東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙の上下に朱色の装飾が少しと、古書の写真が模様として入っている

書籍名

馬王堆出土文献訳注叢書 戦国縦横家書

著者名

大西 克也、 大櫛 敦弘

判型など

274ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2015年12月15日

ISBN コード

978-4-497-21513-0

出版社

東方書店

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戦国縦横家書

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1973年12月、文化大革命の混乱が続く中国において世界を驚かせた発見があった。湖南省長沙市郊外にある前漢初期 (前2世紀前半) の諸侯の家族の墓葬が発掘され、帛 (白絹) に書かれた12万字を超える写本群が出土したのである。出土地に因んで「馬王堆帛書 (ばおうたいはくしょ)」と名付けられたこの文献には、諸子百家の一つとして知られる『老子』の2種の写本の他、後世に伝わらなかった文献が多数含まれていた。軍事、卜占、医療、出産などにも及ぶ多様な内容は、被葬者が生きた前漢初期の思想文化や社会生活を現代に伝えるタイムカプセルである。私たちが訳注を施した『戦国縦横家書 (せんごくしょうこうかしょ)』はその中の一篇である。
 
秦が天下統一に向けて覇権を強めて行った戦国時代後半、同盟を結んで秦に対抗する合従策と、秦と結ぶ利を説く連衡策とが交錯する中、各国の利害を代表し、謀略を説きつつ全国を駆け回る縦横家と呼ばれる人々がいた。縦横とは「合縦・連衡 (横)」の略で、その代表格である蘇秦の書簡や弁論が、比較的オリジナルに近い形で収録されていたことが、本書の史料としての価値を決定づけた。当事者ならではの生々しい口調で語られる緊迫した国際情勢は、失われた歴史の一コマであるとともに、国の存亡と自らの生死をかけて外交に携わった人間のドラマでもあった。
 
二千年以上前の文献の解読とはどのような作業か。訳注を終えた今振り返ってみると、それは書き手が何を見て何を考え、テキストの一つ一つの文字を、なぜそう記したのかを検証するプロセスであったように思う。別の言い方をすれば、テキストが身に纏っていた空気を総体的に復元する作業でもあった。本書の解読から分かったように、蘇秦は斉国への復讐を期す燕王の意を受け、斉王に仕えた二重スパイであった。本書第四章は、微妙な立場ゆえ燕の信任を失いかけた蘇秦が、燕王に書き送った釈明の手紙である。自らの功績を強調するあまり、事件の時系列は大きく乱れている。このような文面を正確に理解するには、歴史的事実だけではなく、作者の立場や心情への目配りも不可欠である。本書は、中国語史・漢字学を専攻する私と、中国古代史学を専攻する大櫛敦弘氏との共著である。学問的背景に基づく解釈が異なることもあったが、妥協を排して議論を尽くしたことも、異分野のコラボならでの醍醐味だったと言えよう。
 
出版社が本書に用意してくれたキャッチコピーは、「戦国時代の書簡から中国外交の原点が見て取れる」であった。それはともかく、古典が現代を理解する縁となる背景には、人間の普遍性や文化の持続性が横たわっている。決して今だけが特殊な訳ではない。現代を相対化する俯瞰的な、余裕のある立ち位置は、歴史を振り返ることによってのみ手に入れることができる。過去と現在、そして未来へ続く架け橋としての役割を担うのは、古今変わらぬ人文学の重要な責務であろう。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 大西 克也 / 2016)

本の目次

凡例
解題
1 自趙獻書燕王章
2 使韓山獻書燕王章
3 使盛慶獻書於燕王章
4 自齊獻書於燕王章
5 謂燕王章
6 自梁獻書於燕王章 (一)
7 自梁獻書於燕王章 (二)
8 謂齊王章 (一)
9 謂齊王章 (二)
10 謂齊王章 (三)
11 自趙獻書於齊王章 (一)
12 自趙獻書於齊王章 (二)
13 韓𣊇獻書於齊章
14 謂齊王章 (四)
15 須賈説穣侯章
16 朱己謂魏王章
17 謂起賈章
18 觸龍見趙太后章
19 秦客卿造謂穣侯章
20 謂燕王章
21 獻書趙王章
22 謂陳軫章
23 虞卿謂春申君章
24 公仲倗謂韓王章
25 李園謂辛梧章
26 見■(にんべんに「⺷」と「廾」と書く)於梁南章
27 麛皮對邯鄲君章
あとがき
論著目録
索引 (人名・地名・書名・事項)

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