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希少難治性小児肝疾患の薬物治療の確立に光明 肝移植に代わる治療法へ向けて研究成果

希少難治性小児肝疾患の薬物治療の確立に光明
肝移植に代わる治療法へ向けて

平成26年2月14日

東京大学大学院薬学系研究科


1.発表者: 林 久允(東京大学大学院薬学系研究科 薬学専攻 助教)

2.発表のポイント: 
  ◆尿素を合成する仕組みに異常が生じる尿素サイクル異常症の治療薬であるフェニルブチレートが、患者数が極めて少ない子供の肝臓に関する疾患に有効であることを、患者を対象とした臨床研究(注1)により見出しました。
  ◆本疾患はこれまで肝移植が唯一の治療法でしたが、薬物による治療の可能性が明らかとなりました。
  ◆今後、治験(注2)を経て本疾患に対するフェニルブチレートの効能が追加承認されれば、肉体的、金銭的に負担の大きい肝移植に代わる新規治療法として普及すると期待されます。

3.発表概要: 
患者数が極めて少ないまれな疾患(希少疾患)の1つに、子供の肝臓に関する病気で、無治療の場合には思春期前に肝不全に陥り、死に至る難病があります。この難病は、進行性家族性肝内胆汁うっ滞症2型(Progressive Familial Intrahepatic Cholestasis type 2; PFIC2)と呼ばれ、Bile Salt Export Pumpと呼ばれる遺伝子の変異が原因となる疾患です。PFIC2に対する治療法は現状では、肉体的、金銭的に負担の大きい肝移植のみであることから、薬物による治療法の開発が切望されています。

今回、東京大学大学院薬学系研究科の林久允助教、楠原洋之教授らの研究グループは、獨協医科大学越谷病院、済生会横浜市東部病院と共同で、PFIC2患者を対象とした臨床研究を実施し、尿素を合成する仕組みに異常が生じる尿素サイクル異常症の治療薬として承認されているフェニルブチレートという医薬品が、PFIC2に対して治療効果を示すことを見出しました。フェニルブチレートの服用により、PFIC2患者の肝機能に関する生化学検査値(注3)は正常化し、PFIC2に特徴的な肝臓の病理組織学的所見(注4)である胆汁の色素が詰まった状態を表す胆汁栓、巨細胞性変化は著明に改善しました。

今後、治験を経てフェニルブチレートのPFIC2に対する効能が追加承認されれば、肝移植に代わるPFIC2の新規治療法として普及することが期待されます。

4.発表内容:
患者数が極めて少ないまれな疾患(希少疾患)の1つに、子供の肝臓に関する病気で、無治療の場合には思春期前に肝不全に陥り、死に至る難病があります。この難病は、進行性家族性肝内胆汁うっ滞症2型(Progressive Familial Intrahepatic Cholestasis type 2; PFIC2)と呼ばれ、肝細胞毛細胆管側膜に発現するBile Salt Export Pump(BSEP)の遺伝子変異が原因となり発症します。現在、PFIC2に奏効しうる唯一の治療法は肉体的、金銭的に負担の大きい肝移植であることから、薬物による治療法の開発が切望されています。しかしながら、BSEP遺伝子の変異がどのようなメカニズムでBSEPの機能低下を引き起こすかが不明であるため、治療薬の開発は進んでおりませんでした。

東京大学大学院薬学系研究科の林久允助教らの研究グループは、これまでの基礎研究において、PFIC2症例の60%以上では、肝細胞毛細胆管側膜におけるBSEP発現の減弱に伴い、肝細胞当たりのBSEP機能が低下していることを明らかにした後(Hayashi H, Hepatology 2005; 41:916-924)、独自の実験系を構築し、種々の既存医薬品の薬理作用を再評価することにより、尿素サイクル異常症の治療薬として使われているフェニルブチレートが、BSEPの細胞膜発現量を増加させることを見出していました(Hayashi H, Hepatology 2007; 45:1506-1516)。フェニルブチレートの薬理作用は、ラットにおいても確認され、フェニルブチレート投与群では、フェニルブチレートを投与していないコントロール群に比べて、肝細胞毛細胆管側膜におけるBSEP発現量が増強しており、BSEP機能も増加していました。また、尿素サイクル異常症患者の検体を用いたレトロスペクティブ解析(注5)では、フェニルブチレートの服用開始後に採取された肝組織、血液において、BSEPの発現量増加、ならびにBSEPの機能低下の指標となる血液中胆汁酸濃度の減少が観察されました(Hayashi H, Hepatology 2012;55:1889-1900)。以上の知見は、フェニルブチレートが、肝細胞毛細胆側膜のBSEP発現が減弱しているPFIC2症例に対して奏効する可能性を示すものですが、確かめられたことはありませんでした。

今回、林助教、楠原洋之教授らの研究グループは、フェニルブチレートのPFIC2症例に対する有効性、安全性を検証するために、獨協医科大学越谷病院、済生会横浜市東部病院と共同で、PFIC2患者を対象としたフェニルブチレートの用量漸増試験(注6)を実施しました。フェニルブチレートの投与量が尿素サイクル異常症に対する認可量より少ない試験期間中は、臨床所見、血液・生化学検査の改善は認められませんでしたが、認可量まで増量すると、肝機能の指標となる生化学検査値(血液中のAST、ALT、ビリルビン濃度など)が低下し始め、最終的には検査値が正常化しました。また、試験開始前、および終了時に行った肝生検サンプルを用いて実施した病理組織学的検査においては、フェニルブチレートの服用により、BSEP発現量が増加し、胆汁栓や巨細胞性変化といったPFIC2に特徴的な病理像が顕著に改善していることが確認できました。

本研究成果は、フェニルブチレートが、肝細胞毛細胆側膜のBSEP発現が減弱しているPFIC2症例に対する治療効果を示すものであり、今後、治験を経てフェニルブチレートのPFIC2に対する効能が追加承認されれば、肝移植に代わる新規治療法として普及することが期待されます。

本研究グループは現在、治験開始に向けた準備を進めています。本治験の参加にご興味をお持ちの方は、遺伝子変異検査などによる確定診断も併せて実施いたしますので、6.の問い合わせ先までご連絡ください。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「The Journal of Pediatrics」
論文タイトル:Improved liver dysfunction and relieved intractable pruritus after 4-phenylbutyrate therapy in a patient with progressive familial intrahepatic cholestasis type 2
著者:Sotaro Naoi, Hisamitsu Hayashi*, Takeshi Inoue, Ken Tanikawa, Koji Igarashi,
Hironori Nagasaka, Masayoshi Kage, Hajime Takikawa, Yuichi Sugiyama, Ayano Inui,
Toshiro Nagai, and Hiroyuki Kusuhara

6.問い合わせ先: 
東京大学大学院薬学系研究科 分子薬物動態学教室  助教 林 久允
Email: hayapi[at]mol.f.u-tokyo.ac.jp([at]を@に置き換えてください。)

7.用語解説: 
(注1)臨床研究:病気の予防や診断、治療方法の改善や、病気の原因を明らかにする等を目的とし、人を対象として実施される研究。
(注2)治験:医薬品、及び医療機器の製造販売に関して、薬事法上の承認を得るために実施される臨床試験。
(注3)生化学検査:病気の診断、治療の判定の目的で、血液中に含まれているさまざまな成分を分析する検査。
(注4)病理学的組織所見:生体より採取した組織から作成された顕微鏡標本において観察される形態的な変化。
(注5)レトロスペクティブ解析:研究を開始する時点から、過去の情報を遡って調査する研究
(注6)用量漸増試験:試験薬の用量を徐々に上げていきながら、その有効性を評価する試験方法

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