
書籍名
ロシア・シオニズムの想像力 ユダヤ人・帝国・パレスチナ
判型など
524ページ、A5判
言語
日本語
発行年月日
2012年1月24日
ISBN コード
978-4-13-016032-2
出版社
東京大学出版会
出版社URL
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イスラエルとパレスチナをめぐって繰り広げられてきた紛争は、不幸にもいまや中東紛争の古典ともいえるほど、1世紀前後の歴史を持つにいたっている。その発端となったのは、ユダヤ人のナショナリズムの一種であるシオニズムである。ホロコースト前の段階で、世界最大のユダヤ人口を抱えていたのはロシア帝国とその継承地域 (主にソ連とポーランド) である。その背景には、ホロコーストに至る反ユダヤ主義の激化があったことは間違いないが、その後のパレスチナでの展開を精査するためには、シオニズムが生まれた現場に立ち返って、さらに丁寧に検証する必要がある。それによって、反ユダヤ主義が具体的にどのように作用し、シオニズムを選択したユダヤ人がいかなる思いを抱えていたのかが見えてくるのである。本紛争を今から解決に導くことはかなりの困難が伴うことが予想されるが、少なくともそこから多くの教訓を得ることは人類にとって大きな課題である。
本書は、こうした問題に、膨大な一次史料、とりわけシオニストのロシア語定期刊行物や小冊子類から接近した。帝政期の非社会主義系のシオニズムに光を当てることで、パレスチナへの移住運動が1881年ポグロムなどへの初期段階での反発から発し広まったという従来の定説とは異なり、当時のロシア・シオニストは「ネーション」を主張したものの、それはパレスチナ「帰還」を直接に意図したものではなく、むしろロシアでの定住・地位向上を目指したものであったこと明らかにした。
第1章では、19世紀後半のロシア帝国史及びロシア・ユダヤ史と初期のシオニズム史を歴史的・社会学的に分析していった。後半では、そうした歴史的・社会的な連関のなかで、帝国のなかで、ユダヤ人が「賤民」としてではなく、「ネーション」として尊厳ある地位を得るための運動としてシオニズムが位置づけられている側面があったことなどを明らかにした。
第2章では、帝国という場でのいわば処世術として、「ネーション」として自らを呈示していく道が有効であるとシオニストが考えていたことを明らかにした。ユダヤ人が独立した「ネーション」であると認知されることで、ユダヤ人の帝国内での地位が向上し、政治的アクターとして認められ、また、ユダヤ人が他民族の傀儡であるという多民族国家ゆえに着せられる疑惑からも解放されると考えたのである。この検証で明らかとなったもう1つの点は、シオニストが他方で、ユダヤ的なものの内容をあえて不問に付していたということである。
第3章では、ユダヤ的なものが語られなかった要因を探ることで、第2章で示した側面の裏側を探った。本質主義的な言明が発生しやすい条件があったにもかかわらず、それが忌避されたことを確認したのち、シオニストのロシア語週刊紙において、「文化」の固定化、あるいは本質主義的なユダヤ人定義が忌避されていた原因を探っていった。
第4章では、以上の結果、シオニストがどのような「国際規範」を創り出していったのかを探究した。ポイントは「社会」という観点である。そこから、シオニストがパレスチナにどのような視角で切り込んでいったのか、あるいは切り込みえたのかを論じた。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 鶴見 太郎 / 2017)
本の目次
第1章 ロシア帝国におけるシオニズムの生成
第1節 ロシア帝国という場
第2節 ロシア帝国とユダヤ人
第3節 初期のシオニズム
小 括 目標としての「ネーション」
第2章 「ネーション」概念にはいかなる利点があったのか
第1節 帝政末期のロシア・シオニズムと『ラスヴェト』
第2節 ナショナリズムを分析する理論的視角
第3節 ドゥブノフとユダヤ・ナショナリズム
第4節 集団間アイデンティティとしての「ネーション」
第5節 『ラスヴェト』における本質規定の忌避
小 括 集団内 / 集団間アイデンティティの相互自律性
第3章 本質規定を忌避するナショナリズム
第1節 ナショナリズムと本質主義
第2節 シオニズムにおける「東」と「西」
第3節 「一人のユダヤ知識人の歴史」
第4節 民族の社会経済的基盤への注目
第5節 非ユダヤ人の影への反発
第6節 「ユダヤ社会」の「ルネサンス」
小 括 社会という位相
第4章 シオニズムの「想像の文脈」
第1節 ネーションの想像と文脈の想像
第2節 二〇世紀初頭のロシア・東欧における民族理論
第3節 ロシア・シオニズムにおける国家、民族、公共圏
第4節 シオニズムとパレスチナ・アラブ
小 括 シオニズムの「国際規範」の光と影
終 章 一九一七年 -- 消えた帝国、散っていった夢
第1節 一九一七年革命とシオニズム
第2節 結論