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書影なし

書籍名

Pre-constancy Vision in Infants (Current Biology, Vol.25, Issue 24)

著者名

Jiale Yang, So Kanazawa, Masami K. Yamaguchi, Isamu Motoyoshi

判型など

3ページ

言語

英語

発行年月日

2015年12月21日

ISSN コード

ISSN:09609822

出版社

Current Biology

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書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

Current Biology, Vol.25, Issue 24

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人間の脳は、網膜に映る二次元の映像だけから安定した外界を知覚する驚異的な能力をもっています。例えば、三次元の物体の映像は見る視点により大きく変化しますが、私たちはそれを同一の物体として知覚します。また、白い紙を日向に置いたときと日陰に置いたときでは網膜上での紙の映像の明るさはひどく異なりますが、私たちはそれを同じ白い紙として知覚します。これらの能力のことを知覚の恒常性といいます。このように安定して外界を「見る」という能力の多くは生後の学習の産物です。私たちは、網膜の映像と外界の事物との対応関係を生まれてからずっと経験的に学んだ結果として、網膜像から外界を無意識に推定する能力を身につけたのだといえます。では、この学習を終えていない生後数ヶ月の赤ちゃんには世界はどのように見えているのでしょうか。私たちは「質感」の知覚の恒常性を足がかりに、この問題に迫りました。私たち成人は、光沢のあるポットと光沢のないポットを交互に見ると、その質感が大きく変わったことにすぐに気づきます。しかし、わずかに異なる方向から照明された二つの光沢のあるポットを交互に見比べても、どちらも光沢のあるポットであると知覚し、照明の変化にはほとんど気づくことはできません。私たち成人は、表面の質感という外界のモノの性質を照明の変化を無視して恒常的に推定しているのです。ところが、同じ映像を生後3~4ヶ月の赤ちゃんに見せると不思議なことが起こります。彼ら / 彼女らは、光沢のあるポットと光沢のないポットの間の変化に気づくことができませんでした。質感を推定する処理能力をまだ身につけていないようです。しかし、彼ら / 彼女らは逆に、光沢のあるポットに映った照明のわずかな変化に気づくことができます。つまり、成人には見えないものを見ることができるのです。この奇妙な能力は、生後5~6ヶ月になると失われていき、その代わりに光沢の弁別ができるようになります。この実験結果は、外界のモノを照明や視点によらず安定して推定する能力が、照明や視点による映像の変化を「無視」することと表裏一体の関係にあることを考えると説明できます。つまり、3~4ヶ月の赤ちゃんは恒常的な外界推定をしない代わりに映像に直接反応することができるのに対して、私たち成人は、照明や視点による映像の変化を無視してモノを推定する強力な処理機構を身につけたがゆえに、照明が産み出す映像の違いに鈍感になったというわけです。この知見は、人間の知覚世界が生後4~6ヶ月の間に大きく変貌することを意味するだけでなく、脳が、成長や加齢や訓練にともない処理方略を柔軟に変化させうること、そしてその際に、ある能力の低下が別の能力を亢進させうること、を暗示しています。

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 本吉 勇 / 2016)

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