」の比率は、2013年には前年の68%から65%へとわずかながら減少していた。「日本社会に対する希望」の増加は、少なくとも政権交代直後の時期においては、対象者個人の仕事や生活に対する希望の増加や満足度の上昇にしっかりと裏打ちされたものというよりも、あくまで社会的な「ムード」の反映のようなものと位置付けられる。

③ 「男性」と「株式保有者」で日本社会への希望好転
2012年から2013年の間の日本社会に対する希望の変化をみてみると、社会に対する希望の上昇比率には男女間でかなりの違いがあることがわかる。男性では38%がこの一年間に希望を上昇させているのに対し、女性ではこの比率が30%と約8ポイント低い。男性のほうが、政権交代を契機とした社会のムードに敏感に反応し、日本社会に対する希望を上昇させやすかったといえるだろう。日本社会に対する希望の変化には、株式を所有しているか否かによっても統計的に意味のある違いが生じている。日本社会への希望を上昇させた比率は、2012年(変化前)の時点で株券・債券を所有していないグループでは33%であったのに対し、株券・債券を所有しているグループでは38%と約5ポイント高かった。この結果から、政権交代直後に生じた「日本社会への希望」の上昇傾向の一部は、アベノミクスによる景気上昇への期待を反映したものであると考えられる。

④ たばこ税率の引き上げの非喫煙化・減煙化・増煙化抑制に対する効果
2010年10月1日から大幅なたばこ税率の引き上げが行われ、それに伴い小売価格は大きく上昇した。このたばこ税率の引き上げの前後においてどのような禁煙行動の変化があったのか、そしてまた増税後の変化はどのような傾向を示すのかを、パネルデータの分析から明らかにした。
分析の結果、次のようなことがわかった。2010年のたばこ税率の引き上げに伴い、喫煙者の割合が減少した(男性:38%→33%、女性:14%→12%)。他の期間に比べると、たばこ税率の引き上げの前と後では、一日に吸うたばこの本数は大きく減少し(男性:18%、女 性:12%)、本数の増加も抑制されている(男性:6%、女性:7%)。よって、2010年のたばこ税率の引き上げは、非喫煙化・減煙化・増煙化抑制を進める上で一定の効果を持っているといえるだろう。しかし、その後は、全体としての喫煙率が反転し増加傾向にあるとまではいかないものの、非喫煙化傾向は弱まり、喫煙化・増煙化の傾向がみられる。以上の結果から、たばこ税率の引き上げの非喫煙化・減煙化・増煙化抑制に対する効果は一時的であり、さらなる禁煙化・減煙化の推進に対しては効果を持たない可能性がある。

⑤ 長時間労働者の実態
長時間労働者は、仕事が好きであり自発的に長時間労働をしている(いわゆる仕事中毒)という見方もある。これを確かめるべく、5年間継続して長時間労働をしている正社員・正職員について、労働時間の希望推移を見た結果、長時間労働者の約8割が労働時間を「短くしたい」と継続的に希望していることがわかった。これに対し、それ以外の労働者を見てみると、「そのままでよい」と回答する者が半数を超えている。継続長時間労働者のほとんどが、自らの労働時間に対する希望にかかわらず長時間労働をしているという実態が明らかとなった。
長時間労働を抑制し、労働者の健康を確保するとともにワーク・ライフ・バランスを実現することを目的とした改正労働基準法が2010年4月に施行された。この改正により、月60時間を越える時間外労働に対して、使用者は50%以上の率で計算した割増賃金を支払うことになった。改正の効果を検証した結果、適用企業で働く改正前長時間労働者について、施行前後で労働時間の変化は確認されなかった。

より詳しい情報は以下のサイトで公開しています
http://ssjda.iss.u-tokyo.ac.jp/panel/pr/

5.発表雑誌: 本プレスリリースの発表内容に関連した研究成果報告会を以下の通り開催しました。

日時:2014年2月6日(木) 13:30~17:20
場所:東京大学情報学環 福武ホール 福武ラーニングシアター
第一部:研究成果報告 13:30~15:20 コーディネーター
佐藤博樹(東京大学大学院情報学環・教授)
石田浩(東京大学社会科学研究所・教授)
「東京大学社会科学研究所パネル調査と格差の連鎖・蓄積」
村上あかね(桃山学院大学社会学部・准教授)
「出生意欲は低下するのか」
小川和孝(東京大学大学院教育学研究科・博士課程)
「企業内訓練と雇用区分による統計的差別」
鈴木富美子(社会科学研究所・学術支援専門職員)
「ジェンダーとライフコースからみた若者の幸せ感」

第二部:シンポジウム  15:35~17:20 「パネル調査を用いた教育・社会研究の現在と未来」
コーディネーター
佐藤香(東京大学社会科学研究所・准教授)
中村高康(東京大学大学院教育学研究科・教授)
「教育研究におけるパネル調査の課題-『若者の教育とキャリア形成に関する調査』を事例として-」
中西啓喜(お茶の水女子大学文教育学部・研究員)
「青少年期から成人期への移行についての追跡的研究(Japan Education Longitudinal Study:JELS):学齢児童を対象とした縦断的研究の成果と課題」
木村治生(ベネッセ教育総合研究所・主任研究員)
「親子パネル調査の課題と展望」
藤原翔(東京大学社会科学研究所・准教授)
「東京大学社会科学研究所パネル調査からみる教育と社会」

6.問い合わせ先: 朝井友紀子(東京大学社会科学研究所 助教)

7.添付資料: 図などを含むより詳しい情報は以下のサイトで公開いたします。
http://ssjda.iss.u-tokyo.ac.jp/panel/pr/

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