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細菌感染に対する自然免疫を制御する仕組みを原子レベルで解明研究成果

掲載日:2024年3月5日

細菌感染に対する自然免疫を制御する仕組みを原子レベルで解明

  • 細菌感染に対する自然免疫シグナル (TIFA-TRAF6シグナル) において、シグナル抑制分子として発見されていたTIFABが、TIFA-TRAF6シグナルを制御する仕組みを原子レベルで明らかにしました。
  • TIFAは二量体を形成することでシグナルを活性化しますが、TIFABはTIFAと結合することでシグナル活性化のためのTIFA二量体化を阻害してシグナルを抑制することを明らかにしました。
  • TIFABは、骨髄異形成症候群や急性骨髄性白血病に関与するため、本成果はこれら疾患の今後の研究に役立つことが期待されます。

(概要説明)

NF-κBは、ヒトの自然免疫に関わる重要な分子であり、細菌感染などによって活性化されることで免疫反応を引き起こします。TIFAとTRAF6は、NF-κB活性化に関わるシグナル分子として発見され、このTIFA-TRAF6シグナルは細菌感染に対する新しい自然免疫シグナルであることが明らかにされていました。

今回、熊本大学大学院生命科学研究部 (薬学系) の中村照也 准教授、藤田美歌子 特任教授、立石大 客員准教授 (平田機工株式会社 遺伝資源研究開発グループ 主任)、東京大学国際高等研究所新世代感染症センターの井上純一郎 特任教授、尚絅大学・尚絅大学短期大学部の山縣ゆり子 学長らの研究グループは、TIFAの働きを阻害するシグナル分子として発見されていたTIFABが、TIFA-TRAF6シグナルを制御する分子機構を原子レベルで解明しました。TIFABは、骨髄異形成症候群や急性骨髄性白血病に関与することが報告されているため、本成果はこれら疾患の研究に役立つことが期待されます。

本研究成果は、令和6年3月5日に米国の科学誌Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of Americaにオンラインで発表されました。本研究は、日本学術振興会卓越研究員事業、科学研究費助成事業 (21K06514)、公益財団法人 武田科学振興財団の支援を受けて実施されました。また、本研究でのX線回折実験は、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 放射光共同利用実験 (2021G031, 2023G036) として実施しました。

[背景]

NF-κBは、ヒトの自然免疫に関わる重要な分子であり、細菌感染などによって活性化されることで免疫反応を引き起こします。東京大学の井上特任教授の研究グループは、NF-κB活性化に関わるシグナル分子としてユビキチン化酵素TRAF6とその相互作用分子TIFAを発見しました1, 2)。その後、細菌感染によってTIFA-TRAF6シグナルが活性化されることが報告され、『[1]細菌感染によって活性化したリン酸化酵素がTIFAをリン酸化する。[2]TIFAはリン酸化依存的にオリゴマー構造*1 (用語解説を参照) を形成する。[3]TIFAオリゴマーがTRAF6と複合体を形成することで、TRAF6のユビキチン化が起こってNF-κBが活性化される』というシグナル経路 (図1) が発見されました3)。

また、井上特任教授の研究グループにより、TIFAのホモログ分子*2であるTIFABが発見され、TIFABがTIFAと結合することでTIFA-TRAF6シグナルを抑制することが報告されていましたが4, 5)、TIFABがどのようにしてTIFA-TRAF6シグナルを制御するのかという分子機構は長い間不明でした。

図1 TIFAのリン酸化から始まるNF-κB活性化機構の概略図

[研究の内容・成果]

これまでに本研究グループは、TIFAは細胞内でホモ二量体構造*3を形成することを報告しています6)。TIFAは、[1]リン酸化を受ける部位、[2]リン酸基との結合部位、[3]TRAF6との結合部位を有しています (図2の左)。TIFAはリン酸化されていない状態ではホモ二量体を形成しており、リン酸化を受けるとTIFA二量体同士が、それぞれのリン酸基とリン酸結合部位とを相互作用させることでオリゴマー構造を形成します (図1)。

本研究では、TIFABがTIFAとどのように結合してシグナルを抑制するかを明らかにするため、X線結晶構造解析によりTIFABとTIFAが結合した状態の立体構造を原子レベルで決定しました (図2の右)。その結果、TIFABとTIFAはそれぞれ1分子ずつが結合したTIFA/TIFABヘテロ二量体構造*4を形成することを明らかにしました。TIFA/TIFABのヘテロ二量体構造は、一見するとTIFAのホモ二量体構造とよく似ています。しかし、TIFABはTIFAとは異なりリン酸化部位を有していないため (図2の右)、TIFA/TIFABヘテロ二量体は、リン酸化TIFAのようなオリゴマー構造を形成できません。またTIFABはTRAF6結合部位も有していないため、シグナル伝達に重要なTRAF6と結合することができません。このようにTIFA/TIFABヘテロ二量体は、リン酸化部位とTRAF6結合部位を部分的に失った“擬似のTIFAホモ二量体”といえ、TIFA二量体のようにシグナルを活性化することができません。さらに、細胞を用いた実験で、X線結晶構造で明らかとなったTIFABとTIFAの結合がNF-κBシグナルに与える影響を調べました。その結果、通常のTIFABは細菌感染に対するNF-κB活性化を抑制するのに対し、遺伝子組み換え技術によってTIFAと結合できないようにしたTIFABでは細菌感染に対するNF-κB活性化を抑制できないことを確認しました。以上のことから、TIFABはTIFAと結合することで、シグナル活性化に必須のTIFAのホモ二量体化を阻害してシグナルを抑制することを明らかにしました (図3)。

図2 TIFAホモ二量体とTIFA/TIFABヘテロ二量体の立体構造

図3 TIFABによるTIFA-TRAF6シグナル抑制の概略図

[展開]

本研究により、TIFABがシグナル活性化に関わるTIFAのホモ二量体化を阻害することでシグナルを抑制することが明らかになりました。TIFABの機能不全は、骨髄異形成症候群や急性骨髄性白血病に関与することが報告されているため7, 8)、本研究で解明したTIFABの分子機構がこれら疾患の今後の研究に活用されることが期待されます。また、TIFABはB細胞などに多く存在しているため、免疫系細胞におけるTIFA-TRAF6シグナル抑制の研究にも役立つことが期待されます。

[用語解説]  

※1 オリゴマー
   いくつもの分子が結合してできる複合体のこと。
 ※2 ホモログ
   共通したアミノ酸配列を持つタンパク質の一群のこと。
 ※3 ホモ二量体
   2つの同一の分子同士が結合してできる複合体のこと。
 ※4 ヘテロ二量体
   2つの異なった分子同士が結合してできる複合体のこと。

[引用文献]

1) T. Ishida, et al., J. Biol. Chem. 271, 28745–28748 (1996).
2) H. Takatsuna, et al., J. Biol. Chem. 278, 12144–12150 (2003).
3) P. Zhou, et al., Nature 561, 122–126 (2018).
4) T. Matsumura, et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 317, 230–234 (2004).
5) T. Matsumura, et al., J. Biochem. 146, 375–381 (2009).
6) T. Nakamura, et al., Sci. Rep. 10, 5152 (2020).
7) M. E. Varney, et al., J. Exp. Med. 212, 1967–1985 (2015).
8) M. E. Varney, et al., Leukemia 31, 491–495 (2017).

論文情報

Teruya Nakamura (責任著者), Chiaki Ohyama, Madoka Sakamoto, Tsugumasa Toma, Hiroshi Tateishi, Mihoko Matsuo, Mami Chirifu, Shinji Ikemizu, Hiroshi Morioka, Mikako Fujita, Jun-ichiro Inoue, Yuriko Yamagata, "TIFAB regulates the TIFA-TRAF6 signaling pathway involved in innate immunity by forming a heterodimer complex with TIFA.," Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: 2024年3月5日, doi:10.1073/pnas.2318794121.
論文へのリンク (掲載誌別ウィンドウで開く)

お問い合わせ先

【お問い合わせ先】
熊本大学大学院生命科学研究部(薬学系)
担当:准教授 中村 照也
e-mail:tnaka@gpo.kumamoto-u.ac.jp
 
東京大学国際高等研究所新世代感染症センター
担当:特任教授 井上 純一郎
e-mail:jun-i@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
 

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