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地上大型電波望遠鏡により、土星の衛星タイタンの大気成分の詳細な観測に成功 ~太陽系外からの放射線が大気成分に与える影響を明らかに~ 研究成果

掲載日:2020年2月14日

発表者
・飯野 孝浩(東京大学情報基盤センター 特任准教授)

1. 発表のポイント
• 地上大型望遠鏡「アルマ(注1)」を用いて、地球以上に複雑でぶ厚い大気を持つ土星の衛星「タイタン(注2)」の大気を観測し、微量な分子ガスが放つ電波の検出と解析に成功。
• 太陽系の外から降り注ぐ「銀河宇宙線(放射線の一種)」が、タイタンの大気の成分に影響を与えていることを世界で初めて観測的に明らかにした。
• 最先端の地上望遠鏡と解析技術を組み合わせることで、天体を直接訪れる探査機にも比肩する科学成果を挙げられることを示した。
タイタンの画像
カッシーニ探査機が2017年に可視光で撮影したタイタン。厚い雲状のもやは大気中の分子ガス群が結合して形成されており、大気中の複雑な化学プロセスの存在を示している。
NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute

2. 背景
土星の衛星「タイタン」は、地球同様に窒素を主成分とし、地表で1.5気圧という分厚い大気を持つ天体です。大気中には地球大気には見られないような複雑な分子ガスが存在し、これらは多様な化学過程を経て生命の構成要素であるアミノ酸を生成する可能性すら指摘されています。そのため、タイタン大気における化学過程の解明は、現代の惑星科学の重要なトピックとなっています。実際にアメリカ航空宇宙局(NASA)が送り込んだ探査機「ボイジャー」や「カッシーニ」はタイタンの詳細な観測を行っており、大気内にシアン化水素やプロパンといった多様な分子ガスが存在すること、その量が季節によって1000倍程度もダイナミックに変化することなどを示してきました。
しかしカッシーニ探査機は2017年にミッションを終了して廃棄されてしまっており、さらなる研究の進展のためには、地上大型望遠鏡を用いた観測・解析技術の構築が必要でした。

3. 手法と成果
研究グループは、南米チリに設置された大型電波望遠鏡「アルマ望遠鏡」を用い、タイタンの成層圏に10 ppb(大気全体の1億分の1ほど)とごくわずかに存在する複雑な分子「アセトニトリル(示性式CH3CN)(注3)」と、さらにその1/100ほどしか存在しない「窒素同位体(注4)(CH3C15N)」が放つ、微弱な電波の同時検出に成功しました。そして、検出した電波の特徴の詳細な解析(注5)からアセトニトリルの窒素同位体の存在量を明らかにし、さらに近年の大気化学シミュレーション研究との比較により、タイタン大気におけるアセトニトリルの生成には太陽系外から飛来する放射線(銀河宇宙線、注6)が重要な役割を果たしていることを世界で初めて確認しました。

4. 本研究の技術的・科学的な意義
【技術的意義】
これまで、太陽系内天体の科学研究では探査機による観測が大きな成果を挙げてきました。探査機は観測天体の近傍から詳細な観測ができる一方で、研究テーマの立案から観測までは多くの時間や人的コストを必要とします。本研究では、最先端技術を投入して建設された地上大型望遠鏡を用いることで、探査機同様に遠く離れた天体の大気成分の詳細な観測が地上からでも可能になることを示しました。また、今回の観測分子の選定は2018年に出版されたシミュレーション論文に基づくものであり、地上望遠鏡による機動的な研究テーマ設定を実現したものです。
今回の観測データはアルマが較正用に取得したデータであり、同様の目的で取得されたタイタンの観測データは無数に存在します。研究チームは、家庭用の標準的なパソコンが持つハードディスクの100~1000倍に達する500TB(テラバイト)もの巨大なハードディスクを本研究のために整備し、莫大なデータ量の較正観測データ(ビッグデータ)から科学解析的に利用可能な有意義なものを抽出しました。さらに電波の特徴(スペクトル形状)の情報科学的な解析から、大気分子の存在量や分布高度を割り出すという、アルマ惑星大気データの一連の解析プロセスも確立されました。

本研究で窒素同位体比を測定したアセトニトリル分子の生成プロセスの図
本研究で窒素同位体比を測定したアセトニトリル分子の生成プロセス。今回観測された成層圏下部ではアセトニトリルの高い窒素同位体比が観測され、これは銀河宇宙線により窒素原子が解離(破壊)してアセトニトリル分子を生成するという先行研究のモデルが示唆した値と一致した。
背景画像クレジット:NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute

【科学的意義】
大気における分子ガスの生成においては、太陽紫外線によって駆動される光化学がよく知られています。しかしタイタンは地球に比べると太陽から離れた天体であり、紫外線の強度は数%にまで低下します。さらに、銀河宇宙線は太陽系の外側ほど強力であり、紫外線よりも低高度まで侵入できる銀河宇宙線が成層圏の上部で窒素分子を破壊して窒素原子を生成し、アセトニトリルの生成につながるということを観測的に初めて示しました。これは同時に、窒素同位体比の精密な計測が、遠く離れた天体の大気成分がどのように生成されたのかを解明する有力な手段であることを示した成果としても重要です。


5. 将来の展望
アセトニトリルのように成層圏下部で生成される分子は他にも存在する可能性があり、今後の大気化学シミュレーション研究や、それをもとにしたアルマ望遠鏡など多くの望遠鏡群を用いたさらなる観測研究につながることが期待されます。さらに、今回のように同位体比を用いた大気化学プロセスへのアプローチは、生成プロセスの不明な窒素化合物を持つ他の惑星(特に木星・海王星)の大気化学の理解につながる一歩になると考えられます。

6. 用語の解説

注1:アルマ望遠鏡:チリのアタカマ高地に建設された電波望遠鏡であり、66台のアンテナを結合させて一つの望遠鏡のように駆動させることで、波長の短い電波においてこれまでにない高い感度と高い分解能(=視力)を実現する。

注2:タイタン:2570kmの半径を持つ土星系最大の衛星である、大気の主成分は窒素であり、地表の気圧は1.5気圧に及ぶ。2番めに多い大気成分はメタンであり、窒素とメタンを起点としてさまざまな分子が大気中に存在し、大気中の化学過程は太陽系の天体で最も複雑とも言われる。地表まで紫外線が届かないため、光化学反応により成層圏でさまざまな分子が生成されること、南極・北極を囲むように渦が生じることで、両極の上空の大気成分が他地域と異なるなど、地球と類似した大気環境を持つ。

注3:アセトニトリル:示性式(分子の構造を示す化学式)はCH3CN。地球上ではもっぱら液体として存在し、溶媒として用いられるが、タイタンの成層圏においては気体として存在する。

注4:窒素同位体:安定して存在できる窒素原子には重さの異なる2種類(14N, 15N)が存在する。今回の観測では、14Nと15Nそれぞれを含むアセトニトリル(CH3C14N、CH3C15N)を観測し、その量の比を測定した。地球上では14Nは15Nの約273倍存在しており、これを窒素同位体比=273と言う。今回の研究では、14Nと15Nそれぞれを含むアセトニトリルを同時に観測し、タイタン大気中でのそれぞれの量を求めることで、アセトニトリル中での窒素同位体比を計測した。得られた値は125(誤差は+125, -44)であり、タイタン大気に含まれる他の窒素化合物であるシアン化水素やシアノポリイン分子よりも高い値(それぞれ94または72、67)であった。いっぽうで窒素分子(168)よりは低い値であった。アセトニトリル、シアノポリイン、シアン化水素といった窒素化合物の生成は、窒素分子を紫外線や銀河宇宙線(後述)が破壊(解離)し、窒素原子を生み出すところから始まる。シアン化水素とシアノポリイン分子が低い同位体比を取るのは、14Nを含む窒素分子を解離できる紫外線が高高度で失われてしまい、15Nを含む窒素分子が相対的に多く解離されることで、生成された15Nに富む窒素原子をもととして両分子が形成されるためであると考えられる。逆に、銀河宇宙線が窒素分子を解離する際には、14Nを含む窒素分子と15Nを含む窒素分子を均一の確率で解離する。すなわち、紫外線と銀河宇宙線により解離された窒素原子は、それぞれ異なった同位体比を持つことになる。窒素同位体比の測定により、アセトニトリル分子のもととなった窒素原子がどのように解離したものなのかを特定し、アセトニトリルがどの高度で生成されたのかを示すことができたことが、今回の科学的な成果である。

注5:電波の検出と解析
下図は本研究により得られた、2種のアセトニトリルのスペクトル(電波の信号)である。15Nを含むアセトニトリルの信号の強度は14Nを含むアセトニトリルに比べて非常に弱いことが分かる。研究チームは、15Nを含むアセトニトリルのスペクトルが含まれる可能性のあるデータを抽出し、その中から最もスペクトル強度の高いデータを選び出した。
周波数のグラフ
また、検出された信号強度を分子の量に変換するための計算コードの開発も行った。14Nを含むアセトニトリル分子のスペクトルの形状は、分子が存在する高度により変化する。そのため、得られたスペクトルの形状から、分子の存在する高度を推定する(リトリーバル計算)ことが可能である。研究チームはタイタンの大気環境やアルマ望遠鏡の特性を考慮した解析コードを開発し、本研究に使用した。下図はスペクトルの形状から解を自動的に探索することで得られた、14Nを含むアセトニトリルの高度分布である。高度150km以上の領域に偏在しており、その量は大気全体の1億分の1程度であることが推測された。このようにスペクトルの形状から分子の存在する高度を推測できることは、スペクトルの周波数方向の分解能が高い電波観測の大きな特徴である。
アセトニトリルの混合比を表したグラフ

注6:銀河宇宙線とその役割:銀河宇宙線は高いエネルギーの陽子(電子のない水素原子)を主成分とし、太陽系の外から飛来してくる。大気と反応しにくいために、紫外線が侵入できない低い高度まで侵入することができる。紫外線と同様に窒素分子を解離して窒素原子を作るが、窒素原子の同位体比はもとの窒素分子の値を保つ点が異なる。そのため、窒素同位体比を計測することで、分子が紫外線による解離で生成されたのか、銀河宇宙線による解離で生成されたのかを切り分けることが可能になる。
今回観測したアセトニトリルはシアン化水素やシアノポリインと同様に成層圏上部でも生成されると考えられるが、紫外線の届かない成層圏下部では両分子が生成されにくいのに対し、アセトニトリルは成層圏下部においても銀河宇宙線により生成された窒素原子から生成され得る。

バナー画像クレジット:NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute

論文情報

飯野孝浩,佐川英夫,塚越崇, "飯野孝浩,佐川英夫,塚越崇, "14N/15N isotopic ratio in CH3CN of Titan's atmosphere measured with ALMA", The Astrophysical Journal, vol. 890, issue 2, 2020年2月17日, DOI: 10.3847/1538-4357/ab66b0"

お問い合わせ先

東京大学情報基盤センター
特任准教授 飯野 孝浩 (いいの たかひろ)
メール: iino.takahiro@mail.u-tokyo.ac.jp (飯野)
Tel: 03-5841-2733 (センター広報担当:阿曽)
 
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