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生殖細胞の相同染色体がパートナーを探しだすまで ―マウス生殖細胞の特定の染色体を標識する技術によりメカニズムを明らかに―研究成果

生殖細胞の相同染色体がパートナーを探しだすまで
―マウス生殖細胞の特定の染色体を標識する技術によりメカニズムを明らかに―

平成26年3月6日

東京大学分子細胞生物学研究所

1. 発表者: 
石黒 啓一郎(東京大学分子細胞生物学研究所 助教) 
渡邊 嘉典(東京大学分子細胞生物学研究所 教授)

2.発表のポイント: 
  ◆マウスの生殖細胞内で父方・母方由来の同型の染色体がパートナーを探しだすメカニズムの一端を明らかにした。
  ◆特定の染色体領域を標識する手法により、染色体のパートナーを探しだすメカニズムにはコヒーシン(注1)と呼ばれるタンパク質が必須の役割を果たしていることを明らかにした。
  ◆本研究で明らかにしたタンパク質は、ヒトの不妊の原因因子の一つとなっている可能性を含めて生殖医療の発展に寄与することが期待される。

3.発表概要:
  両親の遺伝情報が子供へと伝わる背景には、両親のそれぞれの生殖細胞で染色体(注2)が正確に半分に分配され、精子や卵子が作られるメカニズム(減数分裂)があります。ヒトでは減数分裂の過程に異変が生じるとダウン症(注3)や不妊につながると考えられています。特に、減数分裂において染色体が正確に分配されるためには、これに先立って父方・母方由来の相同染色体(注4)どうしが対をなすこと(ペアリング)が重要です。しかし、ヒトを含む哺乳動物で相同染色体がペアリングする過程で働く制御因子やそのメカニズムはよく分かっていませんでした。

  東京大学分子細胞生物学研究所の渡邊嘉典教授と石黒啓一郎助教らは、特定の染色体領域を蛍光標識する手法を用いて、不妊を示すさまざまな遺伝子改変マウスと正常個体において相同染色体のペアリングを解析した結果、RAD21Lコヒーシンと呼ばれるタンパク質が破壊されたマウスの生殖細胞では、減数分裂の進行過程で相同染色体のペアリングがまったく起きないことを明らかにしました。RAD21Lコヒーシンタンパク質は、生殖細胞において減数分裂に特化した染色体構造を構築する主要因子でもあることから、相同染色体のペアリングはRAD21Lコヒーシンに依存して構築される構造を介している可能性が示唆されました。

RAD21Lコヒーシンタンパク質はヒトにも見つかっており、遺伝子改変マウスを用いた今回の成果は、将来的にはヒトの不妊症患者、あるいはダウン症といった減数分裂の欠陥に起因する先天性疾患の原因の解明に資する可能性があります。

4.発表内容:
  多くの生物同様にヒトにおいても、両親の染色体が半分ずつ受け継がれることにより、両親の遺伝情報が子供へと伝わります。染色体の数は、精子や卵子などを作る生殖細胞で半分に分配され、そのメカニズムは減数分裂と呼ばれています。減数分裂に欠陥が生じると染色体数の異常を伴うダウン症や不妊などにつながると考えられています。減数分裂で染色体が正確に分配されるためには、これに先立って父方・母方由来の相同染色体どうしがペアリングすることにより二価染色体(注5)を形成して、相同染色体の間でDNA組換えが正しく行われることが重要です(図)。ヒト生殖細胞は父方・母方由来の1番?22番までの染色体をそれぞれ2本ずつもっており、減数分裂の過程で同じ相同染色体どうしが正確に相手を認識して対をなす(ペアリング)ことが知られていますが、その分子メカニズムはよく分かっていません。とりわけヒトゲノム中には反復配列と呼ばれるDNAが多数存在するため、ペアリング過程が破綻すると本来は相同染色体間だけで起こるべきDNA組換えが反復配列どうしの間で無差別に起きてしまうリスクをはらんでいます。したがって、このようなリスクを回避するために相同染色体が互いを正しく識別する仕組みを分子レベルで解明することが急務とされていました。しかしながら、ヒトなどの哺乳動物では減数分裂の制御メカニズムそのものがよく分かっておらず、相同染色体ペアリングのメカニズムを明らかにしようとする研究はほとんど手つかずのままでした。

 今回、東京大学分子細胞生物学研究所の渡邊嘉典教授と石黒啓一郎助教らは、マウスの生殖細胞内の特定の染色体領域を蛍光標識するFISH法(注6)を用いて、不妊を示すさまざまな遺伝子改変マウス体と正常個体とを比較解析することにより生殖細胞における相同染色体のペアリングと不妊との因果関係の謎に迫りました。このFISH法により2本の相同染色体の空間的な位置情報が得られるため、減数分裂の進行に伴う相同染色体の相互作用をモニターすることができました。その結果、RAD21Lコヒーシンと呼ばれるタンパク質に欠損をもつマウスの生殖細胞では、相同染色体のペアリングがほぼ完全に阻害され、その後のDNA組換えおよび染色体の分離が起きず、卵子および精子の産生が見られないことが判明しました。それとは対照的に、今まで相同染色体のペアリングに重要と考えられていたDNA組換えおよび染色体運動に関与する遺伝子の欠損をもつ遺伝子改変マウスでは、相同染色体のペアリングがある程度起きていることも分かりました。RAD21Lコヒーシンタンパク質は、染色体ごとに特異的なパターンを形成して局在することから、そのパターンが一致した相同染色体の間で何らかの構造の認識が起きて、相互作用が増している可能性が示唆されます。

 近年ではRAD21Lとは別のタイプのコヒーシンタンパク質の変異が癌化や先天性の発生異常に関与しているという報告も多くなされており、コヒーシンタンパク質と染色体疾患との関係が大きく注目されるようになっています。本研究でクローズアップされたRAD21Lコヒーシンタンパク質はヒトでも見つかっており、将来的には、ヒトの不妊あるいはダウン症といった、減数分裂の異変に起因する先天性疾患の原因の解明に役立つことが期待されます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Genes & Development」3月3日(月)電子版出版、3月15日(土)雑誌出版予定。
論文タイトル:Meiosis-specific cohesin mediates homolog recognition in mouse spermatocytes
著者:Kei-ichiro Ishiguro, Jihye Kim, Hiroki Shibuya, Abrahan Hernández-Hernández, Aussie Suzuki, Tatsuo Fukagawa, Go Shioi, Hiroshi Kiyonari, Xin C. Li, John Schimenti, Christer Höög and Yoshinori Watanabe *

6.問い合わせ先: 
渡邊 嘉典(わたなべ よしのり)
東京大学分子細胞生物学研究所 教授
HP: http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/watanabe-lab/

7.用語解説: 
(注1)コヒーシン:複製した染色体の間の接着をになうタンパク質複合体。

(注2)染色体:遺伝情報を担うDNAとタンパク質の構造体。ヒトの細胞では、父親と母親に由来する23組46本の染色体をもつことが知られている。

(注3)ダウン症:減数分裂の異変に起因して、21番染色体を一本余分に受け継ぐことにより生じる病気。

(注4)相同染色体:父親と母親に由来する1対の同型の染色体。ヒトの細胞では、XY性染色体を除く22組の相同染色体が存在する。

(注5)二価染色体:父親と母親に由来する2本の相同染色体が物理的に対合した状態の一塊の染色体。

(注6)FISH法(Fluorescent in situ hybridization法):染色体上の特定の領域のDNA配列を蛍光によって検出する手法

8.添付資料:

20140306_01

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