東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

イスラエルの国旗と子供たちのイラスト

書籍名

選書メチエ イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人がつくった国

著者名

鶴見 太郎

判型など

296ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2020年11月12日

ISBN コード

978-4-06-521571-5

出版社

講談社

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イスラエルの起源

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ハイテク産業で鳴らしているイスラエルは、軍事力が高く、好戦的な国としても知られてきた。なぜか。一般には、あるいは今日のイスラエル人自身にとっても、ホロコーストを二度と繰り返さないためにそうなっているという説明がしっくりくるだろう。しかし、イスラエルをつくったシオニストの自衛への意識は、ホロコーストが始まる前から十分に高くなっていた。ホロコースト以前の世界のユダヤ人口の中心はロシア東欧地域である。シオニスト運動はロシア帝国に始まり、当地出身のユダヤ人が思想的にも人材的にもシオニスト運動やイスラエル建国を引っ張ってきた。では彼らはなぜ自衛の意識を高く持ったのか。
 
本書は、その最終的なカギとなったのは、1917年のロシア革命によってロシア帝国が崩壊し、その結果生まれた権力の空白時代に吹き荒れたポグロムだったと見る。ユダヤ人を虐殺したりレイプしたり、商店や住居から略奪したりするポグロムは帝政時代にも起こっていたが、内戦期のそれは桁違いに凄惨な規模だった。
 
それまでは、実はシオニスト自身、ロシア帝国でユダヤ人がロシア人や他の人びとと共生していく未来を描いていた。パレスチナでの拠点は、あくまでもユダヤ人が、いわばパワーアップするための拠点として位置づけられていて、そこで力を得たユダヤ人はロシアでもさらに活躍し、自由な生活を送るはずだった。本書にもう1つの柱として登場する自由主義系のユダヤ人は、パレスチナの拠点さえ必要ないと考えていて、自らのユダヤ性とロシア性を相互補完的に融合させていた。
 
その詳細なメカニズムは本書の第1章で記したが、要点としては、本書は人はだれしも複数の側面を持っていて、民族性はその1つであると考える。ロシア・ユダヤ人は、ロシア的側面とユダヤ的側面を大かれ少なかれ持っていて、シオニストもそうだった。
 
しかしポグロムは、特にシオニストのあいだで、このロシア的側面に対する居心地の悪さを植え付けることになった。その側面を捨てた場合、残るはユダヤ的側面のみである。民族的な側面を自己のなかで一本化し、敵と味方という形で世の中を見るようになるという発想は、まさに軍事の論理ときわめて親和的である。パレスチナにおいてアラブ人から暴力的な反対にあったとき、彼らはこの発想の延長で、しかし、二度とポグロム的なものを繰り返さないという決意のなかでアラブ人と対峙することになった。
 
後にパレスチナ人と呼ばれるようになったアラブ人からすると、自らの故郷に我が物顔で入ってくる侵入者に対する抵抗であり、(旧) ロシア帝国で、偏見に基づいた妄想のなかでユダヤ人がスケープゴートになる構図とは大きく異なっていたはずだが、ポグロムを経験したシオニストの発想のなかでは同列に並べられてしまった。ここにパレスチナ問題の根源の1つを見出すとともに、そのまま建国されていったのがイスラエルであることを本書は提起している。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 鶴見 太郎 / 2021)

本の目次

はじめに
序 章 二種類のユダヤ人
第一章 内なる国際関係――自己のなかの複数の民族
1 リベラリズムとリアリズム
2 自己を分解して考える
3 諸側面の関係性
4 関係性の主要なパターン
5 関係性は何で決まるか
 
第二章 ユダヤ人とロシア帝国――様々な変化
1 マイノリティとしてのユダヤ人
2 近代における変化 (1)――思想的変化
3 近代における変化 (2)――社会経済的変化
4 近代における変化 (3)――政治的変化
 
第三章 「ロシア・ユダヤ人」の興亡――相互乗り入れするリベラリスト
1 「ロシア・ユダヤ人」というアイデンティティ
2 ユダヤ人と経済
3 ポーランドとの関係
4 ロシア人の反応
5 一九一七年革命とユダヤ人
6 内戦と亡命
 
第四章 ファシズムを支持したユダヤ人――リベラル・シオニストにとっての国家
1 ユダヤとロシアの邂逅
2 シオニストとしてのパスマニク
3 社会経済学的シオニズム
4 カデットのパスマニク
5 君主主義の亡命ロシア人
6 ロシアとユダヤの複雑な関係
 
第五章 民族間関係の記憶――ポグロムとパレスチナをつなぐもの
1 リベラリストとシオニストの論争
2 ポグロムの影
3 ポグロムの理解
4 ポグロムの記憶のパレスチナへの投影
5 ポグロム被害者のオリエンタリズム
 
第六章 相補関係のユダヤ化――シベリア・極東のシオニスト
1 シベリアのシオニスト
2 ハルビンへの亡命
3 シベリアとシオンの結節点
4 地方アイデンティティとユダヤ世界での自己完結
終 章 多面的な個が民族にまとまるとき
 

文献一覧
初出一覧
あとがき

関連情報

著者インタビュー:
第5回 鶴見太郎『イスラエルの起源~ロシア・ユダヤ人が作った国』 (ブック・ラウンジ・アカデミア 2021年3月31日)
https://www.youtube.com/watch?v=z1kxWExozUc

関連記事:
鶴見太郎「シオニズムとは何か――イスラエルの孤立化と軍事信仰の起源」 (SYNODOS 2016年7月26日)
https://synodos.jp/opinion/international/17133/

書評:
<本の棚> 川喜田敦子 評 (『教養学部報』第626号 2021年4月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/626/open/626-7-1.html
 
書籍紹介:
[出版]「イスラエルの起源」(鶴見太郎著) (『沖縄タイムス』 2021年2月11日)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/705755

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