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オス蛾の性フェロモン選好性を決定する遺伝子をカイコガで同定 ―超高感度な性フェロモン探知能をバイオセンサに応用へ―研究成果

「オス蛾の性フェロモン選好性を決定する遺伝子をカイコガで同定
―超高感度な性フェロモン探知能をバイオセンサに応用へ―」

平成23年7月1日

東京大学先端科学技術研究センター


1. 発表者:
神崎亮平 (東京大学先端科学技術研究センター 教授 )
櫻井健志 (東京大学先端科学技術研究センター 特任助教

2.発表概要:
東京大学先端科学技術研究センター(東京都目黒区、中野義昭所長、以下東大先端研)の櫻井健志特任助教、神崎亮平教授らは農業生物資源研究所、慶應義塾大学、福岡大学と連携して、同種のメスに対するカイコガオスの性行動発現の匂い選択性が性フェロモン受容体1遺伝子によって決定されていることを明らかにした。

3.発表内容:
【研究の背景】 
メスの蛾が同種のオスを誘引する匂い(性フェロモン)は、蛾類の配偶相手の認識と探索において特に重要な役割を持ち、オスが同種メスの放出する性フェロモンだけに性行動を起こすことで種間交雑を防ぎ、種を維持している。そのため、同種性フェロモンに対するオスの性行動発現の匂い選択性を決定する遺伝子の同定は、性フェロモンを介した種認識の機構を理解するための重要なステップである。最近の研究で、オスの触角にある性フェロモン受容に特化した嗅覚受容細胞(以下、性フェロモン受容細胞)で発現する性フェロモン受容体の特異的な匂い認識によって、同種の性フェロモンが検出されていることが示された。しかし、なぜオスが同種のメスの性フェロモンだけに性行動を起こすのか、という疑問は明らかにされていなかった。
【研究の内容】
本研究では、蛾類のモデル昆虫であり、遺伝子操作が可能であるカイコガを用いた。カイコガのオスは同種メスの放出する単一の性フェロモン成分であるボンビコールを受容するとメスへの定位行動と交尾の試みからなる一連の性行動を起こす(別紙図1)。また、カイコガの性フェロモン受容体BmOR1はボンビコールの特異的センサとして機能することが知られている。

このように性フェロモン受容体と性行動の匂い選択性が一致することから、本研究では、性フェロモン受容体が触角における匂い選択性だけでなく、性行動発現の匂い選択性まで決定しているとの仮説に基づき研究を進めた。この仮説を検証するために、遺伝子組換え技術を駆使して、性フェロモン受容細胞だけで他種の蛾(コナガ)の性フェロモン受容体遺伝子PxOR1を発現するカイコガを作出し、性フェロモン受容細胞の活動を調べた結果、本来全く反応を示さないコナガの性フェロモン物質に反応し、神経興奮を起こすことが明らかになった。続いて組換えカイコガの行動を観察したところ、コナガの性フェロモンおよびコナガのメスに対して完全な性行動(匂い源への定位行動と交尾の試み)を起こすことがわかった(別紙図2)。一方で遺伝子組換えを行っていないカイコガは全く反応を示さないことが確認された。さらに、性フェロモン受容細胞の応答性を改変した組換えカイコガの脳の構造を調べた結果、性フェロモンの情報を処理する触角葉大糸球体と呼ばれる領域に変化はみられず、行動の変化が脳内の情報処理の変化によるものではなく、性フェロモン受容細胞の匂い選択性の改変によることが確認された。

これらの結果から、カイコガのオスの性行動の匂い選択性は性フェロモン受容細胞で発現する嗅覚受容体の匂い選択性だけで決定していることが明らかになり、性フェロモン受容体と性行動との間に明確な因果関係があることが初めて明らかになった。すなわち、カイコガのオスが同種のメスだけに性行動を示すのは、BmOR1というボンビコールだけを選択的に検出するセンサが性フェロモン受容細胞で発現しているためであることがわかった。

これらの結果は、性フェロモン受容体遺伝子に変異が起こり匂い選択性が変化すると、オスの性行動の匂い選択性も変化することを示唆している。カイコガをはじめ蛾類の多くは、種特異的な性フェロモンとそれに対するオスの性行動の発現が一致することにより他種との交雑を防ぎ、種の維持を確実にしている。性フェロモンとその受容体が変化すると単一種内での生殖的隔離の一つである性的隔離が起こり、種分化の要因の一つになると推定される。そのため、性フェロモンの化学構造とそれに対する特異的受容体の配列の進化を現在わかっている種間の類縁関係と比較することで、性フェロモンと受容体の共進化という観点から昆虫の種分化の機構を明らかにできると可能性がある。

カイコガは極めて高感度なセンサで匂いを検出し、発信源を探知する能力を持つ。本研究結果から、遺伝子組換えで任意の嗅覚受容体を人為的に発現させ、性フェロモン受容細胞の匂い選択性を改変することで、匂い源を高感度に探知するバイオセンサへの応用が期待される。

4.添付資料:

図1フェロモン源定位行動.jpg

図1 カイコガ雄の性フェロモン源定位行動
メスの放出する性フェロモンを検出し、羽ばたきながらメスへ定位するオス。カイコガではボンビコールと呼ばれる物質のみがこの行動を引き起こすことが知られている。

図2.tif
図2 コナガ性フェロモン受容体PxOR1を発現したカイコガのコナガメスに対する性行動の発現
(左)遺伝子組換えによりPxOR1を発現する遺伝子組換えカイコガはコナガメスに対して性行動を発現した。写真はコナガメスに定位した様子を示している。一方で、PxOR1を発現しないカイコガはコナガメスに対して全く行動を起こさない。この時点では、図の右にいるカイコガメスにはガラスビーカーをかぶせてあるためカイコガの性フェロモンはビーカー外部に存在していない。(右)ガラスビーカーを取り除くと、通常のカイコガオスがカイコガの性フェロモンに反応し性行動を起こすことがわかる。

5.発表雑誌:
発表雑誌:米国のオンライン科学誌「PLoS Genetics」 6月号

6.問い合わせ先:
東京大学先端科学技術研究センター 教授 神崎亮平
東京大学先端科学技術研究センター 特任助教 櫻井健志

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