東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙、カラフルな図形、ひらがな

書籍名

日本語の格表現

著者名

木部 暢子、竹内 史郎、下地 理則 (編)

判型など

310ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2022年3月24日

ISBN コード

978-4-87424-891-1

出版社

くろしお出版

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

日本語の格表現

英語版ページ指定

英語ページを見る

「花子が 本を 読む」という文では、助詞「が」によって、「花子」が「読む」主体でありこの文の主語であること、助詞「を」によって、「本」が「読む」対象でありこの文の目的語であることが示されている。日本語のこれらの助詞のように、名詞句が述語などに対してどのような意味的・文法的関係にあるかを表す形態的な手段を、格 (case) と呼ぶ。
 
現代標準語、特に改まった書き言葉では、「雨が降る」「花子が本を読む」のように、自動詞文・他動詞文の主語は助詞「が」、他動詞文の目的語は助詞「を」を付けて表される。だが、くだけた話し言葉では「花子が 読む」のように目的語は無助詞で表されることが多く、自動詞文の主語も「あ、 降ってきたよ」のように無助詞になることがある。さまざまな地域の方言を見ると、主語に「の」、目的語に「ば」「ごと」など異なる助詞を使う方言や、「花子 読む」のように他動詞文の主語も無助詞で表せる方言もある。また、古代の日本語では、主語や目的語は無助詞で表されることが多かった。助詞ガはもともと「人麻呂が歌」(人麻呂の歌) など連体修飾を主機能としていたが、後に主語を表すようになったことが知られている。
 
こうした日本語諸方言の格の多様性や、日本語の格の歴史については、これまでも個々の言語事実として記述・考察されてきた。しかし、同じ方言や時代において、主語や目的語をどう表すかに複数の手段 (助詞の有無や種類) がある場合、その使い分けの基準には不明な点が多い。さらに、諸方言・時代を通じて、格体系や変化に何か共通の原理が見出せるのか、言語一般から見て日本語の格体系はどのような特徴を持つのかといったことも、明らかになっていない。
 
現代標準語において、主語は、それが文の主題 (topic. 説明・解説が与えられる事柄) である場合、「花子は何をしているの?」「花子は本を読んでいるよ」のように助詞「ワ (は)」で表され、助詞ガが用いられるのは、「あ、花子がいる」、「誰が行く?」「花子が行く」など、主題ではない主語の場合である。主語や目的語をどう表すかという問題には、こうした「情報構造」(information structure) と呼ばれるレベルでの構造が関わっているが、その関わりかたも時代や方言によって異なるようである。
 
本書は、こうした問題意識にもとづき、日本語の格のしくみと原理を、古代日本語と現代諸方言も含めて明らかにしようと試みたものである。第1部「古代日本語の格」、第2部「日本語方言の格」、第3部「日本語の格と言語類型論」の3部、全13章で構成される。これら13章は互いに独立した論考であり、読者はどの章から読みはじめてもよい。ただ、上で触れた、主語や目的語の無助詞標示、情報構造と格との関係など、多くの章に共通する論点があり、複数の章を合わせ読むことで理解が深まるだろう。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 小西 いずみ / 2022)

本の目次

第1部 古代日本語の格
 第1章 古典語の格標示に関する諸問題 (小田 勝)
 第2章 古代日本語における「問ふ」を述語とする構文の格標示法の変化について (後藤 睦)
 第3章 上代語の主文終止形節における格配列、相互識別、無助詞現象 (竹内史郎)
 
第2部 日本語方言の格
 第4章 本州方言における他動詞文の主語と目的語の区別について
  ――京都市方言と宮城県登米町方言の分析 (竹内史郎・松丸真大)
 第5章 富山市方言における格成分のゼロ標示
  ――二重対格相当構文が可能になることに着目して(小西いずみ
 第6章 九州方言の格表現――熊本市方言と博多方言の基本配列を中心に (坂井美日)
 第7章 宮崎県椎葉方言 格の諸相――与格を中心に (金田章宏)
 第8章 宮崎県椎葉村尾前方言における形容詞述語文の格標示 (下地理則・松岡 葵・宮岡 大)
 第9章 日本語諸方言の主語・目的語の格標示形式 (木部暢子)
 
第3部 日本語の格と言語類型論
 第10章 日琉諸語の格体系――概観と類型化 (下地理則)
 第11章 南・田窪の4段階説と格・焦点表現――談話情報との関連から (金水 敏)
 第12章 日本語方言の斜格 (佐々木冠)
 第13章 言語類型論から見た日本語の格 (風間伸次郎)

関連情報

本書の母体となった研究プロジェクト「国立国語研究所共同研究プロジェクト」:
「消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究」(2009-2015年度)
https://www2.ninjal.ac.jp/past-projects/endangered/
 
「日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成」(2016-2022年度)
https://www.ninjal.ac.jp/research/cr-project/project-3/institute/endangered-languages/
 
「日本の危機言語――日本の消滅危機言語の音声データを紹介するサイト (危機言語データベース) 」
http://kikigengo.ninjal.ac.jp/index.html

公開講座:
NEW 第13回東京大学文学部公開講座「日本語の方言 ─過去・現在・未来─」 (東京大学本郷キャンパス法文2号館1番大教室 2023年6月24日) ※要事前申込
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/events/z0105_00032.html

このページを読んだ人は、こんなページも見ています