東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙の右側に紫の背景バックに書名

書籍名

明治の「性典」を作った男 謎の医学者・千葉繁を追う

著者名

赤川 学

判型など

240ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2014年9月11日

ISBN コード

978-4-480-01606-5

出版社

筑摩書房

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明治の「性典」を作った男

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明治の初頭、文明開化の掛け声のもとに、西欧から多くの医学的知識が日本に輸入されました。なかでも明治8年、『造化機論』(ゼームス・アストン著) を先駆けとする、性に関する啓蒙書は明治時代を通して日本人に広く読まれ、オナニー有害論や三種の電気説など、当時の性に関する知識や観念に大きな影響を与えました。
 
ところで、『造化機論』を訳述した千葉繁なる人物が何者なのか、どういう経緯でどうして『造化機論』の翻訳に関わるようになったのかは、ほとんどわかっていませんでした。本書は、『造化機論』の奥付などに残されたわずかな手がかりをもとに、千葉繁の人生を再構成しようと試みた「謎解き」の書です。
 
筆者はかつて『セクシュアリティの歴史社会学』という博士論文を執筆したとき、千葉繁の事績については、何もわかりませんでした。本書では、歴史学には詳しくない筆者自身が、見よう見まねで、官員録、浜松井上藩の分限帳、井上家の古文書などを探索することを通して、千葉繁の人生が少しずつ浮かび上がってきます。千葉繁は別名、千葉欽哉であり、浜松井上藩の藩医・千葉忠詮の次男として生まれ、幕末にはその地位を受け継いで浜松藩士・藩医となり、当時流行の英学も学びました。明治期の版籍奉還により、井上藩は千葉県鶴舞に転封となりますが、千葉繁はそれに付き従い、種痘医としての経験を積みます。しかし廃藩置県により失職。その後、明治5 (1872) 年に神奈川県庁職員となり、戸部監獄や横浜病院に医者として勤務します。ここで上司であった米国医師シモンズの薫陶を受け、『造化機論』の原著The Book of Natureの翻訳を手がけることになります。『造化機論』がベストセラーになり、類書が続々と世に出るようになっても、千葉は横浜に残り、当地の医学界創成期の中心人物の一人でありました。
 
このようにまとめてみると、千葉繁の人生は、特筆すべきこともない、幕末無名人のそれであったようにみえてきます。しかし本書の狙いは、謎に満ちた1人の医学者の人生を再構成することで、社会のありようや歴史の軌跡を描く、「本人の肉声なき、ライフヒストリー」というべき研究手法を探索することにありました。一時は一世を風靡した『造化機論』とその翻訳者が、その後、忘却されていく様を描くこと通じて、性に関する観念や、性と社会との関わりが変化する諸相を描こうとするのが、歴史社会学としての本書の試みです。単に過去の人物の事績を追求する方法や興奮を知るだけでなく、人物の歴史に刻まれた、時代や社会の特徴を描き出していく手法が存在することを、読者は学ぶことができるでしょう。筆者は今後も、第2、第3の『明治の「性典」を作った男』を研究し続けていくつもりです。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 赤川 学 / 2016)

本の目次

第1章 明治の性典『造化機論』の誕生
第2章 『造化機論』には何が書いてあるのか
第3章 千葉繁というミステリー
第4章 ここにいたのか、千葉繁
第5章 浜松藩の千葉繁
第6章 鶴舞藩の千葉繁
第7章 横浜の千葉繁
第8章 『造化機論』のあと
第9章 誰か千葉繁を知らないか -「セクシュアリティの近代」のゆくえ

関連情報

書評:
日本経済新聞ブックレビュー 井上章一氏・評 2014年10月23日
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO78681330R21C14A0NNK001/
 
朝日新聞 本郷和人氏・評 2014年11月09日
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2014110900008.html
 
HONZおすすめ本レビュー 栗下直也氏・評 2014年12月10日
http://honz.jp/articles/-/41008
 
現在ビジネス 2014年12月30日
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41610

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