東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

少年2人と山のイラスト

書籍名

岩波ジュニア新書 国語をめぐる冒険

著者名

渡部 泰明、平野 多恵、 出口 智之、 田中 洋美、仲島 ひとみ

判型など

238ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2021年8月20日

ISBN コード

9784005009381

出版社

岩波書店

出版社URL

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国語をめぐる冒険

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国語という教科を、どんな力の養成に向けて、どういう中身にしてゆくのか。そんな議論がかまびすしい。
 
はい、大変けっこうなことですね。日本語を使い、学ぶことを通じて、さまざまな力を養えるはずだという信頼が、白熱する議論の裏側に感じられます。これが、明治維新後や第2次大戦後に一部で考えられたように、日本語を全廃して別の言語を採用するなんてことになっちゃ大変だ。第一言語そのままで、高度に抽象的な概念や複雑な論理も扱え、政治経済や社会の仕組みも報道・議論でき、ちょっと勉強すれば1,300年前の自国の文章も読め、もうちょっと勉強すれば2,500年前の大陸の文章だって (いちおう) 読めるというのは、本当にありがたいことなのですから。
 
制度設計や方針をめぐる、大所高所からの議論はもちろん必要です。でも、それについては本コーナーで別に紹介されている、阿部公彦ほか『ことばの危機―大学入試改革・教育行政を問う』をお読みください。本書の筆頭著者である渡部泰明が、以前所属していた文学部からのメッセージです。
 
それはそうとして、人が動くにはやっぱり目的が必要です。なぜ、何のために国語を勉強するのか、国語を勉強するとどうなるのか。目的や効果ばかり強調すると、どうも殺伐としてきますけれど、でも何の見通しも示さず闇雲に押しつけても、教えられる側にやる気は出ませんからね。教える側だって出ないかもしれない。
 
学習指導要領を読め……は無理ですね。中高生にあれを読んでもらう、その動機づけのほうが大変だ。いいことも書いてあるんですよ。高校国語科の目標の筆頭、「生涯にわたる社会生活に必要な国語について,その特質を理解し適切に使うことができるようにする」なんてすばらしい。いまの高校生たちが生きる将来、社会はさらにグローバル化するでしょう。そのなかで、日本語がほかの言語といかに切り結び、なぜこういう形になってきたのかという特質の理解を通じ、言語から自分たちの立ち位置を相対化できるようになるのは、とても大切なことです。同時に、複雑で多様な社会において、言葉に乗せられた他者の思いを汲み取り、また他者に配慮した言葉を使うことで、誰しも生きやすい環境の実現に寄与できたら、それこそ国語の最高に適切な使いかたでしょうね。すくなくともぼくは、「社会生活に必要な国語」の特質理解と適切な使用とはそういうことだと、勝手に思っています。
 
というわけで、そんなふうなぼくたちが考える国語を学ぶ意味、国語から生まれる可能性について書いてみたのが本書です。言葉の持つ力を知り、それを助けに成長してゆく。言葉を手がかりに自分自身を見つめる。他者の言葉と向きあい、人間理解を深める。言葉を使って思いや考えを他者に届ける。そして、上に書いたように、日本語という「国語」の成り立ちと性質を知ることで、他言語話者への理解や新しいつながりをはかる。どれも間違いなく、国語が持つ大きな現代的意義です。
 
国語はけっして、役に立たない趣味的な教科でも、古色蒼然たる知識の詰め込みでもありません。自他の人間理解とコミュニケーションとを通じて、時には古い自分を壊しながら、次世代の自立した社会人や国際人への成長を可能にする、「実学」にほかならないのです。
 
いままさに国語を学ぶこと、学んできたこと、そして教えることに疑問や悩みを感じているかた、そんな本書をぜひお読みくださいませ。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 出口 智之 / 2022)

本の目次

はじめに
 
第一章 国語は冒険の旅だ……………渡部泰明
願いは、何?/国語って何を勉強するの?/虹の根もとを探す人/なぜ偶然なのか/境界という場所/冒険者、登場/僕なんていらない!?/八橋という異世界/言葉を武器にせよ/言葉の魔力/すみだ河の都鳥/昔の日本列島はどんなイメージ?/境界の空間/都鳥、現る/命の、危うさ/感動が壁や殻を取り払う
 
第二章 言葉で心を知る……………平野多恵
わたしの心は、どうやったら見える?/占うって何?――隠されたものをあらわす/言霊の力――歌の呪文とお告げ/こんなふうに占った――室町時代の和歌占い/占う前に大切なこと――〈問い〉を立てる/和歌占いにチャレンジ!/歌を読み解く――見えない心と見える景色/心と言葉の深い関係――「むかつく」と「かわいい」の向こうへ/正解は一つじゃない――そして冒険は続く
 
【コラム】 「文法を勉強してどうなるの?」前編
 
第三章 他者が見えると、自分も見える……………出口智之
なぜ国語で小説を学ぶのか?/物語の裏側を読む/「山月記」の謎――発端/種本「人虎伝」と中島敦「虎狩」/李徴は噓をついている!/人はなぜ噓をつくの?/文学者、李徴/小説から人間を理解する/柔軟な発想力を養う/他者が見えると、自分も見える
 
【コラム】 「文法を勉強してどうなるの?」後編
 
第四章 言葉で伝え合う……………田中洋美
言葉につまずく/「わかりやすさ」を疑う/「わかりにくさ」と向き合う/書けない理由を整理する/「自由」の不自由さ/「つまずき」のち「ひらめき」/言葉で伝える「きっかけ」/本当の「きっかけ」を見つけよう/できごと×心の動き/題材を選ぼう/モノを見つめて気づくこと/「心の動き」から伝えたいことをつかもう
 
【コラム】 「旧字より新字が難しい!?」
 
第五章 言葉の地図を手にいれる――そして新たなる旅立ちへ……………仲島ひとみ
国語って何だろう?/個人の言葉と国家の言葉/日本の「国語」ができるまで/どこまで国語? いつから国語?/消滅の危機にある言語/ろう教育と言語権/境界を越えて
 
深掘りしたい人へのオススメの本
参考文献
 

関連情報

書評:
安藤宏 (東京大学教授) 評「なぜ国語に文学 情報化社会にこそ求められる異質な他者に触れ、心情思う奥深い知性 東京大学教授・安藤宏」 (『朝日新聞』 2022年1月22日)
https://book.asahi.com/article/14528781

松尾葦江 評 (中世文学漫歩 2021年9月1日)
https://mamedlit.hatenablog.com/entry/2021/09/01/123448
 

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