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てんかんの原因を解明 ─てんかんは幼少時の高熱に起因。小児治療の問題点と解決策も指摘─研究成果

てんかんの原因を解明
─てんかんは幼少時の高熱に起因。小児治療の問題点と解決策も指摘─

平成24年7月16日

東京大学大学院薬学系研究科

てんかん(癲癇)は、もっとも患者数の多い神経疾患の一つであり、世界的に成人の1%に生じます。なかでも、側頭葉てんかんは、とくに頻発するタイプで、難治性てんかんの大半はこの型になります。
側頭葉てんかん患者は、子供の頃に、風邪やインフルエンザでけいれん発作(熱性けいれん)を経験しています。しかし、「側頭葉てんかんが熱性けいれんの後遺症である」という因果関係、および、その仕組は、これほど患者数が多いにもかかわらず、いまだに証明されていません。
東京大学・大学院薬学系研究科の小山隆太 助教と池谷裕二 准教授らは、幼若時に熱性けいれんを生じたラットは成長後にてんかんを発症することを見出し、さらに、その原因が「未熟な海馬に発作が生じると神経回路の発達が障害され、この異常が成人まで残る」ことであると突き止めました。実際、薬を使って海馬の発達障害を防ぐことで、てんかんを予防することができました。
この回路発達の障害はGABA(神経伝達物質の一つ)が興奮性に働くことによって生じます。現在、小児けいれんの治療に使われる薬はGABA賦活薬ですから、将来のてんかんの発生率を高める危険性があります。本研究では新たな代替療法も提案しました。
本成果は、英国科学誌「ネイチャー・メディシン」オンラインに、現地時間2012年7月15日付けで掲載されました。

<論文名>
題目 GABAergic excitation after febrile seizures induces ectopic granule cells and adult epilepsy (熱性けいれん後のGABA性興奮は異所性顆粒細胞と成人てんかんを引き起こす)
雑誌 Nature Medicine(ネイチャー・メディシン)
著者 Koyama, R., Tao, K., Sasaki, T., Ichikawa, J., Miyamoto, D., Muramatsu, R., Matsuki, N., Ikegaya, Y.

<研究内容に関するお問い合わせ先>
小山 隆太(コヤマ リュウタ)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室 助教(留学中)

池谷 裕二(イケガヤ ユウジ)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室 准教授


研究の背景
熱性けいれんは発熱中(*1)に起こり、乳児および小児が経験するもっとも一般的なけいれん発作です(*2)。熱性けいれんには単純型(*3)と複雑型(*4)があります。単純型の予後は良好ですが、複雑型は将来、側頭葉てんかん(*5)へと発展する危険があります。これは臨床上よく知られた現象ですが、因果関係についての厳密な証拠はなく、また、メカニズムも知られていません。

側頭葉てんかん患者の海馬(*6)では、神経細胞の過剰同期発射(*7を生じやすい神経回路の異常(*8)が生じています。一方、熱性けいれんを経験する幼若期は、神経回路の発達の時期と一致します。つまり「熱性けいれんが、回路の発達異常を引き起こし、てんかん発症へとつながる」と推察できます。

したがって、熱性けいれんが神経回路の形成にどのような影響を与えるのかを明らかにすることは、てんかんの発症メカニズムを解明する上で重要です。しかし、乳幼児期の脳の生じる現象を詳らかにするためには、従来のような固定されたヒト脳標本を観察するアプローチだけでは不可能でした。そこで今回、げっ歯類(ラット)の複雑型熱性けいれんモデル(*9)、および、新規に開発した海馬スライスの培養法を利用して、この問題に取り組みました。

脚注
*1:体温38.5℃以上でよく発症します。
*2:生後6ヶ月齢~5歳の乳幼児に生じ、発症頻度は1歳半がピークです。10%ほどの乳幼児が熱性けいれんを経験します。
*3:熱性けいれんのうち、約60-70%は単純型です。強直間代発作の継続時間が10~15分以下であり、24時間以内に発作の再発を伴いません。
*4:熱性けいれんのうち、約30-40%は複雑型です。複雑型は以下の条件のうち、1つ以上に当てはまります。i)15分以上の発作を伴う、ii)限局した脳部位で発作が起こる、iii)24時間以内もしくは発熱中にけいれん発作を数回に亘って再発する。
*5:側頭葉てんかんは、てんかんのうち、側頭葉部位に発作焦点を持つものです。大人の難治性てんかんで、もっとも頻度が高い病気です。
*6:大脳の古皮質の一部で、記憶や学習を司っています。
*7:てんかんで生じるけいれん発作は、多数の神経細胞が過興奮することが原因です。
*8:結果として神経回路変性を誘起しうる病理学的変化として、歯状回における顆粒細胞層の形成異常(異所性顆粒細胞の出現)、顆粒細胞の軸索である苔状線維の異常発芽、抑制性神経細胞の死滅、そしてアンモン角における錐体細胞の死滅およびグリオーシスによる海馬硬化などが確認されています。
*9:本研究では、ヘアドライヤーモデルとよばれる熱性けいれんモデルを利用しました。このモデルは、カリフォルニア大学アーバイン校のバラム博士によって開発され、世界でもっとも利用されています。ヘアドライヤーによる温風(43.3-44.3℃)を生後10-11日齢のラットにあてると、体温が40-42℃まで上昇し、その結果、けいれんが誘導されます。けいれん後は冷却プレートで体温を正常レベルに戻します。熱性けいれんを経験した幼若ラットは母ラットへと戻し、通常どおり成長させました。

発見の大意
脳が正常な機能を発揮するためには、乳幼児期に神経細胞が適切に移動し、正確な位置に配置される必要があります。今回、東京大学大学院薬学系研究科の小山隆太 助教と池谷裕二 准教授らの研究グループは、複雑型熱性けいれんのモデルラットにおいて、熱性けいれんが海馬の顆粒細胞(*10)の移動をかく乱し、顆粒細胞を不適切な場所に散在させることを発見しました(下図)。生じた異所性顆粒細胞は成体になっても残存します。この異所性顆粒細胞の数が、成体におけるけいれん発作の起こし易さと相関することがわかりました。

異所性顆粒細胞が生じる原因として、神経伝達物質であるGABA(*11)による神経興奮性作用(*12)と、この作用を担うNKCC1共輸送体(*13)が関与することをつきとめました。さらに、NKCC1共輸送体の阻害薬であるブメタニド(*14)を熱性けいれん後に連投することにより、異所性顆粒細胞の出現を抑え、将来のてんかん発症を抑制することに成功しました。 (添付資料参照

脚注
*10:海馬の歯状回と呼ばれる領域に存在する神経細胞です。また、錐体細胞は海馬のアンモン角と呼ばれる領域に存在する神経細胞です。上図も参照下さい。
*11:ガンマアミノ酪酸(GABA)は、一般に、脳内の抑制性神経伝達物質として認知されています。GABAは成熟した細胞に対しては、細胞を過分極させるため抑制性に働きます。しかし、幼若な細胞に対しては、細胞を脱分極させるため興奮性に働きます。詳細は*12を参照下さい。
*12:GABAがGABAA受容体に結合すると、細胞内外のCl-は受容体の孔を介して移動します。この時、Cl-が細胞外に移動すれば細胞は脱分極し(この時、GABAは興奮性に働きます)、細胞内に移動すれば細胞は過分極します(抑制性に働きます)。Cl-の移動方向は細胞内のCl-濃度に依存します。細胞内Cl-濃度が高ければ、Cl-は細胞外へ移動します。逆に、細胞内Cl-濃度が低ければ、Cl-は細胞内へ移動します。NKCC1の発現が高い幼若細胞では、細胞内Cl-濃度が高くなっています。そのため、GABAがGABAA受容体に結合すると、Cl-が細胞外に流出し、結果として脱分極が生じます(細胞を興奮させます)。端的に表現すると、GABAが抑制性に働くか、もしくは興奮性に働くかは、NKCC1共輸送体の発現に依存しています。NKCC1共輸送体の説明に関しては*13をご参照下さい。
*13:Na+-K+-Cl-共輸送体のうち、NKCC1(他にNKCC2があります)が関与することを明らかにしました。NKCC共輸送体はイオンの膜輸送体であり、細胞外へNa+とK+を輸送し、細胞内へCl-を輸送します。その結果、細胞内でのCl-の濃度が上昇します。
*14:利尿薬として広く利用されています。低濃度で使用すれば、NKCC1を特異的に阻害することが知られています。

発見への経緯
熱性けいれんがどのように顆粒細胞の移動に影響するのかを明らかにするためには、ホルマリン固定した標本を観察する従来の手法だけでは不十分で、細胞が移動する様子を生きたままリアルタイムに観察する必要がありました。研究グループは、緑色蛍光蛋白質(GFP)発現ラットに熱性けいれんを誘導し、同ラット由来の海馬切片と野生型ラット由来の海馬切片を組み合わせて培養する技術を確立することで、熱性けいれんの影響を受けた細胞の挙動を可視化することに初めて成功しました。

その結果、熱性けいれんの影響を受けた顆粒細胞は、運動方向に異常をきたし、本来到達すべき正常な標的まで移動できず、異所的に配置されました。この分子メカニズムとして、熱性けいれんの影響を受けた顆粒細胞では、GABAA受容体の発現が上昇しており、GABAによる興奮を受けやすくなっていることを発見しました。GABAによる興奮が引き起こすCa2+への細胞内流入が、移動異常の原因であることも明らかにしました。

なお、移動中の顆粒細胞に対してGABAが興奮性に働く原因は、NKCC1共輸送体にあり、NKCC1共輸送体の阻害薬であるブメタニドは、異常移動を阻止することも突き止めました。

発見の意義と展望
本研究は、熱性けいれんと将来のてんかん発症に関して、乳幼児期におけるGABAの興奮性作用が関与するという新知見を与えました。そして、GABAの興奮性作用を担う分子であるNKCC1共輸送体をターゲットとした、新規のてんかん予防法を提案しました。同時に、GABAを活性化させる従来の熱性けいれんの治療法は、短期的にけいれん抑制効果があるものの、長期的にはむしろ、てんかんの危険性を高めてしまう可能性を指摘しました。

また、より一般的な研究意義として、脳疾患を考える上で、実際の脳で何が起こっているのかを視覚的に検証することは重要です。特に今回、乳幼児期の経験が将来の脳機能へおよぼす影響をどう検証していくか、という重要なテーマに新たな研究手法を提案できたことの学術的貢献度は大きいと考えます。このようなアプローチは、脳疾患における細胞・分子メカニズムの解明に役立ち、さらには創薬につながることが期待されます。

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