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電子がもつ微小な磁石の間に働く新しい相互作用 ―量子コンピュータにも利用可能―研究成果

電子がもつ微小な磁石の間に働く新しい相互作用
―量子コンピュータにも利用可能―

平成25年5月27日

東京大学物性研究所

1. 発表者:
大串 研也(東京大学物性研究所 特任准教授)
山浦 淳一(東京工業大学元素戦略研究センター 特任准教授)
大隅 寛幸(理化学研究所放射光科学総合研究センター 専任研究員 )
杉本 邦久(高輝度光科学研究センター利用研究促進部門 研究員)
竹下 聡史(理化学研究所放射光科学総合研究センター 特別研究員)
徳田 哲久(関西学院大学理工学部  元大学院生)
高田 昌樹(高輝度光科学研究センター利用研究促進部門 部門長)
高木 英典(東京大学大学院理学系研究科 教授)
有馬 孝尚(理化学研究所放射光科学総合研究センター チームリーダー )

2.発表のポイント: 
  ◆大型放射光施設SPring-8を利用して微小な磁石の配列パターンを解明
  ◆微小な磁石の間に働くコンパス型の相互作用を実証
  ◆量子コンピュータに利用可能なキタエフスピン液体の実現へ前進

3.発表概要: 
電子は一つ一つが微小な磁石としての性質をもちます。例えば、物質中に無数に含まれるこの微小な磁石の向きが揃うと、物質全体が磁石としての性質を帯び、モーターやハードディスクなど様々な用途に活用することができます。私たちの目に見える世界では、二つのコンパスを近づけると、片側のコンパスのN極がもう一方のコンパスのS極に近づくように回転します。したがって、磁石は二つのコンパスを結ぶ方向に平行になろうとします。これはコンパス型の相互作用と呼ばれます。しかし、電子の持つ微小な磁石の世界では、磁石の方向は磁石の位置関係に依存しないことが知られていました。
今回、東京大学、理化学研究所、高輝度光科学研究センターの共同研究チームは、CaIrO3という物質の中では電子の微小な磁石の間でもコンパス型の相互作用が働いていることを、明らかにしました。コンパス型の相互作用が実験的に明らかになったのは、世界で初めてのことです。理論的には、コンパス型の相互作用が働く磁石を持つ電子をうまく並べることによって、量子コンピュータ(スーパーコンピュータよりはるかに処理速度の速い次世代コンピュータ)に利用可能なスピン液体が実現することが予言されており、本研究はその実現可能性を大きく広げるものです。

この研究成果は、Physical Review Letters誌(5月24日付け、日本時間5月25日)に掲載されます。

4.発表内容: 

① 研究の背景と経緯
電子は一つ一つが、スピン角運動量と軌道角運動量の二つの成分からなる小さな磁石(磁気モーメント)としての性質をもちます。物質中に無数に含まれる磁気モーメントが秩序だって整列すると物質全体が磁石としての性質を帯び、モーターやハードディスクなど様々な用途に活用することが可能となります。磁気モーメントの秩序を導くのは、磁気モーメント間の相互作用です。こうした相互作用の代表例として、量子力学の創始者の一人であるWerner Heisenbergにより提唱されたHeisenberg模型が挙げられます。この相互作用はあらゆる方向の磁気モーメントに同様に作用する等方的なものであり、多数の物質で実現されていることが分かっています。
一方で、特定の方向の磁気モーメントにのみ作用する異方的な相互作用として、図1に示すコンパス模型が知られています。この模型は理論的な観点から注目を浴びてきました。Alexei Kitaevにより、蜂の巣格子上の量子コンパス模型が厳密に解かれ、最も安定な状態は磁気モーメントが静的な秩序を示さないスピン液体(注1)であること、および励起状態がトポロジカル量子コンピュータに応用可能なエニオン(注2)であることが明らかにされています。しかしながら、実際の物質でこうした相互作用が成立している例は知られていませんでした。

② 研究の内容
  本研究では、ポストペロブスカイト構造(注3)を有するCaIrO3に着目しました。磁性を担うイリジウムの磁気モーメントは、酸素を介して隣接するイリジウムの磁気モーメントと相互作用します。近年のイリジウム化合物に関する理論は、相対論効果であるスピン軌道相互作用によりイリジウム‐酸素‐イリジウム結合角に応じて磁気相互作用が質的に異なることを予言しています(図2)。具体的には、結合角が90°の場合は磁気モーメントを平行に揃えようとする量子コンパス模型で、180°の場合は磁気モーメントを反平行に揃えようとするHeisenberg模型で表されることを予言しています。ポストペロブスカイト構造においては、90°と180°の結合角を有する二種類の交換相互作用が存在し、この理論を検証する絶好の舞台だと考えられます。
  本研究グループは、大型放射光施設SPring-8において共鳴X線散乱実験(注4)を実施することでCaIrO3の磁気構造が図3のようであることを明らかにしました。通常、磁気構造は中性子線を用いて調べますが、イリジウムは中性子を吸収する性質があり実験を行うことができなかったため、放射光X線を使った最先端の手法を用いました。図3(b)においては一つの矢印で磁気モーメントの方向を表していますが、実際には図3(a)のようにスピン軌道相互作用により結合したスピン角運動量と軌道角運動量の二つの成分の和となっています。磁気モーメントは、結合角が90°の場合には平行に、180°の場合には反平行に整列していますが、これは理論の予言と完全に合致します。また、磁気モーメントは、異方的な量子コンパス模型の反映として僅かに傾いており、物質全体として磁石の性質を有することが判明しました。このようにして、量子コンパス模型の実証に成功しました。

③ 今後の展開
  CaIrO3において量子コンパス型の相互作用は一次元的に作用していますが、今後は蜂の巣格子上の量子コンパス模型で記述される物質探索に展開されることが予想されます。そうした物質でKitaevスピン液体が実現した暁には、その励起状態であるエニオンを利用したトポロジカル量子コンピュータに応用することが可能かもしれません。こうした展開を見越して、CaIrO3の励起状態に関する研究にも興味が持たれます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Physical Review Letters」(5月24日)
論文タイトル:Resonant X-ray Diffraction Study of the Strongly Spin-Orbit-Coupled Mott Insulator CaIrO3
著者:Kenya Ohgushi, Jun-ichi Yamaura, Hiroyuki Ohsumi, Kunihisa Sugimoto, Soshi Takeshita, Akihisa Tokuda, Hidenori Takagi, Masaki Takata, and Taka-hisa Arima

6.問い合わせ先: 
東京大学物性研究所
特任准教授 大串 研也

独立行政法人理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門
量子秩序研究グループ スピン秩序研究チーム
チームリーダー 有馬 孝尚

独立行政法人理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門
量子秩序研究グループ スピン秩序研究チーム
専任研究員 大隅 寛幸

7.用語解説: 

(注1) スピン液体 
磁気モーメント間に相互作用が働いているものの、絶対零度まで静的な秩序を示さない状態のこと。

(注2)エニオン
二次元の系において現れる、フェルミ粒子およびボース粒子の概念を一般化した粒子のこと。ある状態と粒子を交換した状態の位相差が、あらゆる値をとることができる。

(注3)ポストペロブスカイト構造
ケイ酸マグネシウムが超高圧で有する結晶構造。地球マントルの最深部で実現していると考えられている。

(注4)共鳴X線散乱
元素が敏感に反応する波長を有するX線を試料に照射し、その跳ね返る方向と強さを精密に調べることで、磁気モーメントの情報を解明する実験手法。波長可変・大強度の放射光施設を利用して実験が行われる。 

添付資料はこちらからダウンロードできます。

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