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東京のヒキガエル、西日本型に侵略される研究成果

東京のヒキガエル、西日本型に侵略される

平成25年5月9日

東京大学大学院総合文化研究科

1.発表者: 
長谷和子 (東京大学 大学院総合文化研究科広域科学専攻 博士課程3年)
二河成男 (放送大学 教養学部教養学科自然と環境コース 教授)
嶋田正和 (東京大学 大学院総合文化研究科広域科学専攻/情報学環 教授)

2.発表のポイント:
  ◆どのような成果を出したのか
東京都内に自然分布する日本産ヒキガエルの東日本亜種(アズマヒキガエル)の多くの個体が、西日本亜種(ニホンヒキガエル)により遺伝子浸透[注1]を受けている点、またその交雑により、都内のヒキガエルの適応度(本研究では幼生(オタマジャクシ)の生存率)が上がった点の、2つを実証した。
  ◆新規性(何が新しいのか)
都市部におけるカエル類の人為的移入系統と自然分布系統から成る混成集団(個体群)[注2]の生息実態と種の存続性に迫る世界で初めての報告となる。また、移入亜種が地域在来亜種にもたらす影響について、分子生態学的手法[注3]を駆使した初めての実証研究である。
  ◆社会的意義/将来の展望
本研究のような、生物多様性の指標として重要な分類群であるカエル類を扱った分子生態学的研究は、保全や生物多様性科学といった応用面において大変重要である。また、都市部での野生種の遺伝的多様性を扱った本研究は、都市生態学の先駆けとしても、非常に意義深い。

3.発表概要: 
東京大学大学院総合文化研究科博士課程の長谷和子、放送大学教養学部教養学科自然と環境コースの二河成男教授、東京大学大学院総合文化研究科/情報学環の嶋田正和教授は、東京に分布する日本産ヒキガエルが、遺伝子型・形態ともに、アズマヒキガエル(東日本亜種)から人為的移入されたニホンヒキガエル(西日本亜種)へ遺伝子浸透が進んでいることを、ミトコンドリアDNAと核DNAマイクロサテライト領域による分子生態学的解析に基づき実証した。また、幼生(オタマジャクシ)の飼育実験から、東京のヒキガエルの幼生は、埼玉県新座市や栃木県日光市のアズマヒキガエルの幼生に比べ、高い生存率を示すことも確かめられた。この結果により、現在の東京のヒキガエル集団は、移入された西日本亜種系統に助けられ、維持されている可能性が大きいことがわかった。
本研究は、都市部に分布するカエル類の遺伝的多様性・適応度が、移入亜種により高く維持されていることが報告された世界で初めての事例である。最新の科学的手法により明らかにされた身近な生き物についての新知見は、遺伝子の地域性、生物多様性の保全といった課題においても、将来的に重要な基礎的なデータを提供すると考えられる。

4.発表内容: 
① 研究の背景
人為的にもちこまれた移入系統と、その地域に自然分布している系統との間で起こる系統間の遺伝子浸透([注1])は、保全生物学的視点からは、遺伝子の地域性が失われることが危惧されている。
日本本州に自然分布する日本産ヒキガエルには、西日本亜種のニホンヒキガエルと東日本亜種のアズマヒキガエルとが知られている(生息分布の境界は近畿から中部地方にかけて)。両亜種には生態的な差はないが、鼓膜の大きさに明確な違いがあり(アズマヒキガエルの方が大きい)、形態的に区別することができる(図1)。本州の東に位置する東京は、本来、東日本亜種であるアズマヒキガエルの自然分布域であるが、以前よりその個体の形態的特徴から、人為的に持ち込まれた西日本亜種との亜種間交雑の疑いがあった。しかし、遺伝学的な知見は未だ得られていなかった。
② 研究内容
本研究では、東京都内の日本産ヒキガエルが、2亜種系統(ニホンヒキガエルとアズマヒキガエル)の混成個体群([注2])で構成されていることを、ミトコンドリアDNAを用いた解析により明らかにしたうえで、個体群内の遺伝子型の頻度(ニホンヒキガエル型タイプとアズマヒキガエル型タイプがどのような割合で混在しているのか)を調べるために、核DNAマイクロサテライト領域([注4])を用いて解析を行った。解析の結果、東京の混成個体群では、移入亜種ニホンヒキガエルから在来亜種アズマヒキガエルへの遺伝子浸透が進み、その遺伝的組成において、ニホンヒキガエルの遺伝子型への置き換わりが進んでいることが示された(図2)。またこの結果は形態測定からも支持された。
さらに、幼生(オタマジャクシ)の生存率を比較した結果、東京の個体(幼生)は、東京を除いた東日本の個体に比べ、生存率が高いこと、中でも移入亜種(ニホンヒキガエル)の母親系統が特に高いことが示された(図3)。この結果により、東京のヒキガエルは、移入亜種に助けられる形で適応度を上げ、個体数を維持していることが示唆された。
③ 社会的意義と今後の展望
生物多様性の中でも遺伝的多様性は、種の存続性を量る指標として重要である。生息地が失われた野生動物の多くが遺伝的多様性を低下させている。一方で、国内移入亜種との交雑問題など、人為的撹乱がもたらす遺伝的多様性への影響については、未だ知見は少ない。生物多様性の維持は人間社会の存続性にも関わることであり、本研究のような都市部の野生種についての遺伝的多様性研究の必要性は、今後ますます高まると考えられる。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Ecology and Evolution」(オンライン版:5月4日公開)
論文タイトル:Population admixture and high larval viability among urban toads
著者: HASE, Kazuko, NIKOH, Naruo, and SHIMADA, Masakazu

6.問い合わせ先: 
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻・広域システム科学系
嶋田正和 教授
長谷和子 博士課程3年

7.用語解説:
[注1]遺伝子浸透:遺伝的に分化していた系統(別種、別亜種等)が二次的接触により交雑する事で遺伝的交流をもち、世代を重ねることで、一方の系統がもう一方の系統の中へ遺伝子を浸透させていく現象。
[注2]混成個体群:地理的障壁などにより遺伝的に分化した2つ以上の個体群(集団)が、再び混ざり合って1つの個体群(集団)を形成していること。自然下で地理的障壁が損なわれたことによる2次的接触の他に、人為的に別系統が移入されることによっても起こる。
[注3]分子生態学的手法:分子生物学の技術を用いた生態学的研究の総称。野生生物の集団内の遺伝的多型を利用して、地域の集団の遺伝構造を調べるといった遺伝的多様性の研究などにも用いられる。 
[注4]マイクロサテライト領域:ゲノム上に散在する数塩基(多くは2塩基から4塩基)からなる反復配列で、その繰り返し数の違いにより、親子識別や集団遺伝学の遺伝マーカーとして広く用いられる。

8.添付資料
こちらからダウンロードできます。

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