東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

全体的に茶色の表紙、書名部分に黒で赤枠

書籍名

MINERVA 比較政治学叢書 3 専門性の政治学 デモクラシーとの相克と和解

著者名

内山 融、 伊藤 武、 岡山 裕 (編著)

判型など

348ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2012年3月10日

ISBN コード

978-4-623-06181-5

出版社

ミネルヴァ書房

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

専門性の政治学

英語版ページ指定

英語ページを見る

複雑化した現代社会においては、様々な専門性を活用することなしには有効な政策決定は難しい。経済政策にせよ、社会保障政策にせよ、科学技術政策にせよ、専門家の知見を無視した「素人判断」では適切な政策を打ち出すことはできないだろう。この政策をとるとこのような効果がある、といった専門家の判断をベースにすることで、長い眼で見た公益を実現していくことができる。
 
その一方で、専門家への依存は、民意を主とするデモクラシーとは相反することがある。たとえば、公益を実現するものとして専門家が提案した政策が、国民の多数の意思とは異なってしまうことが多々ある。多くの国で、財政破綻を招くおそれが指摘されつつも「バラマキ」的政策が存続しているのはこのためである。
 
このように、専門性とデモクラシーとの間には「相剋」と「和解」の両面が存在するのである。本書では、専門性とデモクラシーの関係の多義性に配慮しつつ、先進諸国の政策決定を分析することを通じ、政治における専門性の役割を解明する。本書は、本研究科の高橋直樹教授 (当時。現名誉教授) ・内山融教授を中心とした共同研究プロジェクトの産物である。
 
本書が扱う国 (地域) は、日本、英国、イタリア、EUなどと多岐にわたる。分析手法も、比較政治学的手法、歴史的手法など様々である。以下、いくつかの章を取り上げて紹介したい。
 
第3章「日英の経済政策形成と専門性の役割」(内山融) は、日本と英国の経済政策形成における経済専門家の役割を比較している。英国では経済専門家が政策形成に大きな役割を果たしているのに対して日本では比較的にその役割が小さかったことについて、両国の政治制度の凝集性という観点から説明を行っている。また、小泉政権後の日本で経済専門家の役割が増大しつつあることも、政治制度の変化によって説明できるとする。
 
第4章「権力からの逃走?」(伊藤武) は、戦後イタリアにおけるテクノクラート政治を扱っている。同国ではしばしばテクノクラートに大きな期待が寄せられてきたが、本章は1940~50年代の金融政策を事例として、経済テクノクラートの役割を実証的に示している。すなわち、テクノクラートを政策志向・改良志向の合理的存在としてのみ見るのでなく、権力を追求し、周囲との取引や妥協も辞さない政治的アクターとして位置付けた上で、中央銀行総裁などのテクノクラートが自律性回復のために活動した過程や、金融政策・産業政策を主導した過程、その自律性が浸食されていった過程を描き出している。
 
第9章「ブレア・スタイルとデモクラシーのゆくえ」(高橋直樹) は、英国のブレア政権における専門家の役割とそのデモクラシーの関連を分析する。ブレア首相は、政府外の専門家を特別アドバイザーとして登用し、内閣や官僚制をバイパスするトップダウン的な決定を好んだが、このようなブレア・スタイルは、政策決定の質や決定についての政治責任を軽視することとなり、デモクラシーを大きく傷つけたと本章は指摘する。
 
本書ではその他、EUの政策過程、日本の医薬品行政や金融行政、日米金融交渉などのテーマが扱われている。本書を通じて、専門性とデモクラシーの微妙な関係について理解を深めていただければ幸いである。

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 内山 融 / 2017)

本の目次

第I部 総合論からみた専門性
第1章 専門性の政治学に向けて (伊藤 武 / 内山 融)
    —— デモクラシーと専門性の関係を軸に
 1 現代デモクラシーにおける政策形成と専門性
 2 本書の分析射程
 3 比較政治学への貢献

第2章 専門性研究の再構成 (岡山 裕)
 1 「共通のラベル」を越えて
 2 専門性および専門家概念の再検討
 3 政治のなかの専門家
 4 専門家の行動様式
 5 専門性研究の成熟に向けて

第II部 政治体制のなかの専門性
第3章 日英の経済政策形成と専門性の役割 (内山 融)
    —— 政府エコノミストを中心として
 1 専門家が役割を果たす条件
 2 経済政策形成への専門家の参画
 3 分析枠組み
 4 日英の相違はいかに説明されるか
 5 小泉政権以降の変化
 6 専門性のゆくえ

第4章 権力からの逃走? (伊藤 武)
    —— イタリア戦後体制の形成とテクノクラート政治
 1 テクノクラートの役割と評価
 2 イタリアにおけるテクノクラート神話と専門性
 3 テクノクラート論とテクノクラート神話の構造
 4 戦後再建とテクノクラート —— 1940年代後半
 5 経済発展とテクノクラート —— 1940年代末~1950年代
 6 神話化と脱神話化のパラドクス

第5章 EUにおける専門性とテクノクラシー問題 (川嶋周一)
    —— コミトロジーとデモクラシーの関係をめぐって
 1 EUにおける専門性の政治
 2 EU政策過程と専門性
 3 コミトロジー・システムの成立
 4 コミトロジーの定着と制度改革
 5 専門性の政治から政治化された専門性へ?

第III部 政策過程のなかの専門性
第6章 医薬品行政における専門性と政治過程 (藤田由紀子)
    —— 合意形成が困難な行政領域での役割
 1 アクター間の合意形成が難しい分野の専門性
 2 医薬品行政の特徴
 3 医薬品承認審査における専門性の内容
 4 専門性による組織の正統性の補完?
 5 「専門性」をめぐる政治過程
 6 専門性活用のための残された課題

第7章 日本の金融検査行政と「開かれた専門性」(伊藤正次)
    —— その態様と可能性
 1 行政における「専門性」
 2 日本の金融検査行政の構造
 3 金融検査行政における「専門性」
 4 「開かれた専門性」への可能性

第8章 専門家の国際ネットワークと金融交渉 (杉之原真子)
    —— 日米政府間交渉における「専門家」の権限
 1 日米金融交渉と専門性
 2 国際交渉における「専門家」としての官僚と権限委譲
 3 日米金融交渉と「専門家」の国際的ネットワーク
 4 日米金融交渉の事例研究
 5 権限委譲と政策結果
 6 専門家の国際的ネットワークの役割

第IV部 デモクラシーと専門性
第9章 ブレア・スタイルとデモクラシーのゆくえ (高橋直樹)
    —— 強大な首相権力にみるトップダウンの影響
 1 伝統スタイルとの摩擦
 2 ブレア・スタイルの政府
 3 権力の集中
 4 ブレア・スタイルの代償
 5 デモクラシーの不足とその治療法

第10章 専門性とデモクラシーの文脈化 (伊藤 武)
    —— 発展と変容
 1 デモクラシーのなかでの専門性
 2 歴史的前提 —— デモクラシーの発展と専門性の変容
 3 戦後デモクラシーと専門性——専門性の政治化・非政治化
 4 非政治的専門性をめぐる政治競合

あとがき
索引

このページを読んだ人は、こんなページも見ています