奈良時代写経を含む大般若経600巻の全画像をWEB公開 ―小川八幡神社(和歌山県紀美野町)所蔵大般若経の公開― 記者発表

発表者
【東京大学史料編纂所】
山口 英男 東京大学名誉教授
稲田 奈津子 准教授
【和歌山県立博物館】
竹中 康彦 学芸員
発表の概要
東京大学史料編纂所と和歌山県立博物館による共同研究により、和歌山県紀美野町小川八幡神社所蔵の大般若経(注1)全600巻および付属品(経帙・経箱・外箱)の調査および撮影を実施し、撮影画像約12800点と目録データを、東京大学史料編纂所のHI-cat Plusデータベースを通してWEB公開しました。2024年11月に、所蔵者である小川八幡神社、小川八幡神社大般若経管理委員会、寄託先である和歌山県立博物館、そして史料編纂所の四者が覚書を締結し、このたびの公開にいたりました。
本経巻群には多くの奈良時代写経が含まれており、特に天平13年(741)に那賀郡御毛寺(みけでら)知識(注2)が書写したとの奥書をもつ経巻は、『日本霊異記』(注3)下巻第17話に登場する那賀郡弥気里の「弥気(みけ)の山室堂」の実在を示すものとして、早くから学界の注目を集めていました。また今回の調査により、南北朝時代から室町時代(14~15世紀)にかけての600巻セットの形成過程、および室町・江戸・昭和の3次にわたる改修・整備の過程も判明し、600年もの間、「ムラの宝」として守り受け継がれてきた様子が浮かび上がってきました。
発表内容
【経緯】
和歌山県紀美野町の小川八幡神社が所蔵する大般若経600巻(以下、小川八幡神社経)は、長らく地域で大切に保管・活用され、現在も毎年7月26日に大般若経祭典(転読会、注4)が行われています。小川八幡神社経は、かつては境内の神宮寺に伝来していましたが、明治の神仏分離令の影響で神宮寺が廃絶し、以後は地域で管理されました。その後、神社での保管を経て、2019年からは文化財保存のために和歌山県立博物館に寄託されています。
1978年の新聞報道を契機として学術調査がおこなわれ、その価値は学界でも注目されてきました。東京大学史料編纂所と和歌山県立博物館との共同研究では、2011年に一部経巻を調査し、さらに2018年の調査を端緒として2019年に和歌山県立博物館への寄託が実現したことをうけ、以後、継続的に調査を実施するとともに、全点の写真撮影にとりくんでまいりました。

図:小川八幡神社大般若経 巻第419(末尾) 『日本霊異記』にも登場する御毛寺知識により書写されたことが奥書に記されている。
【調査成果】
小川八幡神社経は、600巻全体をまとめて書写したものではなく、過去に書写されたものを各地から収集し、不足分は補写して揃えた、いわゆる「取り合わせ経」です。取り合わせの時期は、奥書(注5)の検討から、南北朝時代から室町時代(14~15世紀)にかけての約60年間と推測されます。高野山周辺の僧侶の助けも得ながら、地元住民の熱意で集積と整備が進められた様子が明らかとなりました。
600巻のうちには、奈良時代書写の105巻、平安時代書写の375巻のほか、鎌倉~南北朝・室町時代の書写経など、様々な時代の経巻が含まれています。奈良時代写経は、奈良の大寺院などに残存する経巻の多くが官立写経所で書写されたものであるのに対し、小川八幡神社経は民間で写経されたもので、当時の地方・民間での写経の隆盛を示す、非常に貴重な存在といえます。
調査成果は、2022年3月に中間報告書をまとめましたが(注6)、2022~23年度の成果をふまえ、2025年3月にふたたび報告書を刊行予定です。いずれも東京大学リポジトリより公開予定です。今回の報告書では、経典の書写年代の特定にあたり実施した、紙質の調査成果もあわせて掲載します。貴重な奈良・平安時代写経のデータとして、今後の調査への活用が期待されます。
【画像公開】
画像は史料編纂所の「Hi-CAT Plus」データベース(https://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/w81/search)から閲覧可能です。
画像の掲載・利用などを希望される場合は、寄託先である和歌山県立博物館の利用規程のページ(https://hakubutu.wakayama.jp/guide-menu/shashinriyou/)をご参照ください。
【研究助成】
本研究は、東京大学史料編纂所特定共同研究(古代)「奈良平安時代の大規模写経群形成に関する史料学研究―小川八幡神社大般若経を核として―」(2022~23年度、代表・稲田奈津子)、同「小川八幡神社大般若経の文化資源化研究」(2019~21年度、代表・山口英男)、東京大学史料編纂所一般共同研究「和歌山県海草郡紀美野町小川八幡神社所蔵大般若経の研究」(2018年度、代表・竹中康彦)、同「『信濃史料』古代編(2・3巻)に係る未収史料の収集に関する基礎的研究」(2011~12年度、代表・福島正樹)、およびJSPS「人文学・社会科学データインフラストラクチャー強化事業」(課題番号:JPJS00320231001)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)大般若経…大般若波羅蜜多経。600巻からなる大部な経典。鎮護国家の経典として奈良時代から尊ばれた。災いを除き、福を招く功徳があるとして、時代を経るとともに、貴族から民衆に至る厚い信仰を集めた。
(注2)知識…財物や労力を提供して写経や造寺などを行い、その功徳にあずかろうとする仏教信仰集団のこと。
(注3)『日本霊異記』…平安時代初期に成立した仏教説話集。奈良時代の民間社会の様子を描いた説話を多く含んでいる。
(注4)転読会…本来は大般若経600巻をすべて読み上げる法会であるが、たいへんな時間がかかるため、折本(蛇腹状)に仕立てられた大般若経を一帖ずつ手にとり、独特の所作で扇のように巻首から巻末までを開くことで、読み上げに代える。これを年中行事として行うことは、寺院から村々にまで広がっていき、現在でも各地で行われている。
(注5)奥書…写経の巻末(左末尾)に記された、書写や伝来の年月日や経緯を記したもの。
(注6)中間報告書…山口英男編『小川八幡神社大般若経 調査概報 2019-2021』(東京大学史料編纂所研究成果報告書2021-13、東京大学史料編纂所)。
お問い合わせ先
■東京大学 史料編纂所 古代史料部門
准教授 稲田 奈津子(いなだ なつこ)
Tel:03-5841-5970
E-mail:inada*hi.u-tokyo.ac.jp(*を@に変更して下さい)
■和歌山県立博物館 学芸課
学芸員 竹中康彦(たけなか やすひこ)
Tel:073-436-8684
E-mail:admin*hakubutu.wakayama-c.ed.jp(*を@に変更して下さい)
〈報道に関する問合せ〉
東京大学 史料編纂所 IR・広報室
Tel:03-5841-1615
E-mail ir*hi.u-tokyo.ac.jp(*を@に変更して下さい)