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放射線誘導性消化管候群に対する新規治療法の発見研究成果

放射線誘導性消化管候群に対する新規治療法の発見

平成26年3月19日

東京大学医科学研究所

1.発表者: 
植松智(東京大学医科学研究所 国際粘膜ワクチン開発研究センター 自然免疫制御分野 特任教授)


2.発表のポイント:
◆ウイルスの侵入を感知し感染防御に働くタンパク質(TLR3)が、高い放射線量を浴びて消化管症候群を患ったマウスの症状の増悪に必須の役割を果たすことを発見した。
◆TLR3の働きを阻害すると消化管症候群を患ったマウスの症状は改善され、TLR3阻害薬は致死性の放射線障害の新規な治療法になることを示した。
◆本研究の成果は、原発事故などで放射線を浴びた際の消化管障害や、癌治療において腹部照射をした際の副作用として生じる消化管障害の治療への応用が期待される。

3.発表概要: 
高線量の電離放射線に曝露されると、臓器の放射線に対する感受性に従ってさまざまな症状が出現する。消化管は放射線に非常に感受性が高く、5 Gy(グレイ)以上では消化管の傷害が誘導され、下痢、吸収低下、細菌性腸炎によって亜急性(注1)に死亡する。この放射線誘導性の消化管症候群には、これまで有効な治療法が存在していなかった。
東京大学医科学研究所の植松智特任教授らの研究グループは、本来ウイルスの侵入を感知し感染防御に働くToll-like receptor 3(TLR3)と呼ばれるタンパク質が、マウスにおいて放射線誘導性の消化管症候群の病態に密接に関わることを見出し、TLR3の働きを阻害することでマウスの症状が顕著に改善されることを明らかにした。
この成果は、原発事故などで被曝した患者さんの消化管症候群の新規治療法になるとともに、癌治療のための腹部放射線照射の際の副作用として生じる消化管障害の治療法としても期待される。


4.発表内容: 
急性放射線症候群は、高線量の電離放射線に曝露後に起こる急性疾患である。急性放射線症候群では、各臓器の放射線に対する感受性に従ってさまざまな症状が出現する。1.5 Gy以上の全身被曝では、体内で最も感受性の高い造血幹細胞が傷害され、血小板や白血球の供給が途絶えるために出血傾向と免疫力低下が誘導される(造血症候群)。5 Gy以上では、消化管の腸管傷害が誘導され、下痢、吸収低下、細菌性腸炎によって亜急性に死亡する(消化管症候群)。この放射線誘導性の消化管症候群は、定説よれば陰窩(いんか、注2)の上皮幹細胞が細胞死を起こすことによって発生する。具体的には電離放射線によって、宿主のDNAが傷害されると、癌抑制遺伝子のp53が細胞周期を停止させ、DNA修復を行う。しかし、DNAの傷害が修復不可能である場合には、p53は細胞死を誘導する。このような分子メカニズムに基づくと、放射線誘導性の細胞死を阻害する薬剤が消化管症候群の治療に有効と考えられるが、p53遺伝子を阻害する薬剤を用いた治療応用は、傷害されたDNAが修復可能な場合にまで影響を及ぼすため現実的でなく、有効な治療法が存在していなかった。

東京大学医科学研究所の植松智特任教授らの研究グループは、ウイルスの2本鎖RNAを認識して自然免疫応答を誘導するTLR3と呼ばれるタンパク質を欠損する遺伝子改変マウス(TLR3欠損マウス)が急性放射線症候群に抵抗性を示すことを見出した。急性放射線症候群のうち、TLR3欠損マウスでは造血症候群には変化が認められなかったが、消化管症候群では致死率、下痢、体重減少といった症状が有意に軽度であった。放射線で誘導される陰窩の細胞死がTLR3欠損マウスでは抑制されており、そのため生き残った陰窩から上皮幹細胞が供給されて絨毛構造(注3)は破綻せずに生存できることが明らかになった。興味深いことに、p53による細胞死はTLR3欠損マウスでは正常に起こっていた。p53によって細胞死を起こした細胞からRNAが漏出しており、それがTLR3を介して広範な陰窩の細胞死を誘導していることが明らかになった。さらに、最近発売されたTLR3-RNA結合阻害剤((R)-2-(3-chloro-6-fluorobenzo [b] thiophene-2-carboxamido)-3-phenylpropanoic acid)を、放射線誘導性の消化管症候群を患ったマウスに投与したところ、陰窩の細胞死が抑制され、マウスの致死率も有意に改善した。本研究の成果により、TLR3の活性を阻害することは、放射線障害誘導性消化管症候群の新しい治療標的となることが明らかになった。

これらの成果は、原発事故などで被曝した患者さんの消化管症候群の新規治療法になるとともに、癌治療のための腹部放射線照射の際の副作用として生じる消化管障害の治療法としても期待される。

5.発表雑誌: 
雑誌名:Nature Communications (2014年3月18日オンライン)
論文タイトル:Blockade of TLR3 protects mice from lethal radiation-induced gastrointestinal syndrome
著者:武村直紀1, 川崎拓実2,3,4, 國澤純5,6, 佐藤慎太郎5,7, Aayam Lamichhane5, 小檜山康司8,9, 青枝大貴8,9, 伊東純一10, 水口賢司10, Thangaraj Karuppuchamy2,3, 松永浩太1, 宮武昌一郎11, 森展子12, 辻村亨13, 佐藤荘2,3, 熊谷雄太郎2,3, 河合太郎4, Daron M Standley14, 石井健8,9, 清野宏5,7, 審良静男2,3*, 植松智1*
1東京大学医科学研究所国際粘膜ワクチン開発研究センター・自然免疫制御分野
2大阪大学WPI免疫学フロンティア研究センター・自然免疫学
3大阪大学微生物病研究所・自然免疫分野
4奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科・分子免疫制御教室
5東京大学医科学研究所・炎症免疫制御分野
6独立行政法人医薬基盤研究所・ワクチンマテリアルプロジェクト
7科学技術振興機構CREST
8大阪大学WPI免疫学フロンティア研究センター・ワクチン学
10独立行政法人医薬基盤研究所・アジュバント開発プロジェクト
11公益財団法人東京都医学総合研究所
12大阪府立大学大学院理学研究科・生命環境学域
13兵庫医科大学・病理学
14大阪大学WPI免疫学フロンティア研究センター・免疫システム学
Corresponding author:植松智、審良静男
DOI番号:10.1038/ncomms4492.
アブストラクトURL:http://www.nature.com/ncomms/2014/140318/ncomms4492/abs/ncomms4492.html


6.問い合わせ先: 
植松 智
東京大学医科学研究所国際粘膜ワクチン開発研究センター
自然免疫制御分野
特任教授


7.用語解説: 
注1 亜急性:病気の開始から病気が治るまでの期間に関して急性と慢性の中間の長さを意味する。急性は1週間以内、慢性は半年以上を目安とするので、その間の期間のこと。
注2 陰窩(いんか):小腸の絨毛の粘膜の内側に陥没して存在する無数の管状のくぼみのこと。ここにパネート細胞などの粘液を分泌する細胞や上皮細胞をつくる幹細胞は存在している。
注3 絨毛構造(腸):腸管粘膜が腸の内腔に向かって指状に突出した多数の突起のこと。絨毛のこの突起構造は吸収面を広くする作用があると考えられている。

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