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本郷・駒場の記念碑&記念像できた順アルバム|広報誌「淡青」36号より (広報室)

2018年04月17日掲載

実施日: 2018年03月09日

本郷・駒場の
記念碑&記念像できた順アルバム

先人たちが意図して残してきたモニュメント60
 

大学には碑や銅像などの記念物が数多あります。 マップなどで空間的に確認することはあっても、できた順に見る機会はあまりないはず。 そこで、本郷と駒場で無理なく見られる60アイテムを選び、時系列に並べます。 人の強い思いがあってこそ時代を越えて残ったモニュメントたち。通り過ぎるだけでは不憫です。

江戸時代
山上会館脇石垣
本郷 江戸時代
東御長屋下水排水口
本郷 江戸時代
東御長屋前井戸
本郷
会館建設時に発掘された江戸初期の石垣を移築し、保存。金沢城のものと共通する刻印が残ります。 ローソン龍岡門店裏に広がる塀の基礎部分に下級武士が住んだ東側の長屋の下水排水口が残っています。 「加賀藩江戸御屋敷長屋絵図」に記載がある長屋前の井戸の跡。ローソン龍岡門店前の歩道脇に現存。
江戸時代
蛇塚(お化け灯籠)
本郷  1828
向岡記碑
浅野 1833
育徳園丘上の碑
本郷
不義を働き蛇で折檻されて死んだ女中を弔う塚(真偽不明)は工学部前広場に。動かすと不幸になる!? 水戸藩中屋敷に徳川斉昭が建立。碑文の「夜余秘」が弥生町の名に。浅野南門を入ってすぐの坂にあり。 富山藩邸(現・病院地区)に仏像を安置する旨を記した碑。宗藩の邸があった現地に移った理由は未詳。
1893
ベルツの庭石
本郷 1895
ミュルレル像
本郷 1900
ダイバース像
本郷
富山藩御殿の庭園にあった庭石。隣の教師館に住み庭を愛した先生の名が呼称に残ります。入院棟A前。 外科、眼科などを教えたLeopold Muller先生。教え子らが建立した像は、盗難を経て1975年に復元。 化学教室の礎を築き名誉教師の称号を受けたEdward Divers先生。移転を経て現在は化学館脇に。
1900
春宮慶禮紀年之松碑
駒場 1902
ヤンソン像
弥生 1902
アリヴェ像
駒場
明治天皇の第三皇子(嘉仁親王)の御成婚に際して一高生が植樹した松とその碑。移植の時期は未詳。 駒場の家畜病院で獣医学教育に貢献したJohannes Janson先生。名誉教師称号授与記念像は後に弥生へ。 Jean-Baptiste Arrivet先生は一高で仏語教育に貢献。像は東大紛争時に長野に避難し、2004年に再建。
1902
プッチール像
駒場 1907
前田侯爵邸西洋館基礎
本郷 1907
ベルツ像
本郷
一高で独語を教えたFriedrich Putzier先生。没後、向ヶ岡に像が建ち、後に駒場へ(アリヴェ像と同様)。 後に懐徳館となる邸は1945年の空襲で焼失。博物館増築時に基礎が出土し懐徳門脇に保存されました。 医学部で内科と産婦人科を担当したErwin Bälz先生。在職25年記念の祝賀会は小石川植物園で開催。
1907
スクリバ像
本郷 1910
ウェスト像
本郷 1911
明治天皇行幸記念碑
本郷
外科を担い、名を「須栗場」と書いたJulius Scriba先生。ベルツ像とともに病院を見守ります。 Charles West先生は機械工学と造船学を教授。像の底部には製図器具、機械、造船所などの浮き彫りが。 前年の行幸の碑は懐徳館庭園の築山に。2015年に名勝に指定された庭はホームカミングデイに公開。
1912
朱舜水記念碑
弥生 1914
三好晋六郎像
本郷 1915
下山順一郎像
本郷
明の遺臣である儒学者が徳川光圀に迎えられて水戸藩中屋敷へ。渡来250周年の碑は歩道橋近くにあり。 英国留学から帰国後、新設の工科大学造船学科教授に。像が持つ本はManual of naval architecture。 ドイツ留学から帰国後、新設の医科大学薬学科教授に。薬学博士の第1号。像は薬学系総合研究棟脇に。
制作年不詳
隈川宗雄像
本郷 1920
青山胤通像
本郷 1922
コンドル像
本郷
ドイツ留学から帰国後、医科大学教授となり生化学を開拓。鶏のパネルがある像は医学部2号館裏に。 ドイツ留学から帰国後、医科大学で内科学を担当し、学長を16年も務めました。像はバス通り沿いに。 Josiah Conder先生は1877年から建築教育と設計に従事。台座を邪鬼が支える立像は工学部前広場に。
1924
佐藤三吉像
本郷 1928
ヒマラヤスギ由来の碑
本郷 1932
浜尾新像
本郷
附属医院院長、医科大学学長として活躍。執刀中の姿も付いた像はともに留学した青山先生の並びに。 1907年に濱尾総長の命で植えた300本のうち残った1本を記念した碑。今も樹は濱尾像裏で茂ります。 在任期間計11年3月。銀杏並木の父でもある総長の像は構内一巨大。池を背景に安田講堂を見つめます。
1933
橄欖の碑
駒場 1935
相良知安先生記念碑
本郷 1935
向陵碑
弥生
書は一高の齋藤阿具教授。欧州から持ち帰って向ヶ岡に植えたオリーブを駒場に移植し、隣に碑も建立。 医学取調御用係としてドイツ医学採用を進言し医学部の礎を築いた先生。2007年に入院棟A前に移設。 一高移転に際して決別の念を刻んだ碑。「嗟夫向陵よ、汝の精神は長へに我が高校とともに相ひ終へん」。
1935
斯波忠三郎先生記念碑
(航空碑)
駒場 1936
駒場農学碑
駒場 1937
古市公威像
本郷
所長として航空研究所の駒場移転に尽力した先生を記念した「航空」像。躍動感のある像は吉田三郎作。 一高との敷地交換に際し駒場が農学発祥地であることを刻した碑。農学部長を務めた高橋偵造先生の書。 初代工科大学長、工学博士第1号、土木界のボスとして活躍。像は本郷通り際から工学部地区を睥睨。
1941
解剖台記念碑
本郷 1958
嗚呼玉杯之碑
駒場 1974
動物慰霊碑
弥生
実際の台が医2号館東入口に。病理学教室の三浦守治・山極勝三郎両先生は献体のため最期にこの台に。 「嗚呼玉杯に花うけて」で始まる代表的な一高寮歌の碑を卒業生が建立。ファカルティハウスの庭に。 動物医療センター(旧・家畜病院)の裏に世を去った動物の墓が。卒塔婆から飼い主の情が伝わります。
1976
弥生二丁目遺跡
浅野 1981
水原秋桜子の句碑
本郷 1981
医学図書館20周年記念碑
本郷
1884年に根津の谷付近で発見された壺は、後に地名から弥生式土器と命名され、一帯が国指定史跡に。 「胸像をぬらす日本の花の雨」。医学部出身俳人が日本医学に寄与したベルツ先生の功績を想って句作。 健康と医学の博物館(2019年4月移転に向け休館中)脇の塀に医学部紋章がモチーフのレリーフが。
1983
地震学発祥記念碑
弥生 1986
弥生式土器発掘ゆかりの地
浅野 1986
山口吉郎句碑
本郷
本郷時代の建物にあった地震計型オブジェを継ぐ碑。1998年、タイムカプセルとともに地震研正門脇へ。 水戸藩から一部を引き継いだ浅野家が由来の浅野地区と言問通りの間に立つ石碑は地元町会有志が建立。 鉱山学科教授は青邨の号を持つ俳人。心字池畔の「銀杏散るまつたゞ中に法科あり」は日米開戦時の作。
1996
矢内原門跡
駒場 1998
大聖寺藩江戸上屋敷跡の碑
本郷 2002
育徳園心字池 石碑
本郷
商店街へ抜ける通用口は、矢内原忠雄教養学部長が通ったことで矢内原門の名に。今は碑が残るのみ。 3代加賀藩主前田利常が三男利治に分封した大聖寺藩。江戸藩邸跡の碑には利治由来の九谷焼の絵皿が。 前田家18代当主・前田利祐氏の書による「舊加賀藩上屋敷育徳園心字池」碑。園を入ってすぐ右手に。
2003
小柴昌俊記念植樹
(カイノキ)
本郷 2004
一高ここにありき碑
駒場 2004
ストレンジ顕彰レリーフ
駒場
ノーベル賞受賞記念。中国の孔子廟由来の種から育成した木は、今も理学部1号館前でゆっくり成長中。 一高同窓会の本格的活動終了に際し建立。向陵精神を汲むよう訴える碑は駒場正門を入って左の空間に。 Frederick Strange先生は英語教育の傍ら諸競技を紹介した近代スポーツの父。像はグラウンド脇に。
2004
第一高等学校寄宿寮跡
駒場 2005
有馬朗人句碑
本郷 2006
山川健次郎像
本郷
本郷時代から学生自治を続けた一高寄宿寮。駒場移転後の寮跡には地下道入口上屋の外壁の一部が現存。 俳人でもある元総長作「銀杏散る万巻の書の頁より」。隣の師・青邨の碑とともに平和と学問の価値を表現。 元白虎隊士で「星座の人」と呼ばれた名総長の像は曾孫ご夫妻とお孫さんの寄贈。理学部1号館前に。
2007
東大球場70周年記念植樹
弥生 2008
看護学校・助産婦学校記念碑
本郷 2008
KONOHAベンチ
駒場
後に総長となる濱田純一理事・副学長がバット材になるアオダモを球場脇に植樹。木は3倍以上に成長。 長い歴史を誇った医学部附属の両校は2002年閉校。医学部5号館となった校舎前の碑に校章と校歌が。 130周年記念事業の一環で、日本漢字能力検定協会が寄贈。木の葉の柄も見えるベンチは講堂の裏手に。
2009
医学部150周年記念モニュメント
本郷 2009
護国旗
駒場 2009
新墾之碑
駒場
学生公募の最優秀作。人が向き合って球を支え、全体でMedicineのMを象る像は、医2号館本館前に。 文を象徴する橄欖と武を象徴する柏葉に「國」を配した一高校旗のレリーフ。1号館裏のアーケードに。 「駒場の玉杯」といわれた第47回紀念祭寮歌「新墾の此の丘の上」碑。一高同窓会が矢内原公園に建立。
2010
梅謙次郎追慕植樹碑
本郷 2011
向ヶ岡学寮址の碑
弥生 2015
上野英三郎博士とハチ公像
弥生
民法典に貢献した梅博士を偲ぶため、没後百年を前に三たび木斛を植樹。本郷通り沿いのパーゴラ脇に。 1949年に竣工し2003年に閉寮。向ヶ岡ファカルティハウスとして再生後、中庭に元寮生らが碑を建立。 ハチの主人は東大教授だと知られていないことを憂えた有志が建立。両者は弥生で再会を喜んでいます。


※構内にはここで取り上げたほかにもいろいろなモニュメントがあります。

    
※本記事は広報誌「淡青」36号の記事から抜粋して掲載しています。PDF版は淡青ページをご覧ください。



斯波忠三郎先生記念碑
 
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