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アミノ酸新規生合成酵素の発見記者発表

アミノ酸新規生合成酵素の発見

平成24年4月6日

東京大学大学院農学生命科学研究科

1.発表者:
千葉 洋子(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士課程3年、独立行政法人 日本学術振興会特別研究員DC;当時)
大島 研郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)
新井 博之(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 助教)
石井 正治(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 准教授)
五十嵐 泰夫(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)

2.発表のポイント:
生命にとって必須なアミノ酸であるセリンが、絶対独立栄養性水素細菌(注1)において新規な酵素によって生合成されていることを発見した。本研究成果は本菌を含め多くの生物で未知であったセリンの生合成経路の解明する上で極めて重要である。

3.発表概要:
東京大学農学生命科学研究科の博士課程学生千葉洋子および石井正治准教授らのグループは、独立栄養性水素細菌(注1)Hydrogenobacter thermophilusにおいて、生命にとって必須なアミノ酸の1種であるセリンが新規な酵素によって生合成されていることを発見した。また、この新規な酵素の遺伝子は本細菌以外の生物にも存在することから、これら生物でもこの酵素の働きによってセリンが生合成されている可能性が示された。
多くの生物において、セリンはホスホセリン脱リン酸化酵素(PSP)(注2)の働きによってホスホセリンから作られる。今までPSPは1種類しか知られておらず、このPSPが、ある種の微生物から高等生物まで幅広い生物で使われていることが知られていた。そして、このPSPを有さない生物には、ホスホセリンからセリンを生合成する能力はないと考えられてきた。しかし、本発見により、Hydrogenobacterのように既知のPSPを欠いていても新タイプのPSPがあればセリンを生合成できることが明らかになった。
本発見は生物にとって根源的なアミノ酸生合成経路の多様性や進化を考える上で非常に有益なものである。また、独立栄養性水素細菌は二酸化炭素から有機物を生合成できるため、本細菌の基幹的生合成経路を解明することは、生物を用いて二酸化炭素から有用物質を生産するという産業的応用への基盤強化という点でも重要である。

4.発表内容(およびその解説):
多くの生物において、アミノ酸の1種であるセリンは、ホスホセリン脱リン酸化酵素(PSP)の働きによってホスホセリンから作られる。これまでにPSPはある種の微生物から高等生物まで幅広い生物から検出されており、それらは全て単一の起源を有する類似なタンパク質であった。そのため、生物においてPSPは1タイプしか存在しないと考えられていた。
独立栄養性水素細菌Hydrogenobacter thermophilusはこの既存のPSP遺伝子を欠いており、セリンの生合成経路がこれまでは不明であった。しかし、本細菌はセリンを含む全ての細胞構成成分を二酸化炭素から生合成可能なため、何らかの方法でタンパク質の構成成分であるセリンを生合成しているはずである。また、本細菌はホスホセリン生合成能力を有することもこれまでの研究からわかっていた。東京大学農学生命科学研究科の博士課程学生(当時)千葉洋子および石井正治准教授らのグループは、この矛盾に注目し、Hydrogenobacterにはホスホセリンとセリンをつなぐ未知の酵素があるのではないかと推察した。そして、その未知酵素の探索を行った。

まず、千葉らは本水素細菌がホスホセリンからセリンを生合成する酵素活性(=PSP活性)を有することを確認した。そこで、この活性を有する酵素タンパク質が何者か決定することにした。具体的には、本菌を大量に培養し、菌体の中に2000種類近くあるタンパク質の中から、ホスホセリン脱リン酸化活性を有するタンパク質を精製した。そして、タンパク質を構成するアミノ酸配列の一部を解読することで、本タンパク質をコードしている(=本タンパク質に対応している)遺伝子を決定した。その結果、本菌では既知のPSPとは進化的な起源が全く異なる新規な酵素タンパク質によってPSP反応が触媒されていることが明らかになった。すなわち、1タイプしかないと考えられてきたPSPには、少なくとも2タイプあったのだ。

類似なタンパク質は類似な遺伝子にコードされているため、ある生物のゲノム(注3)情報が得られれば、その生物が例えばPSPを有しているか否か実際にその反応を検出しなくてもある程度推測できる。一方、今回のように遺伝子配列が全く異なる未知のタンパク質によってその反応が触媒されている場合、ゲノム情報のみからではその存在は予測できない。近年、次世代シーケンサーなどの台頭によりゲノム情報が飛躍的に増大している。その情報を有効に活用するためには、それぞれの遺伝子がどのような働きを有しているかという知見を蓄積することが火急の課題である。今回新規なPSPを発見したことで、他生物にこの新規なPSPが存在するかどうか予測することが可能になった。実際、新規PSPの遺伝子に類似な遺伝子は、シアノバクテリアなどHydrogenobacterとは門レベルで異なる多様な生物のゲノム上に存在し、その中には既知のPSP遺伝子を欠くためにこれまでセリンの生合成経路が不明であった生物も多数存在した。したがって、このような生物の少なくとも一部も、本新規酵素によってセリンを生合成していると期待される。また、生物にとって根源的なアミノ酸生合成系に多様性があることは、生物およびその代謝の進化を考える上で興味深い。

なお、セリンのような基幹物質の流れ、すなわち生合成経路を解明することは、産業的にも役立つと期待される。Hydrogenobacter thermophilusのような独立栄養性細菌は二酸化炭素から有機物を生合成できるため、二酸化炭素からの有用物質生産という観点からも注目されている。これら細菌に有用物質を効率的に生産させるためには、まずそれらの物質がどのような経路で作られるのか「細胞内の地図」を得ることが必須である。したがって新規なセリン生合成酵素の発見は、応用研究への基盤を固めるという点でも重要な発見である。
5.発表雑誌:
雑誌名:「The Journal of Biological Chemistry」
Vol. 287, Issue 15, 11934- 11941, APRIL 6, 2012
論文タイトル:Discovery and analysis of cofactor-dependent phosphoglycerate mutase homologs as novel phosphoserine phosphatases in Hydrogenobacter thermophilus
著者:Yoko Chiba, Kenro Oshima, Hiroyuki Arai, Masaharu Ishii, and Yasuo Igarashi
DOI番号:10.1074/jbc.M111.330621
アブストラクトURL:http://www.jbc.org/content/early/2012/02/15/jbc.M111.330621.short

6.問い合わせ先: 
東京大学大学院農学生命科学研究科          
応用生命工学専攻 応用微生物学研究室
    准教授 石井 正治

7.用語解説: 
(注1)独立栄養性水素細菌: 水素エネルギーを用いて二酸化炭素を同化し、これを唯一の炭素源として増殖可能な微生物。
(注2)ホスホセリン:セリンにリン酸基が付いた物質。
ホスホセリン脱リン酸化酵素:ホスホセリンのリン酸基を加水分解により除去することでセリンを生成する反応(ホスホセリン脱リン酸化反応)を触媒する酵素。
(注3)ゲノム:ある生物の有する遺伝子情報の総体。

8.添付資料: 
カラー版は下記のURLからご覧になれます。
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2012/20120221-5.html

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