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頭皮に電子回路をとりつけ脳をアシスト研究成果

頭皮に電子回路をとりつけ脳をアシスト

平成26年7月22日

東京大学大学院情報理工学系研究科

 

1. 発表者: 眞溪 歩(またに あゆむ)(東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻 准教授)

 

2.発表のポイント:
  ◆人間の脳機能を外から操作できる電子回路を開発した。
  ◆開発した電子回路を頭皮上に取り付けて行った課題の反応時間が、電子回路を取り付けなかった場合に比べて有意に速かった。
  ◆脳機能を操作できる電子回路は、将来的に望ましい脳活動は伸ばし、望ましくない脳活動は抑えることに利用できると期待される。

 

3. 発表概要:
東京大学大学院情報理工学系研究科の眞溪歩准教授らは、電気信号のやりとりによって人間の脳と協調動作する電子回路を開発しました。
神経細胞はその興奮と抑制によって脳機能を担っています。興奮するかしないかは膜電位(神経細胞内外の電圧)が決定しますが、膜電位はシナプスを電源とする電流が決定します。この電流は細胞内から細胞外に流れ出し電源に戻って来るので、ちょうど電池に電気抵抗がついている電気回路となります。そこで細胞外の抵抗値を減少させ電流を増加させれば(オームの法則)、神経細胞をより興奮させることができると予想されます。さて、開発した電子回路を頭皮上に接続すれば、劇的に細胞外の抵抗値を減少させることができます。画面上に提示される図形に対し、選択的にマウスの右左クリックをできるだけ速く行う課題を多数回してもらったところ、この電子回路の頭皮への接続によって、14人中13人に反応時間の短縮効果が現れました(平均:416ミリ秒→402ミリ秒)。数値的には小さな効果ですが、脳機能を外から操作できる電子回路を開発したことに意味があります。理論的には細胞外抵抗値を増加させ脳活動を抑制することもできるため、将来的には好きなタイミングで望ましい脳活動を強めるばかりでなく、望ましくない脳活動を弱めたりすることができるようになることが期待されます。
東京大学大学院情報理工学系研究科の眞溪歩准教授らは、電気信号のやりとりによって人間の脳機能を外から操作できる電子回路を開発しました。
電気的な手段によって脳の機能に影響を与える既存の手法には、頭部に取り付けた電極から直流電流を頭部に流す、経頭蓋直流電流刺激(tDCS、注1)があります。
tDCSは、電流を注入した神経回路全体が、その時点での活動の有無とは関係なく影響を受けると考えられています。神経回路全体ではなく、刺激を加える時点で活動している神経細胞のみに影響を与えることのできる手法があれば、より精度高く現在進行中の脳の機能を制御できるになると考えられます。しかし、そのような装置はこれまでありませんでした。
今回、眞溪歩准教授らは開発した電子回路を用いて、被験者14名がシューティングゲームのようなマウスのクリック課題を実施している間に脳内の神経回路に流れる電流の大きさを操作しました。その結果、大きくした場合は、操作していない場合と比べ、13名において反応時間の短縮が見られました(平均:416ミリ秒→402ミリ秒)。この電子回路を用いて脳の機能を操作できる本手法を「経頭蓋細胞外インピーダンス制御(tEIC、注2)」と名付けました。
tEICでは、開発した電子回路によって細胞外の電気抵抗を増減させて、神経細胞の電位変化を制御しています。そのため、理論的には細胞外の抵抗値を増加させ脳活動を抑制することもでき、将来的には好きなタイミングで望ましい脳活動を強めるばかりでなく、望ましくない脳活動を弱めたりすることができるようになる可能性があります。

 

4.発表内容:
神経細胞にはシナプスという神経細胞間の信号が受け渡される接合部位があり、信号の受け渡しの有無によってシナプス付近の細胞膜は現れたり消えたりする電池のように振る舞います。このシナプス電池から、神経細胞内に流れ出した電流は、また別の場所の細胞膜を通り抜けて神経細胞外に出て頭部を回って電池に戻ってきます。これを電気回路として見ると、シナプス電池に、神経細胞内の電気抵抗、細胞膜の電気抵抗、神経細胞外の電気抵抗(頭皮付近とそれ以外)が直列につながっている構造になります(図1)。この電気回路にたくさん電流が流れれば、オームの法則によって神経細胞の核付近の細胞膜内外に生じる電圧も大きくなります。この電圧がある値以上になると、その神経細胞は発火と呼ばれる状態になり次の神経細胞へと信号を伝達します。


神経細胞の膜電気抵抗や神経細胞内の電気抵抗は、開頭しないかぎり電気的に接触できません。一方、頭皮付近の神経細胞外の電気抵抗には簡単に電気的に接触できます。実際、シナプス電池から生じた電流に頭皮付近の細胞外電気抵抗をかけ算した電圧を脳波では測定しています。脳波測定では、脳波を測定することが脳内の電流に影響を与えないように、脳波計自体の電気抵抗値を非常に高く数メガオーム(メガは100万)以上に設定して脳内の電流が脳波計に流れこまないようにします(*1)。脳波測定では禁じ手ですが、頭皮上により低い値の電気抵抗を並列接続したらどうなるでしょう(*2)。シナプス電池に接続されていた電気抵抗は直列接続であり、そのひとつである頭皮付近の神経細胞外の電気抵抗を電気抵抗の並列接続によって下げれば、全体の電気抵抗も下がり、神経回路に流れる電流値は増加します(*3)。すなわち、神経細胞の発火を促します。


しかし、通常の電気抵抗を頭皮上にとりつけても、脳内の電流に与える影響はそれほど大きくありません。極端な例えとして、頭皮上の2点間に0オームの電気抵抗をつないでも、計算上、神経細胞に与える影響は極めて緩やかです。ここで、「通常の電気抵抗」とは「正の値を持つ電気抵抗」という意味です。負の値を持つ電気抵抗(注3)を用いれば、もっと大きな影響を与えられます。


そこで、東京大学大学院情報理工学系研究科の眞溪歩准教授らは、負の電気抵抗を電子回路で作製し、実際に人間の頭部に取り付けて行動実験を行いました(図2)。本手法を経頭蓋細胞外インピーダンス制御(tEIC)と名付けました。行動実験では、被験者14名がシューティングゲームのようなマウスのクリック課題を実施している間、常に頭皮上にtEIC回路を物理的に取り付けて、脳内の神経回路に流れる電流の大きさを操作しました。課題は、2つの図形のうち片方が現れたらできるだけ速く左クリック、もう片方が現れたらできるだけ速く右クリックするというものでした。これらの図形は画面上に0.8秒から1.2秒のランダムな時間間隔でランダムな位置に現れるため、かなり忙しいシューティングゲームのようなものです。tEIC回路にはスイッチが付いており、負の抵抗を電気的に接続したり切り離したりすることができるため、被験者はその操作の有無について知ることなく計512回のマウスクリックを行いました。この結果、電子回路の操作により神経回路に流れる電流を大きくした場合と大きくしていない場合では、14名中13名にtEICによるマウスクリックへの反応時間の短縮効果が確認されました(平均:416ミリ秒→402ミリ秒、*4)。


電気的な手段によって脳機能に影響を与える既存手法に、経頭蓋直流電流刺激(tDCS)があります。tDCSは脳機能研究のみならず、臨床やリハビリにも利用されています。tDCSでは、頭皮上に直流電源をとりつけ、1ミリアンペア(ミリは千分の1)程度の電流を頭部に流し込みます。通常頭部内を流れている電流は100ナノアンペア以下(ナノは10億分の1)とされているので、tDCSは超巨大な電流を頭部に強制的に注入していることになります。このため、tDCSはシナプスの可塑性(注4)に影響を与えているとされています。電気回路に例えるなら、シナプス電池そのものの特性を変えています。さらに、tDCSの影響は、この強制電流を流した経路上に存在するすべての神経細胞に及びます。また、tDCSは10分ほどの通電で、その前後での脳機能の変化を見ることが一般的です。一方、tEICは、頭皮上に電源ではなく抵抗をとりつけただけであり、電流刺激法ではありません。頭部に流れる電流の起源は、頭部内に存在するシナプス電池であり、その大きさも依然100ナノアンペア以下です。tEICの影響はその時点で活動している神経細胞にしか及ばず、スイッチを切ればまた元通りです。すなわち、tEICはリアルタイムに人間の脳と協調動作する電子回路です。行動実験で明らかになった反応時間の短縮はtEIC効果の例証に過ぎず、他にもtDCSと同様の応用分野があると予想されます。


理論的にはtEICによって神経細胞外の抵抗値を増加させ脳活動を抑制することもできるため、将来的には好きなタイミングで望ましい脳活動を強めるばかりでなく、望ましくない脳活動を弱めたりすることができるようになると期待されます。今後、tEICの性能向上のため、複数のtEICを同時に接続する手法の開発などに取り組んでいきます。

 

5.発表雑誌:
雑誌名 :「PLOS ONE」(オンライン版:7月21日)
論文タイトル:Transcranial Extracellular Impedance Control (tEIC) Modulates Behavioral
Performances
著者 :Ayumu Matani*, Masaaki Nakayama, Mayumi Watanabe,
Yoshikazu Furuyama, Atsushi Hotta, and Shotaro Hoshino
DOI番号 :10.1371/journal.pone.0102834
アブストラクトURL:http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0102834

 

6. 問い合わせ先:
東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻 
准教授 眞溪 歩 (またに あゆむ)

 

7. 用語解説:
(注1)経頭蓋直流電流刺激 (tDCS:transcranial Direct Current Stimulation)
脳機能操作を目的とする電子回路開発のための既存の実験手法で、頭部に取り付けたふたつのスポンジ電極か ら1ミリアンペア程度の直流電流を頭部に流す手法。10分程度の適用の前後で行動実験のパフォーマンスが促進されたり抑制されたりする。

(注2)経頭蓋細胞外インピーダンス制御(tEIC:transcranial Extracellular Impedance Control)
今回、脳機能操作を目的とする電子回路開発のための新たな実験手法。頭皮上に電気抵抗をとりつけ、神経細胞から生じる電流に副伝導路を設ける。電気抵抗を負の値にすると、神経細胞外の頭部の電気抵抗値を劇的に上げたり下げたりすることができる。このことによって、たった今行われている脳活動に影響を与える。

(注3)負の値を持つ電気抵抗
通常の電気抵抗は10オーム、100オームのように正の値をとるが、負性抵抗では-10オーム、-100オームのように負の値を持つ。すなわち、正の抵抗の両端に電圧をかけると電流は電圧の高い側から低い側に向かって流れるが、負性抵抗では全く逆に電流は電圧の低い側から高い側に向かって流れる。なお、残念ながら、生まれながらに負の抵抗を持つ物質は存在しない。ある種の状態でそのような挙動を示す物体なら存在するが、tEICに安定して用いることは非常に困難である。

(注4)シナプスの可塑性
よく信号が伝達されるシナプスは次第にその結合が強くなり、そうでないシナプスはその結合が弱くなっていく現象を指す。

 

8. 参考資料 : 

Adobe Systems

図1 tEICの動作原理

 

図2 tEIC使用の模式図

 

9. 発表内容における脚注について(補足解説):

(*1)通常、頭皮上の2点間の電気抵抗は数キロオーム(キロは千)ですが、脳波計のそれは数メガオーム(メガは100万)以上で、脳内の電流はほとんど脳波計には流れ込みません。

(*2)電気抵抗を直列接続すると、その合成抵抗は必ずもとのどの電気抵抗値よりも大きくなります。並列接続の場合は全く逆に必ず小さくなります。頭皮上の2点に電気抵抗を接続することは並列接続に相当するので、頭皮付近の細胞外電気抵抗を下げることができます。

(*3)実際の神経細胞は極めて多数で、それらが頭部に形成する電気回路も直列・並列といわずもっと複雑になりますが、鳳・テブナンの定理と重ね合わせの原理を用いれば、「頭皮上の2点間に電気抵抗をとりつければ、どのシナプス電池においてもそれが流し出そうとする電流は増加する」ということが言えます。

(*4)14人全体で統計的に検定したところ、この反応時間短縮は有意でした。

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