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ピンクの筆跡の表紙

書籍名

日本語ライブラリー 現代語文法概説

判型など

184ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年11月1日

ISBN コード

978-4-254-51618-0

出版社

朝倉書店

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現代語文法概説

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現代語文法は、近年では文法全体を統括する理論が提示されることはなくなって、研究分野ごとに専門分化が進み、その分野ごとに独自の理論が提示されている。研究者もそれぞれの分野ごとの専門家が存在しているのが現状である。編者は、そのような現状を踏まえて、文法研究の現段階を最も忠実かつ正確に紹介する概説書を編むとすれば、それぞれの研究分野の第一人者に、自由に自分の研究分野を紹介してもらうのが最善の方法であると考えた。そして実際にそれらの方々にお願いしたところ、全員から快諾をもらうことができた。こうして、編者が最も理想的と考える現代語文法概説書を公刊できる運びとなった。
 
さて各章の構成であるが、まず第1章は編者自身による、文法研究の現状に至る歴史的な経緯の概観である。編者は近代以降の文法研究を三期に分けて考えているが、第一期の草創期を経て、山田孝雄の『日本文法論』が刊行された1908年以降を第二期と考える。この時期、陳述論を中心とした全体理論が展開される。その陳述論も北原保雄の『日本語助動詞の研究』(1981) で終焉を迎え、一方新しい文法研究の流れが仁田義雄の『語彙論的統語論』(1980) を皮切りに展開されるようになったので、それ以降を第三期と考える。その特徴は先に示したように専門分化が進み、研究分野ごとに独自の理論が展開されてきた。
 
さて専門分化した研究分野といっても、かつてのように動詞・名詞・助詞・助動詞といった品詞によって研究分野が分割されるのではない。言語には、中でも文法には様々な側面があるが、理論的に一括して論じることができる領域を一つの研究分野とするもので、その中には伝統的な英文法の研究分野でもある、ヴォイス (受動態・使役態・可能態など)、テンス (過去時制・現在時制・未来時制)、アスペクト (完了相・進行相など)、モダリティ (推量法・命令法・疑問法など) も含まれる。第2章から第4章までは、この分類法に従っているが、それぞれ理論的進展のありさまが提示されている。
 
また日本語の特徴としてしばしば問題にされる「は」と「が」との違いも、話し手と聞き手とが何を知っていて何を知らないかを問題にする情報構造という土台の上で議論されるようになり (第5章)、従来は副助詞と呼ばれていたものも、限定や添加といった意味を”副える“ものでなく、”範列的“(ソシュールの術語) な含意を持つものとして名称も「とりたて詞」と面目を一新した (第6章)。さらに指示詞も従来のように話し手からの距離 (近・中・遠) だけでなく、話し手と聞き手とが対立しているのか融合しているのかも関わっていることが明らかになり (第7章)、条件表現に関しても従来の順接・逆接、仮定・確定にとどまらない詳細な分類が行われている (第8章)。従来連用のさまざまな型は承知されていたが、連体にも”ウチの関係“”ソトの関係“と呼ばれる型があることが解明され (第9章)、否定表現は単純に肯定表現のひっくり返しではなく、潜在的な肯定的内容との対立の上に成立していることが示される (第10章)。そしてノダ文を中心とする形式名詞述語文は、実質的な意味に関わるものではないが、それがないものとは異なる独自の機能を果たすものであり (第11章)、近年注目されることの多い、コミュニケーションにおける言語表現の機能を考える、文文法を越えた文の範囲を超える語用論にも目を配る (第12章)。最後に近年の文法研究には、大量の用例調査が不可欠になってきたことを受けて、データ処理の方法を簡潔にまとめている (第13章)。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 井島 正博 / 2023)

本の目次

第1章 現代語文法概説序論 〔井島正博〕
 1.1 近代以降の日本語文法研究 
 1.2 本書の構成
第2章 ヴォイス 〔早津恵美子〕
 2.1 受身文・使役文を使うとき 
 2.2 動詞の形態論的な形とそれを述語とする文の主語の性質
 2.3 原動文・受身文・使役文による事態把握
 2.4 テモラウ文のヴォイスにおける位置づけ
 2.5 日本語のヴォイスの射程
 2.6 形態的な対応のある他動詞と自動詞
 2.7 おわりに
第3章 テンス・アスペクト 〔井上 優〕
 3.1 テンス(時制)
 3.2 アスペクト(相)
 3.3 テンス・アスペクトと否定
 3.4 日本語のテンス・アスペクトの特徴
  アスペクトの基本的性格、動詞の意味との関係/日本語の状態形の意味範囲の広さ/非状態形と状態形の意味/過去形の使用のタイミング
第4章 モダリティ 〔宮崎和人〕
 4.1 文の本質的な特徴とモダリティ
 4.2 動詞のムード
 4.3 文の通達的なタイプとモダリティ
 4.4 認識的な文のモダリティ
  認識的な文の概観/叙述文のモダリティ/疑問文のモダリティ
 4.5 意志表示的な文のモダリティ
  意思表示的な文の概観/希求文のモダリティ/命令・勧誘文のモダリティ
 4.6 モダリティの副詞
第5章 「は」と「が」 〔野田尚史〕
 5.1 「は」と「が」の違い
 5.2 「は」は主題を表す
 5.3 「が」は主語を表す
 5.4 「は」が使われる文
 5.5 主題になりやすい名詞
 5.6 「が」が使われる文
 5.7 主題にならない名詞
 5.8 節の中の「は」と「が」
 5.9 対比を表す「は」と排他を表す「が」
 5.10 日本語以外の言語の「は」と「が」
第6章 とりたて詞 〔沼田善子〕
 6.1 とりたて詞の統語特徴
 6.2 とりたて詞の意味
  とりたて/基本的意味特徴
 6.3 とりたての焦点
 6.4 とりたての作用域
 6.5 おわりに
第7章 指示詞 〔岡﨑友子〕
 7.1 指示詞の用法
 7.2 指示詞研究史
  直示用法(指示領域)の論争/照応用法のソと観念用法のアの論争/その他の研究
 7.3 現在と、これからの指示詞研究
第8章 条件表現 〔前田直子〕
 8.1 条件表現とは
  条件表現と因果関係/条件表現の4分類/現代語の順接条件表現と古典語の順接条件表現
 8.2 条件表現の分類
 8.3 条件表現形式の使い分け
  「ば・なら」対「と・たら」/「ば・と」対「なら・たら」/「と」の特殊性と「なら」の特殊性
 8.4 使用実態にみられる4形式の違い
  ジャンルによる違い/方言による違い
 8.5 おわりに
第9章 連体 〔大島資生〕
 9.1 連体修飾節の2分類
  内の関係/外の関係/内の関係と外の関係のまとめ
 9.2 連体修飾における「制限」「非制限」
  制限的修飾節と非制限的修飾節/非制限的修飾節の意味的特性/非制限的連体修飾節の意味機能
 9.3 連体修飾節のテンス解釈
  ル形-タ形の組み合わせ/修飾節・主節ともにタ形の場合/連体修飾節のテンス解釈のまとめ
 9.4 おわりに
第10章 否定表現 〔井島正博〕
 10.1 否定文の原理
 10.2 否定文の諸問題
  数量詞と否定文/情態副詞と否定文/二重否定
第11章 形式名詞述語文 〔野田春美〕
 11.1 形式名詞述語文とは
 11.2 「のだ」
  「のだ」とは/「のだ」による関係づけ/さまざまな「のだ」の文
 11.3 「ものだ」
 11.4 「ことだ」
 11.5 「わけだ」
  「わけだ」の基本/「わけだ」と「のだ」/「わけだ」の否定
 11.6 「はずだ」
 11.7 「ところだ」
 11.8 「つもりだ」
 11.9 おわりに
第12章 語用論 〔定延利之〕
 12.1 発話
  遂行性と「やってみせる」/発話の場に事物を現出させる力/権利/時間経過
 12.2 状況
  直示性・指標性/文脈
 12.3 知識
  話し手の世界知識/当事者間の了解
 12.4 おわりに
第13章 パソコン言語学(コーパス言語学) 〔鴻野知暁〕
 13.1 言語単位
  短単位/長単位
 13.2 形態論情報
 13.3 BCCWJを使う際の注意点
  コアデータのサイズ/出版年の情報/ブログ記事の誤記/翻訳書の扱い/レジスター間での偏り
 13.4 BCCWJの文法研究への応用例
索引
 

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