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脳内マリファナは大雑把に一括処分される ~脳内マリファナ類似物質のシナプス周辺での分解の仕組みを解明~研究成果

脳内マリファナは大雑把に一括処分される
―脳内マリファナ類似物質のシナプス周辺での分解の仕組みを解明―

平成24年7月10日

東京大学大学院医学系研究科

1.発表者: 狩野 方伸(かのう まさのぶ)(東京大学大学院医学系研究科神経生理学分野 教授)

2.発表のポイント
◆成 果:脳内マリファナ類似物質の2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)がシナプスの情報伝達を抑えた後にシナプス周辺で分解されてその効果が消える仕組みを解明した。
◆新規性:2-AG の分解酵素は特定の種類のシナプス終末とグリア細胞にしか存在しないが、その他のシナプスに作用した2-AGも含めて、シナプスの種類に関係なく、一括処分されることが明らかになった。
◆社会的意義:2-AG分解酵素の働きを阻害して2-AG分解を抑制し、その作用を強めることで、新たな抗不安薬、抗うつ薬、鎮痛薬などの開発につながることが期待される。

3.発表概要: 
脳の神経細胞の活動が高まるとマリファナに似た作用を持つ「2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)」という物質が作られる。2-AGはシナプス(注1)に働いて神経伝達物質の放出を抑え、シナプス伝達の強さを調節することが知られているが、その役割を終えた後、どのようにシナプス周辺から取り除かれるのかが分かっていなかった。 

東京大学大学院医学系研究科の狩野方伸教授らは、2-AGの分解酵素であるモノアシルグリセロールリパーゼ(MGL)が、小脳のプルキンエ細胞(注2)の4種類のシナプスうち、平行線維(注3)と呼ばれる神経突起のシナプス終末と周辺のグリア細胞にのみ存在することを確認した。MGLを持たないマウスと正常マウスを比較したところ、平行線維シナプスだけでなく、その他のMGLが存在しないシナプスに作用した2-AGも、シナプスの種類に関係なく、“非特異的”に分解されることが分かった。即ち、脳は2-AGの分解に関しては、大雑把な省エネ戦略をとっていると言える。

2-AGの作用を強めることで、抗不安作用、抗うつ作用、鎮痛作用などが得られることが知られており、MGLの働きを阻害して2-AG分解を抑制することで新たな治療薬の開発につながることが期待される。
本研究は文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、また科学研究費補助金の助成を受けて行われた。

4.発表内容:
①研究の背景・先行研究における問題点
脳の神経細胞(ニューロン)の活動が高まると、マリファナに類似した2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)という物質が作られ、シナプスに作用して神経伝達物質の放出を抑える。シナプスでは、信号を送る側(シナプス前ニューロン)の軸索(神経突起)の終末から神経伝達物質が放出され、信号を受けとる側(シナプス後ニューロン)の細胞膜にある神経伝達物質受容体に作用して情報が伝達される(図1)。一方、内因性カンナビノイドは、シナプス後ニューロンで作られ、シナプス前終末に存在するカンナビノイド受容体に働いて、神経伝達物質の放出を減少させて、シナプス後ニューロンへの情報伝達を抑える。この現象は、情報の流れが通常のシナプス伝達とは逆向きなので、シナプス伝達の逆行性抑圧という。私たちの以前の研究から、逆行性抑圧を担う内因性カンナビノイドは、細胞膜のリン脂質から作られる2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)であることがわかっている(図1)。しかし、2-AGが逆行性抑圧を起こした後、シナプス周辺からどのようにして取り除かれ、効果が消えるのかは不明であった。一方、これまでの研究から、2-AGは、ほとんどが、細胞質に存在するモノアシルグリセロールリパーゼ(MGL)という酵素によって分解されることが明らかにされていた(図1)。

②研究内容(具体的な手法など詳細)
研究グループは、小脳のプルキンエ細胞において、2-AGがシナプス周辺で分解されてその効果が消える仕組みを明らかにした。MGLの効果を調べるために、東京大学の狩野方伸教授らは、新潟大学の﨑村建司教授らと共同して、MGLを全身で欠損するノックアウトマウス(MGL-KO)とMGLを平行線維でのみ欠損するマウス(GC-MGL-KO)を作製した。北海道大学の渡辺教授らと共同で、MGLがどこに存在するかを組織学的に調べたところ、MGLは、ごく限られた部位だけに存在することが判明した。プルキンエ細胞は、平行線維、登上線維(注5)、星状細胞(注6)の軸索、籠細胞(注7)の軸索、という4種類の神経突起からシナプスを受けている(図2)。このうち、MGLは平行線維のシナプス前終末の細胞質に強く発現していたが、他の3種類のシナプス前終末には存在しなかった(図2)。また、神経細胞の周辺にあるバーグマングリア(注8)にもMGLは弱く発現していた。MGL-KOでは小脳のMGLは完全に消失しており、GC-MGL-KOでは、平行線維のMGLは消失し、バーグマングリアのみにMGLが発現していた。プルキンエ細胞を刺激して、細胞内のCa2+濃度を上昇させると、2-AGが放出されて、上記の4種類のシナプスにおいて、逆行性抑圧が起こった。MGL-KOとGC-MGL-KOでは、平行線維シナプスの逆行性抑圧が延長していたが、意外なことに、MGLが存在しない登上線維シナプスの逆行性抑圧も延長していた。その延長効果はGC-MGL-KOの方がMGL-KOよりも弱かったので、平行線維のMGLだけでなく、バーグマングリアのMGLも2-AGの分解に役立っており、しかもその作用は、シナプスの種類に関係ないことが分かった。次に、星状細胞と籠細胞のシナプスの逆行性抑圧を比較したところ、星状細胞シナプスの逆行性抑圧はMGL-KOで延長していたが、籠細胞シナプスの逆行性抑圧は延長していなかった。星状細胞のシナプスはプルキンエ細胞の樹状突起に存在しており、周囲を平行線維シナプス終末とバーグマングリアに取り囲まれているが、籠細胞のシナプスはプルキンエ細胞の細胞体にあって、周囲にMGLを持つ平行線維終末は存在しないので、籠細胞シナプスの逆行性抑圧はMGL-KOでも変わらなかったと考えられる(図2)。

以上の結果から、2-AGが逆行性シナプス伝達抑圧を起こした後、2-AGは限られたシナプス終末やグリア細胞に存在するMGLによって、シナプスの種類に関係なく“非特異的に”分解されて作用を終えることが分かった。以前の研究から、シナプス後部のニューロンからの2-AG産生と放出は、”シナプス特異的“に起こることが知られており、分解も同様に、”シナプス特異的“に行われるだろうと予想されていたので、今回の結果は意外であった。2-AGは脂溶性が高く、生体膜を比較的自由に通過できるので、MGLが存在しない登上線維シナプス終末や星状細胞シナプス終末に作用した2-AGは、周辺の平行線維終末やバーグマングリア細胞の膜を通過して細胞質に入り、そこのMGLによって分解されるのだろう。

③社会的意義・今後の予定 など
  2-AGによる逆行性シナプス伝達抑圧は、様々な脳機能に関与し、その作用を強めることで、抗不安作用、抗うつ作用、鎮痛作用などが得られることが知られている。MGLの働きを阻害して2-AG分解を抑制することが、新たな抗不安薬、抗うつ薬、鎮痛薬の開発につながるかもしれない。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA」(2012年7月9日、online Early Edition (EE))
論文タイトル:
Synapse type-independent degradation of the endocannabinoid 2-arachidonoylglycerol after retrograde synaptic suppression
著者:Asami Tanimura, Motokazu Uchigashima, Maya Yamazaki, Naofumi Uesaka, Takayasu Mikuni, Manabu Abe, Kouichi Hashimoto, Masahiko Watanabe, Kenji Sakimura and Masanobu Kano

7.問い合わせ先: 東京大学 大学院医学系研究科 神経生理学分野 
狩野 方伸 (かのう まさのぶ)教授

8.添付資料
こちらからご覧ください。

9.用語解説:
(注1)シナプス:ニューロンとニューロンの間で信号を伝達するためのつなぎ目のこと。神経伝達物質が貯蔵されている神経終末(シナプス前ニューロンの神経突起の末端)とその神経伝達物質を受け取る受容体が集積したシナプス後部(シナプス後ニューロンの樹状突起など)がごく狭い隙間(シナプス間隙)を隔てている。

(注2)プルキンエ細胞:小脳皮質に存在する大型の神経細胞で、小脳皮質の信号を、小脳核を介して大脳、脳幹、脊髄に送り、円滑な運動を行うために重要な働きをしている。

(注3)平行線維:小脳皮質の顆粒細胞の軸索でプルキンエ細胞の樹状突起にシナプスを作る。平行線維シナプス終末からは、グルタミン酸が神経伝達物質として放出される。

(注4)身体の中で作られる、マリファナに類似した作用と構造を持つ物質を内因性カンナビノイドと総称する。狩野方伸らにより、その実態が2-アラキドノイルグリセロールであることが解明された。

(注5)登上線維:脳幹の延髄にある神経核(下オリーブ核)にある神経細胞の軸索で、小脳皮質のプルキンエ細胞の樹状突起に直接シナプス結合して、情報を伝える。グルタミン酸が神経伝達物質として放出される。

(注6)星状細胞:小脳皮質の中のGABAを伝達物質として放出する抑制性の神経細胞の一つ。プルキンエ細胞の樹状突起にシナプスを作っており、GABAによって、プルキンエ細胞の細胞体の活動を抑えている。

(注7)籠細胞:小脳皮質の中のGABAを伝達物質として放出する抑制性の神経細胞の一つ。プルキンエ細胞の細胞体にシナプスを作っており、GABAによって、プルキンエ細胞の細胞体の活動を抑えている。

(注8)バーグマングリア:プルキンエ細胞の樹状突起と4種類のシナプスを隙間なく取り囲んでいる星状グリア細胞。

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