有斐閣ストゥディア 教育政策・行政の考え方
2000年代以降の教育政策・行政は、政治主導の強化や社会環境の変化を受けて、矢継ぎ早に制度改革が行われてきた。それらは新自由主義的教育改革などと一括して呼ばれることもあるが、教育政策・行政の対立軸や選択肢は必ずしも単純かつ一元的とは限らず、理念的・原理的により詳細な検討が必要である。
本書は学部専門レベル、言い換えれば入門書や教職課程向け教科書の次に読むことを念頭に置いた教科書である。筆者らが専門とする教育行政学では、これまで「地方教育行政」、「教育課程」など、個別の教育政策領域や組織に着目して制度・政策の解説や改革動向を概観する「トピック型」の教科書が多かった。それに対して、本書では目次にあるように、「自由と規制」、「集権と分権」といった理論的な概念や政策選択の対立軸を章構成のベースにしていることが特徴である。本書の前半は「価値の選択」、後半は「価値の実現」と題し、(1) 教育において望ましい価値や帰結は何か、(2) それをどのように効率的に実現するのか、(3) 望ましい価値・帰結やそれを実現するための政策はそもそも誰がどのように決めるのか、という3つの問いを取り上げている。
本書のもう一つの特徴は、法制度や政策の説明や解説にとどまらず、制度の違いや特定の政策選択がもたらす帰結に関して、実証的な研究の知見をできる限り参照するよう努めたことである。これも法制度の解説を中心とする従来の教科書には見られなかった点である。また教育政策・行政の研究蓄積は教育学以外の様々な領域に広がっており、教育学を基盤としつつも、政治学・経済学・社会学などの社会科学諸領域の理論や実証的な知見もなるべく広く紹介している。
教育政策・行政では、近年「エビデンス (証拠) に基づく政策形成」(EBPM) という考え方が広がっている。一方で民主主義社会の下では、結局は市民や政府がどのような価値に基づいて政策選択を行うかが決定的に重要である。エビデンスはその際の補助的な情報として重要であるが、エビデンスによって最適な政策が自動的に決まるわけではない。政策は何らかの問題を改善または解決するために立案・実施されるが、教育において何が問題となるのか、また政策の目標をどこに置くべきかは、結局のところエビデンスだけでなく価値や規範も重要となる。端的に言えば、政策選択は結局いかなる価値や規範を選択するかの問題であるというのが本書の基本的立場である。本書はこうした考え方の下、教育分野における政策選択の考え方や、その際に必要な制度・政策の知識を習得することを目的としている。学生だけでなく、行政職員や教員などの実務者にも読まれており、この分野を専攻する学部生以外でも学べるテキストであると思う。
(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 准教授 村上 祐介 / 2021)
本の目次
第1部 価値の選択
第1章 自由と規制
第2章 量的拡充と質的拡充
第3章 投資としての教育と福祉としての教育
第4章 選抜と育成
第5章 教育における自由と平等
第6章 投入と成果
第2部 価値の実現
第7章 事前統制と事後統制
第8章 権力の集中と分散
第9章 集権と分権
第10章 統合と分立
第11章 民主性と専門性
第12章 個別行政と総合行政
終 章 今後の学習のための視座
関連情報
Book Guide (『教職研修』 2021年9月)
https://www.kyouiku-kaihatu.co.jp/bookstore/products/detail/102109