日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用
ビジネスの世界では、さまざまな分野で、計画 (Plan) し、実行 (Do) し、評価 (Check) し、さらに改善のために行動 (Act) することが奨励されている。しかし、こと人事や組織改革に関して言えば、PlanとDoだけで評価と改善活動がどの企業でも欠けている。なぜだろうか。筆者は、具体的な方法を示した文献がなく、評価、改善しようにも参考にすべき道標がないのが理由の一つであると考え、本書を執筆した。すなわち、人事においても客観的なデータを活用しPDCAサイクルをまわすことの重要性を伝え、そのための道筋を提示することが本書の狙いである。
筆者の専門分野は人事経済学・組織経済学である。実証分析のためのデータへのアクセスを一つの目的として、企業との産学連携の研究プロジェクトや研究会の開催に取り組んできた。こうした活動を通じ、世の中では「働き方改革」という言葉が氾濫し、人事や組織に関する関心が高まっているにもかかわらず、多くの企業で、社内にある多くの有益な情報が使われず、組織を改善する機会が失われていると感じてきた。
本書の中で、データを保存し一元管理するといった基本動作から、因果推論の方法論まで解説し、また、女性活躍推進、働き方改革、採用、離職対策、管理職評価、高齢化対策などトピックも幅広く取り上げた。しかし、最も重要なことは「問題意識を持つこと」だという点は、執筆当初から変わっていない。「問題意識を持つこと」で、日々の業務の中で、ここに問題があるのではないか、ここに改善機会があるのではないか、という気づきが生まれ、それを確かめ施策につなげる根拠 (エビデンス) を得るために、ほぼ必然的にデータ活用へと動くようになる。
例えば、なぜ我社では女性活躍が進まないかという問題意識を持てば、その背後に「統計的差別」の可能性があることに気づくだろう。統計的差別とは、男性よりも女性の方がより離職率が高いという統計的事実をもとに、合理的な意思決定の結果、企業側が女性への投資に慎重になることを指す。しかし、統計的差別というのは実は自己成就的である。「女性は辞める確率が高いから投資をしない」という企業の意思決定が、女性にとって継続就業の価値を下げ、離職を促す。この場合、統計的差別をなくす企業努力が、女性の継続就業のリターンを上げ、実際に離職する女性を減らす。
こうした可能性に気づいた経営者や人事は、男女で業務配分に差がついていないか、男女でコミュニケーションの量に違いがないか (つまり共有される情報に違いがないか)、日々の業務の中で、不平等の存在に気づくことができるはずだ。気づいたら、あとはデータを分析し、課題を明らかにして、解決していけば良い。大きな勝負の分かれ目は、問題意識をもち、問題点に気づけるかどうかにある。
(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 大湾 秀雄 / 2018)
本の目次
第2章 統計的センスを身につける
第3章 女性活躍推進施策の効果をどう測ったら良いか
第4章 働き方改革がなぜ必要か、どのように効果を測ったら良いか
第5章 採用施策は、うまくいっているか
第6章 優秀な社員の定着率を上げるためには何が必要か
第7章 中間管理職の貢献度をどう計測したら良いか
第8章 高齢化に対応した長期的施策を今から考えよう
第9章 人事におけるデータ活用はどう発展するか