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我が国で新たに発生が確認されたイチジクモザイク病およびアジサイ葉化病に対する簡易・迅速・高感度な遺伝子診断キットの開発研究成果

「我が国で新たに発生が確認されたイチジクモザイク病およびアジサイ葉化病に対する簡易・迅速・高感度な遺伝子診断キットの開発」

平成23年10月13日

東京大学大学院農学生命科学研究科

1.発表者:
前島健作(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 日本学術振興会特別研究員)
滝波祐輔(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程 1年)
難波成任(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

2.発表概要:
東京大学 植物病院®では、簡易・迅速・安価な植物病の診断技術開発を研究目的の一つとしています。このたび、今年新たに発生し問題となっている「イチジクモザイク病」および「アジサイ葉化病」に対して、直ちに診断技術の開発を行った結果、遺伝子増幅法であるLAMP法(注1)を原理とする診断技術を世界で初めて確立し、それぞれ「イチジクモザイク病診断キット」および「アジサイ葉化病診断キット」として製品化いたしました。

「イチジクモザイク病診断キット」は、本年2月に我が国で初めて発生を報告した植物ウイルス「イチジクモザイクウイルス(fig mosaic virus, FMV)」(注2)(2011年4月11日プレスリリース)を検出するキットです。「アジサイ葉化病診断キット」は、日本各地でアジサイに感染し被害を引き起こしているファイトプラズマ(注3)であるPhytoplasma japonicumに加え、今年新たにアジサイへの感染が確認されたPhytoplasma asterisを検出するキットです。

これらの病気は海外においても広く発生しており、大きな被害を引き起こしています。我が国でも全国的に発生している恐れがあり、防除に向けて発生実態を解明することが必要とされていました。しかし、これらの病気の簡易・迅速な診断技術はこれまで確立されていませんでした。今回開発した診断キットにより、30分程度で信頼性の高い遺伝子診断を行うことが可能になりました。本キットは、生産現場レベルでの迅速な病害防除に貢献するとともに、海外でも活用されることが期待されます。

また、「アジサイ葉化病診断キット」は国内外で多くの植物・農作物に発生している最大のファイトプラズマ群であるPhytoplasma asterisを広く検出できる可能性が高く、今後応用範囲の拡大が期待されます。

3.発表内容:
【背景】
(1)イチジクモザイク病
イチジクの葉や果実が退緑し樹勢と生産性が低下する『モザイク病』は、海外において約80年前、日本では約50年前に発生が報告され、原因不明のまま世界各地で問題となっていました。近年、欧米と日本のイチジクから、モザイク病の病原体として新種のウイルスfig mosaic virus (FMV)が発見されました(2011年4月5日プレスリリース)。

FMVは、マイナス一本鎖RNAをゲノムとする植物ウイルスです。イチジクに感染しモザイク病を引き起こす重要なウイルスで、イチジクに寄生するイチジクモンサビダニにより伝搬されます。イチジクのモザイク病は、地中海沿岸地域をはじめとし、アメリカ、中国、オーストラリアなどイチジクが栽培されているほとんどの地域で発生が報告されており、その多くはFMVが原因であったと考えられます。

我が国では現在、島根県と福岡県のモザイク症状を呈するイチジクからFMVが検出されており、注意を喚起するための病害虫発生予察情報の特殊報が発表されています。

(2)アジサイ葉化病(注4)
アジサイの花が葉化し数年で枯死に至る『葉化病』は、海外において約80年前、日本では16年前に発生が報告されており、その病原は植物病原細菌の一種であるファイトプラズマであることがわかっています。

ファイトプラズマは、植物の篩部に寄生する植物病原細菌であり、1967年に世界に先駆けて我が国で発見されました。世界中で700種類以上の植物に病気を引き起こし、昆虫により伝搬される、農業上極めて重要な植物病原体です。アジサイの葉化病は、ドイツ、アメリカ、イタリア、ベルギーなど世界各地で発生が報告されており、我が国でも全国的に発生している恐れがあります。本病の病原体として、2種のファイトプラズマ(Phytoplasma asteris, Phytoplasma japonicum)が知られています。我が国ではPhytoplasma japonicumのみが確認されていましたが、今年新たにPhytoplasma asterisによるアジサイ葉化病が発見されました。

【成果】
これらの病気は一旦発生すると防除が困難であり、周囲の植物に伝染する可能性があるため、感染樹を早期に発見し、抜根・焼却するなどして処分することが効果的な防除法となります。また、感染植物の苗木が認知されないまま市場に流通している可能性もあり、これらを除去するためには、簡易・迅速で信頼性の高い検出法が不可欠です。しかしながら、これまでFMVやファイトプラズマの検出キットは、世界的にも開発されていませんでした。

今回、東京大学 植物病院®は、FMVおよびファイトプラズマのゲノム配列情報を基に、LAMPプライマーを検討するとともに簡便な核酸抽出法の開発を行い、これら病原体を特異的に検出する方法の開発を行いました。その結果、LAMP法による遺伝子増幅反応を原理とする診断技術の開発に世界で初めて成功しました。いずれも製品化され、このたび「イチジクモザイク病診断キット」、「アジサイ葉化病診断キット」として販売が開始されました。

【キットの内容】
今回開発に成功したキットは、FMVおよびファイトプラズマの遺伝子をLAMP法により特異的に増幅・検出する、遺伝子診断キットです。アジサイ葉化病診断キットには、病原である2種のファイトプラズマ(Phytoplasma asterisおよび Phytoplasma japonicum)それぞれを検出する試薬が含まれています。

これまでの遺伝子診断においては、核酸を複雑な操作を経て抽出・精製する必要がありました。これら診断キットは、複雑な検体処理を全く必要とせず、FMVの場合は、感染しているかどうか調べたい葉を爪楊枝で突いたのち、反応液に入れるという極めて単純な作業で検体処理作業が終了し、反応を開始できます。また、ファイトプラズマの場合は、感染しているかどうか調べたい葉の一部を熱湯中で10分間保温するだけで検体処理作業が終了し、反応を開始できます。このため、サンプル数の多寡を問わず有効な検査手段となります。また、LAMP法は一定温度で DNA増幅反応が進行する画期的な技術で、特異性やDNA増幅効率に優れています。PCR法を利用した従来の技術では数時間を要していたことと比べ、本キットでは30分程度で遺伝子診断が可能です。

【本研究の意義・考えられる波及効果】
今回開発された診断キットにより、簡易・迅速で信頼性の高いFMVおよびファイトプラズマの検出が世界で初めて可能となります。本キットは特別な装置を必要としないため、研究現場のみならず、生産現場において迅速かつ厳密な判断を必要とされる際に、非常に役立つものと期待されます。
また、これら病原体は世界的に発生しているにもかかわらず、これまで簡易・迅速な検出手法が確立されていなかったため、海外においても本キットの需要は高いものと考えられます。

4.問い合わせ先:
東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻植物病理学研究室
教授 難波成任

5.用語解説:
注1 : LAMP法(Loop-mediated isothermal AMPlification)
定温遺伝子増幅法の一つ。遺伝子を増幅させる際にPCR法のように反応液の温度を何度も繰り返して昇降させる必要がなく、一定温度で反応を行うことで DNAを増幅する方法である。そのため、PCRよりも反応の迅速性に優れ、サーマルサイクラーのような高価な機器を必要としない。従って、本法は現場等での病原体の迅速な検出・診断手法として近年利用が進んでいる。

注2 : fig mosaic virus
① fig mosaic virus
近年新たに提案されたEmaravirus属に分類される植物ウイルスであり、マイナス一本鎖RNAをゲノムとする。
1933年にアメリカのカルフォルニア州のイチジクにおいて初めてモザイク病の発生が報告され、原因は不明であったもののfig mosaic virusの存在が提唱されていた。2009年にイタリア、アメリカ、トルコの病徴を呈する複数のイチジクから未知のウイルスが検出され、fig mosaic virusと命名されるとともに、病原体として提案された。イチジクモザイク病自体は地中海沿岸地域をはじめとし、アメリカ、中国、オーストラリアなどイチジクが栽培されているほとんどの地域で発生が報告されている一方で、FMVは新しく発見されたウイルスであるため検出例は未だ少ない。我が国では2011年に初めて発生が確認された。
本ウイルスの和名については今年9月の植物病理学会において「イチジクモザイクウイルス」を提案した。
② fig mosaic virusの伝染経路
フシダニの一種であるイチジクモンサビダニにより媒介されるほか、感染樹の接ぎ木、挿し木によって伝染すると考えられる。ダニによる伝搬様式は不明。
③ fig mosaic virusの感染による植物の病徴・被害
イチジクの葉にモザイク症状、奇形、退緑、葉脈透過、早期落葉を引き起こす。また、果実に奇形や斑紋、早期落果を引き起こすため、品質低下・減収を招く。葉や果実のコルク化・褐変によるさび症状は、イチジクモンサビダニの直接の食害によるものと考えられる。
④ fig mosaic virusの防除方法
感染してしまうと治療手段がないため、感染樹を除去するほか、イチジクモンサビダニの防除をおこなう必要がある。また、イチジクモンサビダニの食害を受けたイチジク樹を用いた接ぎ木、挿し木を回避する必要がある。

注3 : ファイトプラズマ
① ファイトプラズマ
Mollicutes綱に属する細胞壁を欠いた植物病原細菌群であり、植物の篩部に寄生し、病気を引き起こす。ヨコバイ等の昆虫により植物から植物へと伝搬される。感染した植物は黄化、萎縮、叢生症状、天狗巣症状のほか、花が葉化・緑化したりするなど、特徴的な病徴を呈する。日常、我々の身近に頻繁に見られる病気であり、このような特徴的な病徴から、アジサイなどのように、緑色の花が咲くことから商品価値を認められ、品種登録されていた例もある。
アジサイ葉化病の病原体としては、2種のファイトプラズマ(Phytoplasma asteris, Phytoplasma japonicum)が知られている。Phytoplasma japonicumによるアジサイ葉化病は、我が国でのみ発生が報告されているファイトプラズマ病である。また、Phytoplasma asterisによるアジサイ葉化病はこれまで海外でのみ発生例があったが、今年、我が国においても新たに発生が確認され、今年9月の植物病理学会において報告した。いずれも媒介昆虫は不明。
② ファイトプラズマの伝染経路
主としてヨコバイにより媒介されるが、キジラミ、カメムシなどにより媒介される事例もある。感染樹の接ぎ木、挿し木によっても伝染する。ヨコバイによる伝搬様式は、虫体内増殖型の永続伝搬である。
③ ファイトプラズマの感染による植物の病徴・被害
以下の特徴的な病徴を引き起こし、植物を枯死させる場合もある。 
・花の葉化:花弁やがく・雌しべ・雄しべが葉に置き換わってしまう症状
・花の緑化:花弁などが緑色を帯びる症状
・叢生:側枝が異常に出現する症状
・天狗巣:側芽が異常に発達し、小枝が密生する症状
・黄化:養分欠乏のような葉の黄化症状
・萎縮:茎や葉の生長が害され、著しく萎縮・矮性となる症状
④ ファイトプラズマの防除方法
感染してしまうと治療手段がないため、感染植物を除去する必要がある。

注4 : アジサイ葉化病
ファイトプラズマ感染によりアジサイの花が葉の形状に変化する病気である。アジサイの花びら(花弁)に見える部分は「がく(顎)」であり、その中央部に花弁や雄しべ(雄ずい)、雌しべ(雌ずい)がある。葉化病に感染したアジサイでは、「がく」の部分が葉になり、中央部の花弁や雄しべ・雌しべも葉になる。しばしばこの花の中央部からたくさんの茎が生じて葉が付き、いわゆる「突き抜け症状」を呈する。時に植物全体が衰弱し枯死する。

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