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白い表紙にベージュの模様

書籍名

最新英語学・言語学シリーズ13 認知言語学 (1) 認知文法と構文文法

著者名

坪井 栄治郎、 早瀬 尚子

判型など

296ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年11月28日

ISBN コード

978-4-7589-1413-0

出版社

開拓社

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認知言語学 (1) 認知文法と構文文法

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本書は、言語学の様々な領域の最新理論を概観することを目的とするシリーズ企画の一冊として、認知言語学 (cognitive linguistics)と総称される文法理論群のうちの認知文法と構文文法を扱ったものである。ここでは筆者が認知文法について論じた前半部分を主に紹介するが、後半部分では「構文」という概念の拡大と変遷の観点から様々なアプローチの意義と問題点が論じられ、構文文法の多様な発展の様子を跡付けてその現状が概観されている。
 
認知科学 (cognitive sciences) の一分野である言語学の一部の文法理論群だけを指して「認知」言語学と呼ぶのは、1960年代頃から理論言語学の主流であったChomsky流生成文法において言語が他の認知一般とは異質なものとして扱われるのとは対照的に、言語を一般認知とは切り離し得ないものとして見る、その意味での認知主義を採ることによる。そのような立場を採ることの1つの現れとして、自然言語の言語記号の連鎖 (文) を生成する文法規則の形式的特徴に注目する形式文法 (formal grammar) 理論として登場したChomskyの生成文法において言語記号の意味面に実質的な役割が与えられなかったのとは対照的に、人間の認知機能の基盤を成す、外界に対する認知主体の意味付け作用の言語的慣習化としての言語表現の意味に本質的な重要性を認め、語より小さな語尾などから文のレベルまで、形式と意味が切り離し得ない対 (「構文」) を成すことこそが文法知識の本質であり、記述の基本単位となることを主張する。
 
その意味では認知文法 (Cognitive Grammar) も構文文法理論の1つになるが、独立にその存在が認められている基本的な認知処理以外のものに依存しない理論構成を採る、その認知主義の徹底性と具体性は他の構文文法理論と一線を画すものであり、それゆえに他の構文文法理論と重要な点で対立することにもなる。本書の第9章で行ったGoldbergのConstruction GrammarとCroftのRadical Construction Grammarに対する批判は、認知文法のそうした特徴とその意義を逆照射的に明らかにするものである。
 
本書の前半において筆者が自身の見解も交えながら論じたのは、そうした認知文法の理論構成の内容に留まらず、それがそのようなものであることの必然性と有効性であり、言及されることは多くても必ずしも十分理解されることの少ない認知文法の意義を示し、これを事実上単独で構想し発展させてきたLangackerの功績を多少なりとも顕彰することになることを願っている。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 坪井 栄治郎 / 2021)

本の目次

第I部 認知文法 (執筆:坪井栄治郎)
第1章 はじめに
第2章 機能主義言語学,認知言語学,認知文法と「認知」の意義
第3章 認知文法の一般的な特徴
 1. 機能主義的な文法研究の3層と認知文法
 2. 内容要件
 3. 使用基盤性
 4. 言語の「構造」の特殊性:使用事象からの共通性の抽出と定着
 5. カテゴリー化としての言語使用
 6. カテゴリー化の基準となる構造の選択
 7. 文法と語彙の連続性
 8. 「静的な言語知識の体系」に対する「動的な言語資源の使用」
第4章 象徴体系としての文法
 1. 認知文法の意味観
 1.1. 「辞書的意味」と「百科事典的意味」の峻別の否定
 2. 意味の2つの側面:「概念内容」と「捉え方」
 2.1. 認知領域群と文脈依存的活性化
 2.2. 捉え方の重要性
 2.3. 意味の多層性と不確定性:概念基層の重要性
第5章 構文における「形式」
第6章 基本的文法概念に対する意味的規定
 1. 名詞の意味的規定
 1.1. 名詞のスキーマ的規定の困難さ
 1.2. 認知文法の名詞の規定
 2. 動詞の意味的規定
第7章 主語の意味的規定
 1. 「主語」性の非普遍性
 2. 認知文法における主語の意味的規定
第8章 節構造
 1. 視点構図と規準的事象
 2. 概念原型
 3. 節構成の2類型:動作主指向型配列と自律体指向型配列
第9章 認知文法とCxG,RCG
 1. 認知文法とCxG
 1.1. Goldberg (1995) の構文観:非構成性と記述の経済性
 1.1.1. 構文の非構成性と構文の役割
 1.1.2. 構文と記述の経済性
 1.1.3. 記述の経済性の評価尺度:処理の総体量と認知機構依存性
 1.1.4. 動詞の多様性と構文の一律適用
 1.2. 構造の一方的投射と精緻化:概念融合としての構文
 1.3. 規則の執行としての構文の適用とカテゴリー化としての合成
 1.4. 構文と非構成性の関係
 1.5. 誤拡張
 1.5.1. 使用基盤モデルにおける誤拡張の問題
 1.5.2. CxGにおける誤拡張の問題
 2. RCGと認知文法
 2.1. 相違についての認識の違い
 2.2. 捉え方と情報のパッケージ化
 2.2.1. 捉え方/情報のパッケージ化と意味記述の精度
 2.2.2. 情報のパッケージ化と通言語的対照
 2.2.3. 名義論的アプローチと意味の単層性
 2.2.4. 意味の普遍主義と捉え方の軽視
 2.2.5. 機能的に同値な変異体としての異なる表現形式
第10章 第2期認知文法
 1. 言語の動的性質
 2. 意味の基層としての使用事象とその多層性
第11章 認知文法の分析の具体例:主体性と参照点の観点から
 1. 主体性と客体性
 2. 対象からの認知操作の離脱・自立としての主体化
 3. 文法化と主体化
 4. 透明性
 5. 参照点としてのトラジェクターとランドマーク
 6. 参照点現象の一般性と焦点連鎖としての動的性質
 7. セッティング主語としてのthereとit
 8. SOR構文の透明性:実効的制御と認識的制御
 9. 参照点現象の遍在性
 10. 日本語の主要部内在型関係節
 10.1. 参照点構文としての日本語の主要部内在型関係節
 10.2. 主要部の曖昧性の解消と自然経路
第12章 認知文法の談話の扱い
 1. 協調行為としての談話の本来的連続性
 2. アクセス・活性化モデル
 3. 言語の構造と処理の多相性・多重性
 4. 省略を伴う非構成素の等位接続
 
第II部 構文文法 (執筆:早瀬尚子)
第13章 はじめに
第14章 構文文法の展開
 1. 構文文法の誕生:イディオム構文
 2. 構文文法の隆盛:項構造構文
 3. 構文と構成体との関係
 4. 構文間の関係づけ:継承関係とネットワーク
 5. 継承リンクの問題点
 5.1. 部分全体リンクとその位置づけ
 5.2. 部分全体リンクと具体事例リンクの相互性
 5.3. 多義リンクの性質とその継承性
 5.4. メタファーリンクと継承
 5.5. 多重継承とアマルガム
第15章 構文文法の発展と修正
 1. 構文の定義再構築:使用基盤的構文観
 2. 構文の定義の変遷とその背景
 3. 急進的構文文法
 4. 構文と動詞との分業
 5. 語彙構文文法的アプローチ
 6. 具体的構文分析事例とその発展
 6.1. 結果構文
 6.2. 二重目的語構文
 7. 使用基盤的言語観と言語獲得分野からの研究
 7.1. 事例モデル
 7.2. 言語獲得と使用基盤モデル
 7.3. 構文の獲得と統計的阻止
 8. 構文設定のレベルをめぐる議論
 9. 交替現象と異構文
 10. 形式に依存しない構文,意味に依存しない構文
 10.1. 形式に依存しない構文の存在
 10.2. 意味に依存しない構文の存在
 11. メンタルコーパス
第16章 フレーム意味論とフレームネット
 1. フレーム意味論
 1.1. 語彙フレーム
 1.2. 語用論的フレーム
 2. フレームネットプロジェクト
 2.1. フレーム意味論からフレームネットへ
 2.2. フレームネットのアノテーション
 2.3. コンストラクティコン:構文へのアノテーション付与
第17章 構文文法の射程の拡がり
 1. コロストラクション分析:コーパス研究との接点
 2. 構文形態論:形態論との接点
 2.1. 構文としての語形成
 2.2. 規則とスキーマの違い
 3. 情報構造構文:語用論・情報構造との接点
 4. 構文化理論:歴史変化研究との接点
 4.1. 文法化理論とその反例
 4.2. 通時的構文文法
 4.3. 2つの構文化:文法的構文化と語彙的構文化
 4.4. 「構文変化」の2つの定義
 5. 社会言語学との接点
 6. 談話研究との接点
第18章 構文文法理論の他の潮流
第19章 まとめと展望
参考文献
索引
著者紹介

 

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