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黒い表紙に紫色の光が反射した写真

書籍名

[シリーズ統合的認知] 第6巻 共感覚 統合の多様性

判型など

272ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年8月

ISBN コード

978-4-326-25113-1

出版社

勁草書房

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共感覚

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「東」という文字を見ると自然とオレンジ色の印象を覚える、サックスの音を聴くと群青色でところどころ棘のある帯状の形のイメージが思い浮かぶ、1年の月は1月から12月までが時計回りに楕円状に並んでいるように感じる・・・これらは「共感覚」と呼ばれる現象の例です。共感覚とは、ある情報 (文字、音、月日の概念など) を頭の中で処理しているときに、その情報が一般的な形で処理される (例:文字が文字として認識される) ことに加えて、一般的にはそれと無関係と考えられるような種類の感覚や認知処理まで引き起こされる (例:文字を見た時に色の印象を覚える) というもので、人口の数%程度の人しか持たないと考えられている認知特性 (情報処理の特性) です。本書はその共感覚について、主に認知心理学的研究の知見をまとめ、解説したものです。
 
認知心理学とは、認知の働き、つまり、知覚、記憶、思考、意思決定など、人々が外界や自己の内部の物事や状態を認識する際に人間の内面で生じる情報処理の過程を明らかにしようとする学問です。たとえば文字を認識する過程を考えてみましょう。文字は視覚情報ですので、情報処理の入り口は眼球の網膜であり、そこからまず主には脳の後頭葉の初期視覚野に情報が送られ、その後、形、そして、音韻 (読み) や意味などの情報のカテゴリごとに特化した処理が、それぞれ異なる脳領域を中心に行われます。このように、認知心理学等でこれまでに明らかにされてきたことの多くは、文字が視覚入力されれば文字に特化した視覚処理が、色が視覚入力されれば色に特化した視覚処理が、音声が聴覚入力されれば音声に特化された聴覚処理が引き起こされる、というようなものでした。しかし共感覚は、このような一般的な認知処理の枠組みからはみ出しています。たとえば共感覚では、文字を見た際に、文字が認識できることに加えて、見ていないはずの色の情報処理まで引き起こされるのです。このことは、人間の脳内に、これまで想定されてきた以上に複雑な情報処理間の結びつきがあることを示しています。
 
「でも、共感覚という一部の人しか持たないものを調べても、人類一般のことは分からないんじゃないの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、少なくとも現在の研究では、共感覚を持つ人も持たない人も同じ仕組みの脳を持っていて、そのちょっとした働きかた等の違いで共感覚が生じたり、生じなかったりすると考えるのが妥当であるという見方が優勢です。そのため、共感覚は人間一般の認知処理の全貌を明らかにする上での興味深い手がかりとして、世界中で研究されています。また、共感覚は、人間の認知処理の個人差を知るという面でも興味深い現象です。ただ「文字を見る」という行為一つをとっても、ある人は同時に色を感じ、その隣にいる人は色を感じず、それぞれがその人にとって当たり前のことである・・・共感覚は人間の見かたを豊かにしてくれる現象だと感じながら日々研究しています。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 浅野 倫子 / 2022)

本の目次

はじめに
 
第1章 共感覚とは何か
 1.1 共感覚の基本的特徴
 1.2 共感覚の時間的安定性の測定
 1.3 共感覚とは何ではないか
 1.4 共感覚を持つのはどのような人か
 1.5 共感覚を持つことの損得
 1.6 共感覚を科学的に研究することの意義
 
第2章 色字共感覚
 2.1 色字共感覚をめぐる研究領域
 2.2 色字共感覚を持つようになる原因
 2.3 文字の共感覚色を経験する際に生じる処理
 2.4 誘因刺激と励起感覚の対応関係
 2.5 色字共感覚と他の認知処理との関係
 2.6 共感覚者と非共感覚者の関係
 
第3章 日本人の色字共感覚
 3.1 日本人色字共感覚者に対する実験方法
 3.2 日本人色字共感覚者18名の個別結果
 3.3 日本人色字共感覚者の個別結果のまとめ
 
第4章 色字共感覚以外の共感覚
 4.1 共感覚の種類と出現確率
 4.2 空間系列共感覚
 4.3 ミラータッチ共感覚
 4.4 色聴共感覚
 4.5 序数擬人化
 4.6 多重共感覚
 
第5章 共感覚の神経機構
 5.1 共感覚の神経機構に関する仮説
 5.2 共感覚の神経機構:機能的側面
 5.3 共感覚の神経機構:構造的側面
 5.4 共感覚とは直接関係しない処理における共感覚者の神経科学的特性
 5.5 共感覚者を「作る」試み
 5.6 共感覚の「素質 (disposition)」
 
第6章 感覚間協応と共感覚
 6.1 感覚間協応とは
 6.2 感覚間協応の研究例と研究手法
 6.3 感覚間協応の分類
 6.4 感覚間協応のメカニズムをめぐる議論
 6.5 感覚間協応がもたらす効果
 6.6 感覚間協応と共感覚の関係
 
おわりに
引用文献
索引

関連情報

書評:
板口典弘 評 (『基礎心理学研究』Vol. 39 No. 2 pp. 191-193 2021年3月)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/psychono/39/2/39_39.28/_pdf/-char/ja
 
研究成果:
「色字共感覚の色は文字についての知識を反映している」 (東京大学プレスリリース 2019年10月21日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0105_00002.html
 
論文:
Michiko Asano, So-ichiro Takahashi, Takuya Tsushiro, & Kazuhiko Yokosawa, "Synaesthetic colour associations for Japanese Kanji characters: from the perspective of grapheme learning," (『Philosophical Transactions of the Royal Society B 』Vol. 374 No. 1787 2019年10月21日)
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rstb.2018.0349

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