東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に赤紫の帯っぽいデザイン

書籍名

岩波科学ライブラリー つじつまを合わせたがる脳

著者名

横澤 一彦

判型など

128ページ、B6判、並製

言語

日本語

発行年月日

2017年1月19日

ISBN コード

978-4-00-029657-1

出版社

岩波書店

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つじつまを合わせたがる脳

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岩波科学ライブラリーの1冊ですが、心理学の面白さに触れるきっかけになることを願いつつ書きました。人間の基本的な行動を実験によって観察する認知心理学的研究で明らかになった数多くの心理現象を取り上げています。行動といっても、単に体を動かすことを指すのではなく、見えた、もしくは聞こえたというような反応でも、好き嫌いの主観的な判断に基づく反応でも、それらを行動と呼んでいます。視覚、聴覚、触覚などには個別の感覚器官、すなわち眼、耳、皮膚が存在し、それぞれ独自の脳内部位まで階層的に処理されています。しかし、外界を総合的に理解するためには、さらに複数の感覚器官から得られた、ときに食い違う情報をうまく統合し、つじつまを合わせる過程が必要です。本書では、このような感覚情報同士の統合的認知と呼ばれる過程を取り上げています。すなわち、統合的認知の本質は、様々な情報が食い違う脳内での、瞬時で総合的な判断であり、それを「つじつまを合わせたがる」と表現し、書名としているわけです。
 
取り上げたのはいずれも認知心理学的研究成果として得られた代表的な心理現象であり、自分自身でも気づいていない巧みな行動原理が存在することにきっと驚かれるに違いありません。第1章では、ラバーハンド錯覚や幽体離脱体験など、自らの身体をありえない位置に存在すると仮定してまで、つじつま合わせをする現象を取り上げています。第2章では、腹話術効果やマガーク効果など、視覚情報と聴覚情報に食い違いがあるにもかかわらず、統合して新たな解釈を生み出すつじつま合わせの過程を取り上げています。第3章では、選択の見落としや変化の見落としなどの現象を取り上げ、つじつまの合わないことを無視することで、処理の効率化を図ることができる利点があることを示します。第4章では、形や色の好き嫌いの程度には文化や個人的体験が無意識のうちに反映され、知らず知らずのうちに、つじつまの合った結論を出していることを明らかにしています。終章では、このようなつじつまを合わせたがる脳との付き合い方について触れています。つじつまを合わせたがる脳と、つじつまの合わない行動は矛盾しているのではなく、論理的につじつまの合わない環境が存在しているときに、脳が瞬時につじつまを合わせた解を導き出してくれるので、その解に対応する行動が可能になっていると考えています。なお、紹介した現象ならばすでに知っているという方もいるかもしれませんが、ラバーハンド錯覚に温度感覚も伴い、マガーク効果と腹話術効果は独立であり、変化の見落としは逐次探索の中で生起し、色から連想される物体の違いで日米ではかなり色嗜好が異なることなどは、我々の研究グループの成果の紹介です。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 横澤 一彦)

本の目次

まえがき
第1章  つじつま合わせの達人
つじつま合わせ / 五感と脳 / 統合的認知 / ラバーハンド錯覚 / 自己刺激によってラバーハンド錯覚は生じるか / ラバーハンド錯覚に付随する感覚 / 幽体離脱体験 / 身体所有感覚
[コラム] 体性感覚と触覚
 
第2章  感覚を融合したつじつま合わせ
マガーク効果 / 腹話術効果 / マガーク効果と腹話術効果は同時に生じるか / 感覚融合認知
[コラム] 錯覚とつじつま合わせ
 
第3章  見落として当たり前
選択の見落とし / 変化の見落とし / めったに出現しない標的の探索 / 注意の限界と効用 /見落とし回避の方法
[コラム] 注意と意識
 
第4章  形や色の好ましさ
典型的見え / 好ましさと安定性 / 典型的見えとつじつま合わせ / 色の恒常性 / 色嗜好 / 生態学的誘発性理論
[コラム] 共感覚
 
終章  つじつまを合わせたがる脳との付き合い方
拡張される身体《ラバーハンド錯覚》/ 雑音への耐性《マガーク効果と腹話術効果》/ 見落とし回避のコツ《専門家の注意力》/ 操られる嗜好《形や色の好ましさ》/ つじつまを合わせたがる脳とつじつまの合わない行動をする人間
 

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