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脳を正確に形作る仕組み ―スケジュールされた細胞死による司令塔細胞の除去―研究成果

脳を正確に形作る仕組み
―スケジュールされた細胞死による司令塔細胞の除去―

平成25年12月24日

東京大学大学院薬学系研究科


1. 発表者: 

野々村恵子(元・東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 特任研究員/現・スクリプス研究所(米国)研究員)
山口良文 (東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 助教)
三浦正幸 (東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授)

2.発表のポイント: 
◆ 周辺の細胞へ指令を出す司令塔の細胞集団を除去する仕組みとして、細胞死が活用されていることを、実験的に初めて示した。
◆ 細胞死により、司令塔の細胞集団を適切なタイミングで除去することが、胎児期の脳の形成に重要であることを明らかにした。
  ◆本研究により、先天性の脳・脊髄の発生異常の原因に細胞死の不全が関与している可能性が示唆され、今後、細胞死の制御機構を解明することで、こうした先天異常の病態解明に役立つと期待できる。

3.発表概要: 

私たちの脳が作られる胎児期の過程では、多くの細胞が死ぬことが知られています。この細胞死が適切に起こらないと、例えば、脳が頭蓋骨外部に突出する外脳症などの発生異常の原因となります。しかし、なんのために細胞が死ぬ必要があるのか、多くの点が不明なままです。
東京大学大学院薬学系研究科の野々村恵子元特任研究員、山口良文助教、三浦正幸教授らは、マウス胎児の脳の詳細な解析から、細胞死の一種であるアポトーシス(用語解説1)による速やかな細胞の除去がうまくいかないと、神経管閉鎖(用語解説2)不全を原因とする脳の形態異常が生じることを明らかにしました。これは、神経管障害などの先天性疾患の病態解明に役立つ可能性がある知見です。さらに、シグナリングセンターと呼ばれる形成中の脳において司令塔としての役割を果たす特定の細胞集団が、アポトーシスにより適切なタイミングで速やかに除去されることを見出しました。この司令塔細胞は、指令となるタンパク質を放出し、周りのたくさんの細胞の増殖や分化に影響を与えます。こうした体作りのための指令は時々刻々と変化していきますが、今回の研究で、アポトーシスは不要となった司令塔細胞数の調節とその除去を行なう仕組みとして、正常な脳の形成に有用であることが明らかになりました。
アポトーシスは脳だけでなくさまざまな器官の司令塔細胞集団でも見られるため、体作りの指令を出す細胞集団の数を速やかに調節する仕組みとしてアポトーシスが同様に作用しているのか、ヒトを含む動物の体がどう作られ維持されているのか理解する上で、今後解明すべき重要な研究課題です。この機構を明らかにすることは、先天性の脳・脊髄の発生異常の病態解明にもつながると期待されます。

4.発表内容: 

① 研究背景

 ほ乳類の脳神経系発生では5~7割もの細胞が生まれては除去されていると考えられています。これらの細胞死の多くは体内のプログラムによりあらかじめスケジュールされたアポトーシス(用語解説1)です。アポトーシスの実行に関与する遺伝子が壊れたマウスの胎児ではアポトーシスが起きず、脳が頭蓋骨外部に突出する外脳症等の異常を示し、生後すぐ死んでしまうことが知られています。この外脳症の原因は、脳発生の過程で、神経細胞のもととなる神経幹細胞が死なずに余分に増殖したため脳全体の細胞数が過剰になり、脳が突出するためと推察されてきました。しかし、外脳症は脳発生初期に生じる神経管閉鎖(用語解説2)の失敗により生じることも知られています。また、アポトーシスを実行するための遺伝子を欠損した胎児の脳で細胞数が実際に増加したのか、定量的に研究した報告もこれまでありませんでした。そのため、これらアポトーシスを欠損したマウスで生じる外脳症が本当に脳全体の神経細胞数の増加による病態であるのか不明なままでした。さらに、そもそもなぜ脳の発生過程でアポトーシスが生じる必要があるのか、その理由も未解明でした。

② 研究内容

 東京大学大学院薬学系研究科遺伝学教室の野々村恵子元特任研究員、山口良文助教、三浦正幸教授らは、アポトーシスの実行に関与する遺伝子が壊れたためにアポトーシスを生じないマウス胎児(アポトーシス欠損胎児)の脳を詳細かつ定量的に調べ、これらの胎児で見られる外脳症の原因は細胞数の増加ではなく、神経管閉鎖の不全が原因であることを明らかにしました。これは、アポトーシス欠損胎児の脳形態異常の原因は細胞数の過剰増加による肥大であると説明する従来の教科書の記載(S. Gilbert, Developmental Biology,10th ed., 2013)に変更を促す知見です(図1)。
  さらにこの研究の過程で、脳初期発生で集中的にアポトーシスが観察される場所が、周りの多数の細胞に指令を出すシグナリングセンターと呼ばれる、司令塔の細胞集団であることが判明しました。司令塔の細胞集団は発生のさまざまな局面で見られ、そこから放出される体作りのための指令は、器官の形作りや、多種多様な細胞を正しい配置で生み出す「領域化」と呼ばれる現象を司ることが知られています。こうした体作りのための指令は刻々と変化していますが、指令の切り替え、特に不要となった指令の除去がどのように行われているのか、詳細は分かっていませんでした。野々村元特任研究員らは、胎児期の脳の最前端形成の司令としてはたらくFGF8タンパク質を産生する司令塔の細胞集団の一部が、アポトーシスによって除去されることを、複数の実験によって示しました。このFGF8を産生する司令塔細胞のアポトーシスが阻害されると、司令塔細胞自身の増殖が止まった状態で過剰に残存しました。さらに司令塔の細胞集団が作り出すFGF8タンパク質が本来存在しない部位にまで分布してしまい、脳の領域化の異常を生じさせることがわかりました(図2)。これらの結果から、正常な脳の形成に必要な仕組みとして、司令塔の細胞集団の除去にアポトーシスが用いられていることが分かりました。

③ 今後の展望

 アポトーシスは胎児期の他の器官の司令塔の細胞集団でも起こっています。本研究によって明らかになった、脳最前端でのアポトーシスによる司令塔の細胞集団の細胞数調節と指令シグナルの切り替えの仕組みは、その他の器官でも、体作りの指令を円滑に切り替える方法として共通に用いられている可能性があります(図3)。発生の過程では、限られた時間の中で、次々に誘導現象(用語解説3)が進んでいきます。指令となるタンパク質の発現の切り替えはその鍵になる事象の一つです。細胞死による司令塔細胞の細胞数の調節は、遺伝子発現のスイッチを介するよりも迅速に指令として働くタンパク質の量を調節できる優れた方法なのかもしれません。
神経管閉鎖の異常は比較的頻度の高い先天性奇形の一つで、さまざまな原因が考えられています。細胞死不全による神経管閉鎖の遅延や指令分子の発現の乱れが神経管閉鎖異常の原因となっていることも示唆され、今後、細胞死調節という視点からの病態解明の進展も期待されます。

 本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「哺乳類初期発生の細胞コミュニティー」(公募研究代表者:山口 良文)、文部科学省科学研究費補助金基盤研究(S)「発生頑強性を規定する細胞死シグナルの解明」(研究代表者:三浦 正幸)と、科学技術振興機構(JST) CREST研究領域「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」(研究総括:永井 良三)における研究課題「個体における組織細胞定足数制御による恒常性維持機構の解明」(研究代表者:三浦 正幸)の一環として行われました。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Developmental Cell」
出版・発行: 2013年12月23日(米国東部時間正午)
論文タイトル:Local apoptosis modulates early mammalian brain development through the elimination of morphogen-producing cells

著者: Nonomura, K., Yamaguchi, Y.*, Hamachi, M., Koike, M., Uchiyama, Y., Nakazato, K., Mochizuki, A., Sakaue-Sawano, A., Miyawaki, A., Yoshida, H., Kuida, K., Miura, M.*(*:責任著者)

6.問い合わせ先:
東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 遺伝学教室
山口 良文(やまぐちよしふみ)助教、三浦 正幸(みうら まさゆき)教授

7.用語解説: 
1)アポトーシス:細胞が自分自身を破壊して死ぬ仕組み。アポトーシスの実行に必要な遺伝子が複数発見されている(アポトーシス実行遺伝子の発見に対しては、2002年にノーベル賞が授与されている)。
2)神経管閉鎖:ヒトを含むほ乳類の脳や脊髄は、神経板とよばれる神経幹細胞のシートが中心部で折れ曲がり、その両端が融合して形成する神経管をもとに形成される。この過程を神経管閉鎖とよぶ。
3)誘導現象:隣接した組織が、分泌性のタンパク質や接触を介して、相手側の組織の細胞分化に影響を与える現象。

8.添付資料: 資料はこちら

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