東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白とベージュのシンプルな表紙

書籍名

ちくま新書 「聴能力!」 場を読む力を、身につける。

著者名

伊東 乾

判型など

224ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2015年11月5日

ISBN コード

978-4-480-06853-8

出版社

筑摩書房

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「聴能力!」

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理事副学長からのご依頼は「人文社会科学分野の研究教育の多様性と卓越性とをしめす成果として教員の著作物をとりあげ」とのことであるが、この本は人文社会科学の書籍ではない。音楽家が芸術音楽の基礎について物理や生理など基礎理学を適用して得られた知見をもとに解説し、展望として社会の持続性やメディアの倫理など、人文社会科学でも問いうる、共通の広範な問題にも言及したものである。出来るだけ多くの読者に平易に理解されるよう新書として記したものである。1999年、東京大学の新たな試みとして従来にない文理融合の大学院組織として作られた「大学院情報学環」は5年を経ずして組織として文系と理系に分離されてしまったが、設立当初から在籍する私自身の研究室は一貫して理学系の基礎の上に芸術の問いに答えているもので、それを間口広く理解されるべくまとめたのが本書である。人文科学分野の成果という分類に馴染むと考えない。前期課程在学の諸君にはどうか既存の学の枠組みを先入主とせず、白紙で向き合って頂きたい。
 
筆者は松村禎三、松平頼則、近藤譲、高橋悠治などに師事し、東京大学理学部物理学科、同大学院理学系研究科在学中の1990年出光音楽賞等受賞多数、東京フィルハーモニー交響楽団副指揮者などを経て作曲家、指揮者として活動。95年松平頼則「源氏物語」世界初演、98年ジョン・ケージ遺作「OCEAN」没後初演管弦楽監督などを務める傍ら「シュプレッヒゲザング」などの「シェーンベルクの3問題」を物理や脳認知の理学的方法で解決し、東京大学大学院総合文化研究科で博士 (学術) を取得した。翌年大学院情報学環で作曲指揮研究室を主宰後はP.ブーレーズとの「図形」を用いない指揮技法Angular Dynamicsの確立 (2004-06)、K. シュトックハウゼンとの空間音楽の脳認知の観点からの基礎研究の開始 (2007)と、同氏急逝後はヴォルフガング・ヴァーグナーと協力し、物理の場の理論の数理を応用したバイロイト祝祭劇場の時空構造の解明 (2009-2014) など、歴史的に知られる音楽の基礎的問題を解決しつつ創作演奏活動しており、実技は東京藝術大学他でも指導する。
 
本書「超能力」では、東大着任後の作曲指揮研究室の成果を平易な日本語で記したものである。進化誌的な観点から、動物がなぜ耳から自己定位器を獲得したか、プランクトンの耳石器から魚類の側線などヒト種を超えた観点から「聴覚の能力」を捉えなおし、視覚が利かない環境で耳が「見る」力、音楽実技の反射的なトレーニングであるソルフェージュの技法を日常生活への援用例 (速読など) にも触れる。
 
前期課程学生にはp.213以降に記した、筆者の理学部物理学科での同級生、豊田亨君が遭遇したオウム真理教による視聴覚メディアマインドコントロールを読み落とさないで欲しい。地下鉄サリン事件の実行犯として絞首刑が確定しているが、現在も日常的に本郷から小菅に接見に赴く親友である。法務省が「特別交通許可者」として私を認める一因に東京大学で教壇に立つ事実がある以上、これに触れ続けねばならない道義的な義務を私は負う。本書に関しては学術の卓越性などより、一人の学生がカルト霊感犯罪に巻き込まれない再発防止に役立つことのほうが、よほど価値あることである。
 

(紹介文執筆者: 情報学環 伊東 乾 / 2017)

本の目次

「聴能力!」 場を読む力を、身につける
 
1  「離見の見」で空気を読む - 視覚と聴覚の二刀流
2  コミュニケーションの聴能力 - 平板メディアとライブの奥行き
3  トラと子猫の見分け方 - 耳で大きさを測る法
4  聴かない「聴能力」 - 早口言葉と速読のテクニック
5  耳にまぶたはついていない - 日常に耳を澄ます
6  耳は何のためにある? - 進化から見た聴能力
7  仮面の告白と「聴能力」- 気配りから思いやりへ
 

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