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白い表紙に赤い雲状の模様

書籍名

岩波新書 モラルの起源 ― 実験社会科学からの問い

著者名

亀田 達也

判型など

208ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2017年3月22日

ISBN コード

978-4-00-431654-1

出版社

岩波書店

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モラルの起源

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人のもつ価値や倫理、モラルといった、人文社会科学が数千年に亘って積み重ねてきた人間本性に関わるさまざまな知恵 (wisdom) は、自然科学の知識 (knowledge)、つまり、脳科学や進化生物学、霊長類学、行動科学、情報科学などが明らかにしてきたさまざまな経験的事実とどう関わるのか。本書は、社会性、利他性、共感性、正義をテーマに、モラルに関わる人文知が自然知と隔絶したものではなく、互いに豊かな関わり合いを持ち得る可能性を探る「文理融合」の試みである。
 
本書を執筆するうえで大きな契機となったのが2016年の米大統領選だった。そこでは、政敵や移民・外国についての攻撃的な発言が、リベラルやエリートへの反発のなかで人々の感情や信念に訴え、客観的な事実を無視した「脱真実」(post truth) としてインターネットで増幅した。同時にリベラルの候補者も対立候補支持者を「嘆かわしい」と高みから切り捨てた。筆者にとって、モラルをめぐる社会の「部族的分断」が、よく知っていると勝手に思い込んでいた「あのアメリカ」で、これほど大きなスケールで噴出したことは強い衝撃だった。米大統領選挙は、「それぞれのモラル」とその基盤について、改めて考えさせられる契機となった。
 
本書では、モラルの起源を論考するうえで、「実験社会科学」というアプローチを紹介した。実験社会科学という言葉は、多くの人々にとって、まったく耳慣れないものだろう。事実、そのような学問領域は、日本はもとより、世界のどこにおいてもいまだに1つの確立したディシプリンとしては存在していない。実験社会科学とは、人の行動や社会の振る舞いを、広義の実験とモデル構築を軸に、個別学問分野の壁を超えて組織的に検討しようとする、現在進行形の運動である。ゲーム理論が社会科学の共通言語となったこと、適応や進化の視点が広く受け入れられるようになったことは、過去10年ほどの間に、こうした動きを加速している (拙著『「社会の決まり」はどのように決まるか』、勁草書房、フロンティア実験社会科学第6巻も参照されたい)。
 
脱真実の時代に「モラル」や「正義」を論じることには幾重にも緊張と含羞を伴う。とは言え、「今・ここ・私たち」に支配されがちなヒトの心を所与として、いかに「未来・あちら・彼ら」を含む人の社会を設計するのか、また人文社会科学はそのことにどう向き合うのか ― この喫緊の問いに対して、実験社会科学に課せられた責任は極めて大きい。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 亀田 達也 / 2017)

本の目次

はじめに

第1章 「適応」する心
  1. 生き残りのためのシステムとしてのヒト
  2. 適応環境としての群れ

第2章 昆虫の社会性、ヒトの社会性
  1. 群れを優先させるハチ
  2. 個人を優先させるヒト

第3章 「利他性」を支える仕組み
  1. 二者間の互恵的利他行動
  2. 社会的ジレンマと規範・罰
  3. 情と利他性

第4章 「共感」する心
  1. 動物の共感、ヒトの共感
  2. 内輪を超えるクールな共感

第5章 「正義」と﹁モラル」と私たち
  1. セーギの味方の二つの疑問
  2. いかに分けるか――分配の正義
  3. 社会の基本設計をめぐって――ロールズの正義論
  4. 正義は「国境」を超えるか?

おわりに
主要引用文献
 

関連情報

書評:
毎日新聞「今週の本棚」2017年4月23日朝刊
週刊東洋経済「新刊新書サミングアップ」2017年4月15日
朝日新聞「読書」2017年5月7日朝刊
週刊エコノミスト「Book Review」2017年5月23日号
山梨日日新聞「読んでナルホド」2017年5月21日朝刊
日経サイエンス「森山和道の読書日記」2017年7月号
北海道新聞「卓上四季」2017年5月24日朝刊
文藝春秋「今月買った本」2017年7月号
教職ネットマガジン「今週の一冊」2017年6月26日
東京新聞「東京エンタメ堂書店」2017年9月18日
 
受賞:
2017年日本社会心理学会出版賞
http://www.socialpsychology.jp/award/award.html
 

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