東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

紺色の表紙

書籍名

国立大学法人 兵庫教育大学教育実践学叢書6 教員の職場適応と職能形成 教員縦断調査の分析とフィードバック

著者名

川上 泰彦 (編著)

判型など

248ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2021年1月30日

ISBN コード

978-4-86371-569-1

出版社

ジアース教育新社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

教員の職場適応と職能形成

その他

※品切れ

英語版ページ指定

英語ページを見る

教育政策の中でも教員の労働環境をめぐる問題は耳目を集めており、報道等でも見聞きする機会は多い。それは現教員の厚生だけでなく、長期的な教員の力量形成や教員人材確保といった教育の「質」に関わる政策課題とも関係する点で広がりを持ち、また日本型教育システムに根差した古くからある問題でもある。しかし、このように重要度の高い政策課題でありながら、関連する学術的研究はさほど多くはない。本書は、筆者を含む教育行財政・学校経営等を専門とする複数の研究者による実証研究の成果であり、特に以下の点において独自性がある。
 
第1は、日本型教育システムの特質として教員人事制度に着目している点である。日本の公立学校では長期的勤続を前提として、広域自治体の中で短期的サイクルでの人事異動が行われ、個々の教員の業務範囲も広い。このことは地域間の教育条件の均衡や人材育成に寄与してきた一方で、教員への高負荷や職場適応における摩擦の頻発といった面を併せ持つ。こうした制度上の功罪双方の側面から長時間労働等の教員の労働環境の問題を捉えている。
 
第2は、独自に収集したパネルデータ (同一個人について複数回調査したデータ) を活用して、多角的な分析を行っている点である。近年の社会科学分野における実証研究ではこうしたパネルデータを用いた研究は珍しくはないが、日本の教員政策に関わる実証研究においては貴重であると言える。パネルデータの因果推論上の強みが各章の分析にも反映されている。
 
第3は、研究成果の現場へのフィードバックも考察対象としている点である。教員を対象とした研究では教育委員会・学校の協力が不可欠であり、そのプロセスの中で研究成果の還元も重要な場面である。必ずしも学術的専門家ではなく、独自の利害を持つ実務家・当事者に対して、研究成果をどこまで、どう伝えるのかという点を明示的に扱っている点は、研究と社会間のコミュニケーションを考える上で非常に有益である。
 
筆者は、長時間労働の教員の厚生への影響について分析した5章を執筆している。長時間労働が心身の健康の面で悪影響を及ぼすことは自明のことに思われ、一見、素朴な課題設定のように見えるかもしれないが、データ分析では強い政策的含意のある結果を得ている。具体的には、健康への悪影響が顕在化する労働時間の境界点はどれくらいなのか、個々人間で長時間労働の影響にはどのくらいの幅を持ち、その異質性はどのような要因 (教員個人レベル、学校組織レベル、制度的レベルの要因) に左右されるか、といった点を明らかにしている。他の章の分析と併せて読んでいただければ幸いである。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 准教授 橋野 晶寛 / 2023)

本の目次

序 章 教員の職場適応と力量形成
― 教員人事制度はどう影響するか
 第1節 課題設定
  1.学校組織の変化―「小規模化」と「若返り」
  2.重視される「学校への適応」― (1) 教員の心身の健康
  3.重視される「学校への適応」― (2) 教員の能力形成・職能成長
 第2節 教員の適応・能力形成の「日本的特質」
  1.日本の教員人事の特徴
  2.「日本型」教員人事の機能―地域間の均衡と人材育成
 第3節 「日本型」教員人事制度から導き出される研究課題
  1.「日本型」教員人事制度下における「職場適応」の研究課題
   ―健康の面から
  2.「日本型」教員人事制度下における「職場適応」の研究課題
   ―職能成長の面から
 第4節 教員の適応と健康・能力形成の分析
     ―我々の研究計画と本書の構成
 
第1章 教員の職能成長と職場適応に関する研究の展開と課題
     ―アメリカの研究動向に焦点をあてて
 第1節 はじめに
 第2節 教員の「職能成長」に関連する研究動向
  1.教員の成長段階に関する初期の研究
  2.教員の成長段階の全体像に関する研究例
  3.教員の成長段階に関する多様な記述と変数へ
  4.教職の「危機」にこそ焦点化した研究へ
 第3節 教員の「職場適応」に関連する研究動向
  1.「学校の組織的文脈」への注目の高まり
  2.教員の離職問題とキャリア形成
  3.教員の職場環境と職業的満足度に関する研究
  4.学校の組織的文脈と教員の成長―教員パネル調査の動向
 第4節 小括
 
第2章 研究とデータの全体像
 第1節 調査概要
  1.初任教員・初任期教員対象の調査
  2.初任者に限定しない教員対象の調査
 第2節 データの概要
  1.初任教員・初任期教員対象の調査
  2.初任者に限定しない教員対象の調査
 
第1部 分析編 <1>
初任期教員の適応と健康・力量形成
 
第3章 初任期教員の勤務実態と職能成長
 第1節 はじめに
 第2節 初任期教員の勤務実態と職能成長の変容
  1.日常の勤務状況について
  2.主観的な職能成長尺度
  3.組織における上司・同僚関係
  4.勤務実態,職能成長,職場適応の変化
 第3節 主観的な職能成長・職場適応と上司・同僚関係
 第4節 本章のまとめと今後の展開
 
第4章 初任期教員のストレスと適応感
     ―パネルデータを用いた分析
 第1節 問題の所在と本章の目的
  1.教職キャリア構築における研究上の課題
  2.教員のストレス研究における課題と本稿の目的
 第2節 調査概要
  1.調査手続きとデータ
  2.分析モデル
 第3節 分析結果の提示と解釈
  1.分析モデルの選択
  2.結果の提示
 第4節 考察と本章のまとめ
 
第5章 初任教員の心身の健康に対する長時間労働の影響
     ―非従来的な識別戦略と内生性・非線形性・異質性
 第1節 問題の所在
  1.背景・先行研究
  2.本章の分析における問い
 第2節 長時間労働の影響の分析における識別戦略
  1.除外制約による識別
  2.不均一分散を通じた識別
 第3節 分析
  1.データ
  2.長時間労働の影響の分析
  3.長時間労働の影響の異質性
 第4節 結論と今後の課題
 
第6章 第1部小括
―初任期教員の適応と健康・力量形成
 
第2部 分析編 <2>
流動的な職場における適応・力量形成
 
第7章 組織参入時の適応を促す方策と組織社会化
 第1節 はじめに
  1.教員の適応に関する社会状況
  2.参入時の適応に関する先行研究
 第2節 方法
  1.データ
  2.使用変数
 第3節 分析
  1.従属変数の記述統計量の変化
  2.回帰分析
  3.解釈
 第4節 考察と本章のまとめ
 
第8章 中堅教員のリーダーシップ支持を促す同僚性要因に関する研究
 第1節 問題の所在
  1.政策動向と課題
  2.先行研究レビューと本章の課題設定
 第2節 調査設計と分析結果
  1.調査設計
  2.分析結果の提示
 第3節 結果の考察と今後の課題
  1.結果の考察
  2.今後の課題
 
第9章 教員の働き方に関する意識と長時間労働との関連
 第1節 課題設定
 第2節 分析枠組み
     ―組織社会化・プロアクティブ行動と教員の働き方との関連
 第3節 データと使用変数
  1.データ
  2.使用変数
  3.推計モデル
 第4節 分析
  1.週全体の労働時間を規定する要因
  2.週の教科外指導時間を規定する要因
  3.週の授業準備・成績処理・学級経営時間を規定する要因
  4.週の学校運営時間を規定する要因
  5.週の外部対応時間を規定する要因
 第5節 考察と課題
 
第10章 教員の研修への参加と職務上の自己効力感
 第1節 はじめに
 第2節 使用変数
  1.データ
  2.使用変数
 第3節 分析の結果
  1.パネルデータによる分析結果
  2.男女別のパネルデータ分析結果
 第4節 考察とまとめ
 
第11章 第2部小括
     ―流動的な職場における適応・力量形成
 
第3部 パネルデータの収集・分析・活用
 
第12章 フィードバックの実践と課題
 第1節 調査の実施に向けた留意点と実践事例
  1.教育委員会との信頼関係の構築
  2.フィードバックにおける留意点
  3.調査の実施に至る実践事例
 第2節 教育行政向けフィードバックの実践と課題
     ―E県J地区における事例
  1.教育行政向けフィードバックの実践
  2.教育行政向けフィードバックの課題
 第3節 学校管理職・ミドルリーダー向けフィードバックの実践と課題
  1.学校管理職・ミドルリーダー向けフィードバックの実践
  2.学校管理職・ミドルリーダー向けフィードバックの課題
 第4節 回答者個人向けフィードバックの実践と課題
  1.アンケート自由記述からみるフィードバックの重要性
  2.回答者個人向けフィードバックの実践と今後の課題
 
第13章 教員の適応のパターン化とフィードバックへの活用
 第1節 問題の所在と研究アプローチ
  1.先行研究における課題
  2.研究アプローチ
 第2節 調査結果の提示
  1.調査設計
  2.分析結果の提示
 第3節 結果の考察とフィードバックへの活用
  1.結果の考察
  2.フィードバックへの活用と今後の課題
 
補 論 パネルデータの意義と分析手法
 第1節 パネルデータの構造とデータ収集
 第2節 パネルデータを用いた回帰モデル
  1.非時変的要因の統制:固定効果モデル
  2.寄与の分解:変量効果モデル
 第3節 マルチレベル因子分析
  1.モデル
  2.マルチレベルモデルによるバーンアウト尺度の推定
 
終 章 パネルデータを用いた職能成長・職場分析とフィードバック
  1.教員の職能成長をめぐる課題意識
  2.教員の職場適応・職能成長に向けて
  3.調査の継続と分析手法の洗練

 
共同執筆:
榎 景子、妹尾 渉、梅澤 希恵、波多江 俊介、橋野 晶寛、町支 大祐、神林 寿幸、當山 清実、網谷 綾香

関連情報

受賞:
2022年度日本学校改善学会学術研究賞 (日本学校改善学会 2023年)
https://j-sira.jp/2023/01/11/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%94%B9%E5%96%84%E5%AD%A6%E4%BC%9A2023%E3%80%80%E5%AD%A6%E8%A1%93%E7%A0%94%E7%A9%B6%E8%B3%9E/
 
書評:
露口健司 評 (『学校改善研究紀要2022』pp. 134-135 2022年)
https://j-sira.jp/category/2022/
 
佐藤仁 評 (『日本労働研究雑誌』No. 732 2021年7月号)
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2021/07/index.html

書籍紹介:
教員の異動、職能成長に影響 調査結果を書籍に (日本教育新聞 | NIKKYO WEB 2021年7月12日)
https://www.kyoiku-press.com/post-232442/
 
関連記事:
川上泰彦「教員供給の問題を教育行政学は どう分析・解題するか」
―労働(市場)分析とエビデンスの政治への着目 (『日本教育行政学会年報 No.47 - 今日の社会状況と教育行政学の課題』
https://www.kyouiku-kaihatu.co.jp/bookstore/products/detail/545
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jeas/47/0/47_46/_pdf
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています