本書は科学研究費による成果の一つであり、日本仏教を研究している国内の代表的な研究者による共同執筆の著作である。編集の責任者は早稲田大学の大久保良竣教授であり、紹介者は、その内の中世における仏教を,思想的な観点及び修行道の観点から記述した。本書の特徴は、歴史學、仏教学、日本思想史学、宗教學という四つの専門領域の研究者による、通史的でありかつ具体的な資料を挙げて、解説がなされている点にある。
古代の仏教は朝廷との関わりを抜きにして語ることは出来ないが、古代の仏教の歴史的な展開を、吉田一彦(名古屋市大) が担当し、思想的な観点からの仏教の展開を大久保が担当した。
中世は、蓑輪が論義と呼ばれる仏教教理論争を取り上げ、また修行道の観点から、法相宗や禅宗の実際を取り上げた。また、朝廷との仏教との関わりを制度私的な観点を含め、上島享 (京都大学) が論じる。王法と仏法が互いに依存し合うという状況が如何にして成立したかを明らかにする。さらに、菊地大樹 (東京大学) が、民衆仏教の系譜として聖の活動に焦点を当て、中心と周縁という観点から論じる。原田正俊 (関西大学) は中世後半期の仏教界の様子を論じる。原田は鎌倉時代から戦国時代までを視野に入れ、まずは禅宗が盛んになったことを論じ、中世の終盤には浄土真宗と法華宗が勢力を増したことを論じている。
近世の仏教は、庶民化が進んだ時代と言われる。曽根原理 (東北大学) は、社会に定着した仏教を儀礼と文化という視点から明らかにする。近世に伝来した黄檗宗にも触れ、また活発な教学的な論争が起こっていたことを論述する。近世の時代は、概して儒教の時代と思われがちであるが、実際には仏教が広く普及し、また三教行一致思想 (神儒仏の教えは一致した者であるとする考え) が、花開いた時期でもある。
最後に、近代の仏教について、林淳 (愛知学院大学) が論じる。林は、近代における仏教の変容と、学問的な智について論じる。西洋近代の歴史学の学知を背景に、大乗の仏説、非仏説に対する論争が起きたが、これも注目されるものである。
本書は、それぞれの時代を典型的に語ると考えられる資料をとりあげ、原文と書き下しという双方を挙げて論じたものである。日本の仏教関連の資料や歴史的な資料は、正確に読解することは意外に難しいものであるが、本書は、それらを読むための教材としても利用できるようになっている。現代を代表する日本仏教を様々な分野から研究している研究者が集まって、幾度となく議論を重ねて、最終的に完成させたものであり、多くの人たちに読んでもらえることを願っている。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 蓑輪 顕量 / 2018)
本の目次
第一章 文明としての仏教受容 (吉田一彦)/― 六,七世紀の仏教/二 八世紀の仏教/三 九世紀の仏教
第二章 日本仏教確立記の教義樹立 (大久保良峻)/一 仏教の伝来から奈良仏教へ/二 平安仏教の成立と展開
第二部 中世
第三章 中世仏教の成立とその特色 (上島 享)/一 はじめに/二 寺院の世俗化と寺内の階層分化/三 王法仏法相依論/顕教法会と荘園支配
第四章 学問と修行から見た中世仏教 (蓑輪顕量)/一 学問の世界/二 修行の世界/三 真言密教/四 神仏の狭間の営み/五 おわりに
第五章 民衆仏教の系譜 (菊地大樹)/一 はじめに/二 中世寺院の成立とその周縁/三 聖の活動/四 伝統と革新/五 おわりに
第六章 中世仏教の再編 (原田正俊)/一 はじめに/二 顕密諸宗と禅宗/三 室町幕府と仏教/四 浄土系諸宗・法華宗の独立/五 戦国の動乱と仏教
第三部 近世・近代
第七章 社会に定着した日本仏教 (曽根原理)/一 仏教をとりまく世界/二 儀礼と教学の展開/三 民族の海
第八章 近代における仏教の変容と学知 (林 淳)/一 神仏判然令と廃仏毀釈/二 上地令の影響/三 政教関係の形成/四 大乗非仏説と大乗仏説の間
英文要旨
参考文献一覧
索引