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ターコイズブルーの表紙

書籍名

ひつじ研究叢書 <言語編> 第142巻 日本語史叙述の方法

著者名

大木 一夫、多門 靖容 (編)

判型など

A5判、上製函入

言語

日本語

発行年月日

2016年10月

ISBN コード

978-4-89476-797-3

出版社

ひつじ書房

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日本語史叙述の方法

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個別的な事実の掘り起こしについては、あらかたのところが完了し、研究の局面が次の段階に入りつつあるのは、人文科学研究に属する歴史的研究に一般的な状況だと思われるが、日本語史についても、また例外ではない。
 
では、その「次の段階」とは具体的にはどのようなことが考えられるかというと、一つには歴史的変化が「なぜ」起こったのかに答えていくこと、もう一つには、個別的な事実どうしをつなぐ糸を見つけ出し、動態としての歴史を紡ぎ上げることである。たとえて言えば、博物館に「陳列」された歴史を越えて、事実と事実が一連の動きとしてつながった、映画のような歴史を描き上げることである。
 
日本語史の場合も、ご多分に漏れず、訓点資料・抄物資料・キリシタン資料などの新たな言語資料の発見と、主だった言語変化事象の発掘が相次いだ「黄金期」のあと、暫くの停滞期があったことは否めない。しかし、近年になって、中堅・若手研究者が中心となって、それぞれの分野で、上に述べたような新局面の研究状況が開拓され始め、日本語史研究にとって「おもしろい」時代になりつつある。
 
上に、「それぞれの分野」と述べた。日本語史研究のかつての「黄金期」には、日本語史研究者はそれぞれ、「奈良時代語」「平安時代語」「中世語」「江戸時代語」というように、自分の専門の範囲を時代によって区切っていた。その時代の言語資料に精通するためにも、事実発掘の時代には、それが最も効率的な方法でもあったからである。しかし現在では、日本語史研究者のほとんどはその専門を問われれば、「音声・音韻史」「文法史」「語彙史」「文体史」「文字・表記史」のように、分野による区切りによって答える。そのような意識変化が起こってからも、なお暫くは事実発掘に汲々とする状況が続いた面があり、そこでは悪く言えば「落ち穂拾い」的な研究が量産されたという意味で、先に停滞期、と言ったのである。
 
しかし、漸くその状況が転回しつつある。多くの中堅・若手研究者が、それぞれの専門分野について、歴史的変化の背後にある原理や、変化の有機的連関の解明に取り組みつつある。本書は、まさにそうした研究に取り組みつつある研究者が、自らの研究の「手の内」を明かして、こうした研究の更なる発展を促そうという意欲の下にまとめられたものである。
 
本書のもとになったのは、2013年10月に行われた日本語学会のシンポジウムである。シンポジウムでは、音韻史の肥爪周二氏 (本学人文社会系研究科)、文法史の青木博史氏 (九州大学)、文字・表記史の矢田 (本学総合文化研究科、当時は大阪大学) がそれぞれの分野における言語史叙述の方法と課題について展望を述べたのであるが、更に文体史・語彙史を加え、各分野二名以上の研究者の論を集成したのが本書である。
 
言語は、その中に性質の異なる多くの要素を宿し、歴史的変化のあり方もまた様々である。例えば、人為的な意図が入り込みにくい音声・音韻史と、極めて意識的な行為から生み出される文字・表記の歴史とでは、その原理は大きく異なる。そこが言語史研究の難しさでもあり、おもしろさでもある。それを統合して、新しい「日本語史」を完成させるのというのは遠大な目標であるが、本書がそれに取り組みたい次世代の研究者の指標となることを願っている。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 矢田 勉 / 2018)

本の目次

はじめに
言語史叙述の構造 (大木一夫)
行為要求表現「~なさい」の成立に関する一考察 日本語史記述における「視座」の確認 (福島直恭)
文法変化の方向と統語的条件 (小柳智一)
音韻史 拗音をめぐる2つのストーリー (肥爪周二)
ハ行子音の脱唇音化 個別言語の特色と音韻史 (高山知明)
言語史叙述と文字・表記史叙述 その共通点と相違点 (矢田 勉)
古代日本語書記史の可能性 (乾 善彦)
日本語文法史の再構をめざして 「二段活用の一段化」を例に (青木博史)
否定疑問文の検討を通じて考える近世語文法史研究 (矢島正浩)
日本語史叙述の方法 語彙史 (小野正弘)
語史研究の方法(鳴海伸一)
文体史はいかに可能か (山本真吾)
歌の表現史 萬葉集と古今集 (多門靖容)
あとがき
執筆者一覧
索引
 

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