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大人の脳の神経幹細胞が作りだされる仕組みをマウスにおいて初めて解明研究成果

大人の脳の神経幹細胞が作りだされる仕組みをマウスにおいて初めて解明

平成27年3月31日

東京大学大学院薬学系研究科

 

  1.  
  2. 1.発表者:
    後藤由季子(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻分子生物学教室 教授)
    古舘昌平 (東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻分子生物学教室 助教)

    2.発表のポイント:
      ◆記憶や学習、脳の損傷の修復などに貢献する新しい神経細胞は、大人の脳では成体神経幹細胞によって作り続けられています。
      ◆マウスにおいて、発生の過程で成体神経幹細胞のもととなる細胞(胎生期における起源細胞)を世界で初めて明らかにしました。
    ◆本成果は、神経変性疾患や精神疾患などの治療法の開発につながることが期待されます。

    3.発表概要:
    私たち哺乳類の脳では、生涯にわたって神経細胞が作り続けられています。新しい神経細胞は既存の神経回路を再編成することで学習や本能行動、脳の損傷の修復などに貢献します。また、神経細胞を新しく作る過程で異常が生じると、うつ病等精神疾患の原因となる可能性があると考えられています。このように脳にとって重要な神経細胞を作り続けるしくみは、神経細胞のもととなる「成体神経幹細胞」によって担われています。しかし、成体神経幹細胞が発生の過程でどの細胞からどのような仕組みで作りだされるのかはこれまで解明されていませんでした。
    今回、東京大学大学院薬学系研究科の後藤由季子教授、古館昌平助教らは、成体神経幹細胞を作りだす特別な幹細胞(起源細胞)が胎生期の大脳に存在することを、マウスにおいて発見しました。さらに、起源細胞が成体神経幹細胞を作りだす過程で、細胞周期の進行を遅らせるp57タンパク質が重要な働きを担うことも明らかにしました(図1)。
    本研究で得られた知見を応用することで、神経幹細胞を用いた神経変性疾患や精神疾患、脳の損傷などの治療法の開発がさらに加速することが期待されます。

    4.発表内容:
    私たち哺乳類の脳の細胞は、大人になってからは二度と再生しないと長年考えられてきました。しかし近年、脳の海馬と脳室下帯の少なくとも二つの領域には成体神経幹細胞が存在し、生涯にわたって神経細胞を新生し続けていることが明らかになりました。成体神経幹細胞による神経新生は、既存の神経回路を再編成することで学習や記憶、脳の損傷の修復に貢献します。また、神経新生の異常はうつ病等の精神疾患の原因となる可能性があると考えられています。このように、成体神経幹細胞は成体の神経新生を担う重要な細胞です。しかし、成体神経幹細胞が発生の過程でどの細胞からどのような仕組みで作りだされるのかはこれまで解明されてきませんでした。今回、東京大学大学院薬学系研究科の後藤由季子教授、古館昌平助教らは、成体神経幹細胞が発生の過程で作りだされる仕組みを世界で初めて解明しました。

  3. 成体神経幹細胞は、細胞分裂を行う能力を維持しながらもごく稀にしか分裂しません。これは脳以外でもさまざまな組織の成体幹細胞に共通してみられる特徴です。なぜ成体神経幹細胞は稀にしか分裂しないのかに関しては未解明な点が多く残されていますが、神経幹細胞には分裂回数に限界があり、稀にしか分裂しないことで幹細胞を長期にわたって維持していると考えられています。一方で胎生期では、限られた時間の中で複雑かつ巨大な脳を構築する必要があるため、神経幹細胞は素早く分裂を重ねます。これまで、胎生期において素早く分裂を繰り返した神経幹細胞の一部が、生後にランダムに選ばれて、稀にしか分裂しない成体神経幹細胞になると信じられていました。しかし、成体神経幹細胞は分裂の回数を重ねることよって枯渇してしまう可能性があるので、成体神経幹細胞が本当に胎生期の素早く分裂を繰り返す細胞に由来するのかは疑問が残ります。そこで研究グループは、脳の神経幹細胞が過去に何回分裂したかを詳細に検討できるシステムを構築し、この通説を検証しました。

  4. その結果、実は胎生期の神経幹細胞の一部に分裂頻度を低く保った特別な神経幹細胞(起源細胞)群が存在し、その細胞群が成体神経幹細胞になることを見出しました。この発見は、成体神経幹細胞が発生の過程でいかにして作りだされるかという大きな疑問に対して全く新しい回答を提供する重要な発見です。さらに、胎生期の脳の中で素早く分裂を重ねる神経幹細胞と分裂頻度の低い起源細胞が共存し、それぞれ「短期間での脳の発生」と「長期間の幹細胞維持」という二つの役割を別々に担当しているという、非常に合理的なシステムが採用されていること示しています。

  5. さらに研究グループは、成体神経幹細胞の起源細胞を作りだす分子メカニズムを解明しました。起源細胞とそれ以外の通常の胎生期の幹細胞をFACSと呼ばれる細胞の単離方法によって単離し、遺伝子発現パターンを比較しました。その結果、起源細胞ではp57タンパク質の発現が高いことを突き止めました。p57タンパク質はCDKインヒビター(注1)というタンパク質ファミリーに属し、細胞周期の進行を遅らせる分子です。研究グループはp57タンパク質が起源細胞と成体神経幹細胞において果たす機能を調べるために、脳でp57タンパク質が作られない遺伝子改変マウスを作製し、その脳組織を詳細に観察しました。その結果、この遺伝子改変マウスでは正常マウスと比較して脳の起源細胞と成体神経幹細胞の数が著しく減少していることが分かりました。このことは、p57タンパク質が起源細胞において単に細胞周期の進行を遅らせているだけではなく、起源細胞の形成や維持において必須の役割を果たしていることを示しています。さらに驚くべきことに、胎生期のマウスの神経幹細胞にp57タンパク質を過剰に発現するだけで、成体神経幹細胞の特徴を備えた細胞群を強制的に作りだせることも分かりました。つまり、胎生期の幹細胞から成体神経幹細胞への転換の引き金となりうる「鍵となる分子」を同定したことになります。このように、研究グループは、成体神経幹細胞の起源細胞を作りだす上で決定的な役割を果たす分子メカニズムを新たに発見しました。

  6. 以上のように、今回成体神経幹細胞が作りだされる仕組みが明らかになりました。今後、成体神経幹細胞の数や機能の異常に関係していると示唆されている精神疾患の発症メカニズムの解明に貢献できる可能性があります。また、神経変性疾患や精神疾患の治療の一環として、人工的に作製した成体神経幹細胞を移植することで神経回路の再生を行うことも可能になるかもしれません。

    5.発表雑誌:
    雑誌名:「Nature Neuroscience」(オンライン版:3月30日(イギリス時間))
    論文タイトル:Slowly dividing neural progenitors are an embryonic origin of adult neural stem cells
    著者:古舘昌平 宮広明 渡辺知幸 河合宏紀 山崎権彦 原田雄仁 今吉格
    Mark Nelson 中山敬一 平林祐介 後藤由季子* (*責任著者)
    DOI番号:10.1038/nn.3989

    6.問い合わせ先:
    東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 分子生物学教室 教授
    後藤由季子 (ごとう ゆきこ)

    7.用語解説:
    注1 CDK インヒビター(Cyclin-dependent kinase inhibitor)
    細胞周期の進行を遅らせるタンパク質で、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子とも呼ばれる。
  7. 8.添付資料:
  8. 図1: 成体神経幹細胞が発生の過程でどのように作られるかはこれまで不明でしたが、今回、成体神経幹細胞を作りだす元となる細胞(胎生期における起源細胞)を世界で初めて明らかにしました。また、p57タンパク質が成体神経幹細胞を作る上で重要な働きをすることが明らかになりました。
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