東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に子供たちの絵

書籍名

教師の声を聴く 教職のジェンダー研究からフェミニズム教育学へ

著者名

浅井 幸子、 黒田 友紀、杉山 二季、玉城 久美子、柴田 万里子、望月 一枝

判型など

384ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2016年10月20日

ISBN コード

978-4-7620-2637-9

出版社

学文社

出版社URL

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教師の声を聴く

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本書の研究は、次の素朴な問いからはじまっている。なぜ小学校低学年 (1、2年生) の担任は女性が多く、中学年 (3、4年生)、高学年 (5、6年生) と男性教師が増えていくのだろうか。おそらく多くの人が経験的に知っているこの事実は、データにも明らかである。第一学年では女性教師が九割、男性教師が一割だが、学年が上がるに従って男性教師の割合が高まり、第六学年ではほぼ半々となる (平成25年度学校教員統計調査より)。なぜか。そしてこのことは、教職のジェンダーをどのように表現し、あるいは構成しているのか。
 
私と友人とでつくった研究グループは、私が大学院生だった2005年頃から、小学校の先生へのインタビューを通してこの問いと取り組んできた。容易に答えられそうなこの問いは、実はとても答えることが困難だった。なぜなら学校および教職は、性別を捨象して男女を平等に扱うという原理が最も貫かれている場の一つだからである。確かに1910年代から1950年代までは、女性は母性や女性性を理由に幼い子どもの世話を割り当てられ、学力不足を理由に高学年の担任から排除されていた。しかし現在において、女だから男だからという理由で学年配置が決められたという経験は、ほとんど聞かれなかった。
 
にもかかわらず、学年配置のジェンダー不均衡は厳然として存在している。その事実に直面した私たちは、女性教師と男性教師の学年配置と低学年教育の経験を聴く、教師の複数の声を聴くという方法で、教職のジェンダーを問題化しようとした。教師の複数の声という観点は、教師たちの声の中に男性教師と女性教師の声を聴くのみならず、男性教師たちの中に複数の声を聴き、女性教師たちの中に複数の声を聴き、さらに一人ひとりの教師において複数の声を聴くことを可能にするためのものである。
 
本書は以下のことを示している。教職の平等規範にもかかわらず、低学年に女性を、高学年に男性を配置する学年配置はジェンダー差別を内包している。そこでは低学年教育が入学してきた子どもをトレーニングするシャドウ・ワークとなり、そのシャドウ・ワークが女性教師に配分されているという差別の構造を指摘できる。しかもこの構造は、低学年教育と女性教師を窒息させ、男性教師のオーバー・ワークの原因ともなっている。しかし異なる低学年教育の可能性もまた、トレーニングを引き受けつつ子どもに向き合う女性教師たちの困難に内包されている。なぜそう言えるのか、ということは本書を読んでみてほしい。
 
研究に着手してからこの本が完成するまで、10年以上の歳月が流れている。その中で私たちは、幾度も行き詰まり、発想を転換する必要があった。本書にはその道筋もそのまま書いてある。私たちの研究の旅路を、ともに楽しんでもらえればと思う。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 准教授 浅井 幸子 / 2017)

本の目次

序文  佐藤学
序章  教職におけるジェンダーへの問い
1章  学年配置のジェンダー不均衡 ―男性は高学年に、女性は低学年に―
2章  トレーニングを超えて ―男性教師の低学年教育の経験―
3章  女性教師の声を聴く ―低学年教育の声を経験を捉え直す―
4章   女性校長はなぜ少ないか ―女性管理職のキャリア形成―
5章  教職の女性化と脱性別化の歴史
おわりに ―フェミニズム教育学に向けて
特別寄稿  教育学と政治学との出会い  岡野八代