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腸は体のストレスセンサー ―ストレスを腸が関知して体を健常に保つ仕組みを解明―研究成果

腸は体のストレスセンサー
―ストレスを腸が関知して体を健常に保つ仕組みを解明―

平成25年3月22日

東京大学大学院薬学系研究科

1.発表者:
三浦 正幸(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授)
武石 明佳(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 特任研究員)
倉永英里奈(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター チームリーダー)

2.発表ポイント:
  ◆どのような成果を出したのか
創傷ストレスに応答して体を健常に保つ仕組みとして、腸による全身性ストレスの受容とそれに引き続く腸幹細胞の活性化による細胞の再生が重要であることを解明しました。
  ◆新規性(何が新しいのか)
全身性ストレスの応答によって組織幹細胞の活性化を促すことが、健常な体の恒常性維持に重要であることが初めて明らかになりました。
  ◆社会的意義/将来の展望
幹細胞の活性化は、健常な組織恒常性の維持、組織修復、がんの再発にも関わっています。本研究をモデルとして全身性ストレスによる幹細胞の活性化機構を遺伝学的に研究することが可能になり、細胞死と幹細胞増殖のバランスによる体の健常性を維持する仕組みの理解が進むことが期待されます。

3.発表概要:
私たちの体が健常な状態を維持できるのは、常に受ける様々なストレスに個体が巧みに応答しているからです。組織が傷害を受けると、炎症を含む全身性のストレスが体に生じます。
東京大学大学院薬学系研究科の三浦正幸教授、武石明佳研究員らは、理化学研究所の倉永英里奈チームリーダーと共同で、創傷ストレスに応答して体を健常に保つ仕組みとして、腸による全身性ストレスの受容とそれに引き続く腸幹細胞の活性化による細胞の再生が重要であることを解明しました。
ショウジョウバエを使った今回の成果により、外界からのストレスを腸が感知してストレス応答し、ストレスセンサーとしての役割を果たした腸上皮細胞は速やかに細胞死をおこすこと、その際に幹細胞の増殖を促して、細胞数に過不足のない腸上皮再生と個体の生存を維持していることが示されました。傷害部位から離れた場所の幹細胞が活性化して再生を促すこの仕組みは、脳虚血後に成体脳にある幹細胞が活性化され、脳の修復が促される現象とも似通っています。
今回、全身性ストレスの応答によって組織幹細胞の活性化を促すことが、健常な体の恒常性維持に重要であることが初めて明らかになりました。この発見を糸口に、全身性ストレス応答と幹細胞活性化をつなぐ分子メカニズムの遺伝学的な解明が期待されます。

4.発表内容:
3~4日で入れかわるヒト小腸の上皮細胞は、成体で最も再生が盛んな組織です。ショウジョウバエ中腸でも、ほ乳類小腸と同じように恒常的に細胞が入れかわっています。腸には幹細胞があり、腸上皮の細胞死に呼応して増殖し新たな上皮細胞を再生します。このような腸の再生に関して、腸は食道から通じる外界と接していて外部環境からの刺激に直接さらされるため、私たちの皮膚と同様に細胞の再生が必要であるとされてきました。しかし、このような腸の再生の重要性に関して個体を使った解析はなされていませんでした。個体における腸上皮再生の重要性を示すには、再生系を破綻させた個体を用いた解析が有効です。私たちは、細胞死に必須のタンパク質分解酵素である「カスパーゼ」の活性化が減弱した変異体では、腸上皮の細胞死がおきないために幹細胞が増えず、腸上皮再生系が破綻していることを見出しました。ところがこの変異体は腸上皮再生系が破綻しているにもかかわらず、通常の飼育条件下では野生型と同じように成長します。果たして、腸上皮細胞の恒常的な入れ替わりにはどのような役割があるのでしょうか。

 組織傷害は炎症を代表として体の内部にストレス応答を引き起こします。腸上皮再生系が破綻した変異体のストレス条件下における応答性を検討するために、変異体の表皮に創傷を与えてその後の生存率を調べました。野生型の表皮に創傷を与えても、創傷は治癒して個体は生存しますが、カスパーゼ活性化変異体は創傷に対して脆弱であることが明らかになりました。野生型の腸上皮では、腸から離れた組織である表皮の創傷によって、活性酸素を介したカスパーゼの活性化と細胞死がおきていました。加えて、腸上皮でのみカスパーゼの活性化を抑制した個体においても、腸幹細胞の増殖を止めた個体においても、創傷後の生存率低下が観察されました。つまり、腸上皮の再生はストレスを受けた際の成体反応において重要な役割を果たしていると考えられます。

 腸上皮の再生系の破綻によって表皮創傷に対する脆弱性が現れ、個体致死という重篤な影響を与える理由として、体液性因子を介した全身性の反応が原因である可能性が考えられました。この可能性を検討するために、創傷後の野生型あるいは変異体の体液を採取して、野生型や変異体の別の個体に注入することで、致死性が抑制または誘導されるかどうかの検討を行いました。その結果、創傷後の変異体から採取した体液は野生型に注入することで生存率を低下させました。腸細胞で特異的にカスパーゼ活性を抑制したショウジョウバエの創傷後の体液も、野生型への注入で生存率を低下させたことから、腸細胞のカスパーゼ活性化を抑制した個体には、創傷後の体液中に致死性誘導因子が存在することが示されました(図)。

 この研究により、体の組織傷害によって引き起こされる全身性の応答として、腸上皮での細胞死誘導と幹細胞増殖による腸上皮再生がみられること、この再生系の破綻は致死性因子の産生を伴うことが明らかになりました。つまり、腸上皮の再生系は体で生じた過剰なストレス応答を鎮め、体の恒常性を維持する働きをもつと考えられます。成体において細胞再生系のある組織では、体の内外からのストレスに応じて容易に細胞死が誘導されますが死細胞からは幹細胞の増殖を促す因子の放出が可能で、それによって速やかに細胞の補充がおこります。私たちの研究から、外界からのストレスを腸が感知してストレス応答し、ストレスセンサーとしての役割を果たした腸上皮細胞は速やかに細胞死をおこすこと、その際に幹細胞の増殖を促して、細胞数に過不足のない腸上皮再生と個体の生存を維持していることが示されました。ストレスセンサーとしての腸の役割と、腸上皮再生による体の恒常性を保つ仕組みとその重要性が、本研究によって明らかになりました。

5.発表雑誌
雑 誌 名:Cell Reports
出版・発行:online 2013年3月21日(米国東部時間)
論文タイトル:Homeostatic epithelial renewal in the gut is required to dampen a fatal systemic wound response in Drosophila.
著   者:Takeishi, A., Kuranaga, E., Tonoki, A., Misaki, K., Yonemura, S., Kanuka, H., and Miura, M.*
(*:責任著者)

6.問い合わせ先:
東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授
三浦 正幸(みうら まさゆき)

7.参考資料:
こちらをご覧ください。

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