朝倉書店・日本語ライブラリーの一冊として、姉妹編『漢字』(沖森卓也・笹原宏之 編著) とともに刊行された概説書である。紹介者 (この文章の執筆者) は、同書の編著者の一人である。読者としては大学生・一般読書人を想定しているものの、単なる入門書ではなく、学術的な意味での「新見」も多く散りばめられている。
日本語学が専門ではない方々にとっては意外かも知れないが、「漢字」の研究と、「漢語」の研究は、研究分野としては別のものである。もちろん重なる部分が皆無ということはないけれども、研究者によっておおむね住み分けられている。少なくとも日本では、前者は文字・表記の研究者を自認する人、後者は語彙の研究者を自認する人が行っていると考えて、大きく事実にたがうことはないであろう。
しかしながら、日本語学業界での「漢字」「漢語」の扱いは、必ずしも並列的なものではなかった。一般に「漢字・漢語」と併記されることが多いのではあるけれども、「漢語」の位置づけは従属的なものであり続けた。「漢字」に関しては、講座ものが編纂・出版されることも一度ならずあったのであるが、「漢語」については、そのような機会はなく、その漢字講座や語彙講座に埋め込まれるような形で存続していたのである (これは、単に漢語を専門とする研究者の人口が少ないというのが理由でもあるのだけれど)。
今回、朝倉書店から「漢語」で独立した一冊を編むことを提案され、そのような切り取り方の概説書が、これまでに存在しなかったことに改めて気が付いた。そして、いわゆる「漢語」の研究者ではない方々 (そもそも編著者の肥爪自身が「漢語」の研究者ではない) にも執筆をお願いしたため、漢語専門の研究者によって取り扱われることの少ない、音韻や文法などのジャンルを切り口とした章が立てられるなど、わりあいにユニークな構成の本となった。
テレビのクイズ番組の影響か、「漢字ブーム」は周期的に繰り返されるし、民間試験である日本漢字能力検定(漢字検定・漢検) が大学の単位認定にも利用されるなど、世の中の多くの人が漢字・漢語に関心を持っていると、つい錯覚してしまいがちである。しかしながら、世の漢字ブームと、学術としての漢字・漢語研究との距離は、かなり遠いものである。個々の事象の集積・暗記に留まることなく、それを一般化し、普遍性を見出していくのが、言語研究としての漢字・漢語の研究なのである。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 肥爪 周二 / 2018)
本の目次
第2章 音形・語形からみた漢語 (石山裕慈)
第3章 語構成からみた漢語 (肥爪周二)
第4章 文法形態からみた漢語 (須永哲矢)
第5章 意味からみた漢語 (沖森卓也・石山裕慈・孫 建軍・ソンユンア)